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彼方へ

 影の鎧はラキが扱う影の技の一つ。主を守る絶対の壁。

 俺はソレを信じて、絶剣を振るう。

 武器を持った男たちはそこまで強くもなく、正直ボーデスの方が脅威だった。

 猟兵団の仲間じゃなかったのが救いだ。いや救いと言っていいのか。

 それに時計塔の上にいるのはあのアクラだ。

 弓の名手であり、仲間だった。俺に知識をくれた、仲間だったはずの。

 アクラの矢なら恐らくは影の鎧を貫通し、俺を殺せるだろうが、アクラは攻撃をしない。

 ただ俺を眺めているだけだった。弓をつがえてもいない。ただ俺の様子を見ているだけだった。


「おいおいクラウス。あれだけ教えてやったのに、足の運びも剣の振り方もなってねぇなぁ。そうだな、少しだけ面白くしてやるか…『矢の雨』」


(中位攻撃魔法?!)


 アクラは弓矢をくるくると回し、矢を放った。と同時に、何本もの矢の雨が、空から降ってきた。俺だけを目掛け、だ。

 とても剣だけでは防ぎきれる量ではない。


「ラキ!盾!」

「はい!」


 胸の方の影を頭上に集め傘の様に展開する。矢が何本か貫通したが、ギリギリのところで止まった。というより、途中で魔法の展開をアクラが止めたのだ。


「甘いなクラウス、そんなんじゃ守りたいものも守れねぇぞ!」


 俺が矢の雨に気を取られている間に放たれた矢が、左足に刺さった。

 案の定、影の鎧は簡単に破られてしまった。

 強烈な痛みで泣きそうになる。毒が塗ってあったらこれで終わりだが、アクラはそういうことをしない男だ。覚えている。


「矢を抜いて止血します、我慢してください」


 ラキはそれだけ言うと人型に戻り、俺に影を噛ませ矢を躊躇いなく引き抜いた。

 激痛で涙が出たし、思いっきり影を噛んだ。シュルシュルと影がまるで包帯の様に傷を覆う。


「へぇ…よくよくみりゃあ魔族じゃねぇか。お前の新しい仲間ってか?」

「アクラ…なんで…、なんで裏切った!」

「簡単な話だろ、俺がスパイだからだ。お前の初仕事の時も、色々とひやひやしたぜ」

「まさか…」

「お前は自分に送られた信号なんだと思ってるみたいだが実は違う」


 そうだ、少し違和感があった。なぜあの時、アクラはラージュの援護を行わなかったのか、ようやく分かった。決闘を見守るためじゃない。


 あの撤退の合図もゴッズに出していたのだ。ゴッズとアクラは繋がっていた。

 ならなぜ、山賊をやっていたゴッズと繋がっていたのか?

 疑問が残る。が、今はそんな場合ではない。


「ラキ!足場を出せ!」


 ラキの影が時計塔の壁面に真っすぐの道を作る。

 重力を一時的に無視することが出来る魔法の一種だろう。

 俺は足の痛みを忘れ、一直線にアクラを目指す。

 アクラは鋭い一撃を何度も放ってくるが、影で疑似的に強化が掛かっている俺には矢はある程度遅く見えていて、そのすべてを絶剣で叩き落としていた。


 時計塔の屋根の真下まで駆け上がった俺は剣を高く振り上げる。その合図でラキが影を円形に展開し、時計塔の屋根を何本もの影の槍が突き刺した。

 当たらないことは分かっている。アクラはこの程度で死ぬ男じゃない。

 これは唯の目くらまし。その隙に俺は屋根に駆け上がる。


 アクラと対峙した。矢をつがえてはいるが表情は敵と対峙したモノではない。

 もっと優しそうな、頼りがいがありそうな、いつも通りの顔だった。

 何のつもりか分からない。意図も不明だ。


「なんで…こんなこと…」

「何度も言わせるなよ。仕事だ」

「勉強を教えてくれたじゃないか!守ってくれたじゃないか!手を振ってくれたじゃないか!全部嘘だったのか?」

「…半分は演技だ。まあちょっと話があるから聞けよ」

「っく!アクラぁ!」


 絶剣を構え直し、屋根にいるアクラに剣を振るう。

 アクラは器用に避けて俺の腕を掴もうとし、ラキが影で振り払った。


「嫌われてんな、俺」

「もう敵なんだろ…それ以上に何か必要か?」

「耳よりな話があるんだが…聞くか?」

「…必要ない!」

「そっか。じゃ、殺し合い続けるか!」


「『ロー・ブースト!』」

「相変わらずそればっかだなぁクラウス!」


 加速した振りを避けられる。だが想定内だ。

 剣の影はラキの影。当たれば少しでもダメージになる。

 だが…。


「読んでるんだよなぁ?影付きの動きはよぉ!頭上注意だぜクラウス!」


 あと数ミリで躱された。上から多数の矢が飛来する。咄嗟に低級強化魔法を使い屋根の上から飛んだ。

 この矢は、ラキの影では防ぎきれない。逃げ場は屋根以外の場所しかない。

 飛来した矢は簡単に屋根を貫通し下に突き刺さる。


「ラキ、足場!」


 時計塔の壁面から四角い影が伸びる。ソレに着地した俺を待っていたのは、既に放たれていた矢だった。しかも全て方向が違う。魔法だろうか。

 ラキのとっさの判断で、影は消え俺は真下に落下した。

 矢は交差し飛んでいった。それぞれすべてが、頭、胸、腹、足を狙って放たれている。それもラキの影の鎧の隙間を狙っていた。凄まじい技量である。


 ラキの足場を使い、地面に降り立つ。

 アクラの攻撃は先ほどの狙撃以降ぴたりと止んだ。

 俺を殺そうとしてない。本気ではないのだ。本気だったら最初から狙撃で一撃で穿たれて終わりだろう。


「話、聞く気になったか?」


 いつの間にか下に降りていたアクラは再度聞く。

 俺は呼吸を整え、今一度アクラの顔を見る。

 何度も見てきたいつもの顔だ。何の悪意も感じられない。


「少しだけなら」

「よぉーし三つ良い事を教えてやる」

「…」


 アクラは武器を納め、笑顔になった。


「まず一つ目、姫様を殺そうとしているのは国王だ!」

「は?」

「二つ目、国王の暗殺者はベルべット。暗殺の期限は明日まで」

「!?」

「三つ目が…ちぇッ…バレテーラ。もうすぐここにベルベットが来る。結界が解かれたからな」

「どういう意味だ…?」

「信じても信じなくてもいい、もう少し時間が欲しかったが…ここでも問題ないか…。俺が居たことは内緒にしろよ。死にたくなければな。またなクラウス!」

「おい!アクラ!」

「また会おうぜ!」


 それだけ言って。謎な事ばかり言ってアクラは消えた。文字通り消えたのだ。その場から消滅した。

 魔法ではない。魔法輪も出なかったからだ。


 ほどなくして、路地から走ってきたのはベルベットだった。後ろにハルカもいる。


「何があったクラウス!今までどこにいた?」

「暗殺者が少し、いたから始末した。それだけ…」

「そうか。まあいい」


「ところで、他に誰かいたか?」


 アクラの話を聞いた今、ベルベットへ疑いの心が在った。

 それを表情には出さず、俺は否定した。

 ベルベットは納得したような顔になって、大通りへと戻ろうとしていた。ハルカが駆け寄ってきて、俺に耳打ちする。


「ベルベットの様子がおかしいの」

「おかしい?」

「心ここにあらずって感じだわ」


 次の瞬間、ベルベットが槍を振るった。何の前触れもなく、何の予備動作もなしに。

 俺はハルカとベルベットの間に滑り込むように入り、槍を受け止めていた。

 ラキの補助がなければできない様な動きだった。


「何をしている…!ベルベット!」

「なんで動きが分かった?やはり誰かいたのか?クラウス」

「ハルカ!下がっていろ…」

「なんで、ベルベットが…」

「ハルカ!ベルベットが暗殺者だ!」

「えっ…?」


 ベルベットは静かに戦闘態勢にはいる。明らかに人を殺すための動きだ。

 初撃は絶剣でなければ受け止められなかっただろう。

 ベルベットはゴードと同じ、冒険者でいう所の銀級の猟兵だ。俺なんかが勝てる相手じゃない。


「なぜバレたのかはどうでもいい。お前を殺してから、ハルカ…姫は始末する」


 鋭い一撃が頬を掠める。速すぎて見えない。ラキの補助があってもコレだ。

 勝ち目はない。だが俺は諦められないんだ。

 絶剣は真っ赤に染まり、発熱し小さく振動している。


 攻撃しようとした瞬間に、俺は切り刻まれていた。本当に一瞬だった。

 何の対策も出来なかった。いや、対策など無意味だったのかもしれない。

 ただ痛みに耐えて根性だけで何とか意識を保っている状態だ。

 これが『激烈のベルベット』の本気なのだ。速すぎる。


「終わりだ」


 無慈悲の一撃が当たる前に、後ろからハルカが俺を抱きしめた。

 一瞬、ベルベットの動きが止まる。ここだと思った。


「『絶影』!!」


 ラキの影を絶剣にまとわせ、放つことで、影が刃となり相手を切り裂く技を出した。

 一撃が、ベルベットの長槍を叩き斬った。武器を破壊したことで俺は油断していた。

 しかし絶影を放った後の俺の隙をベルベットは見逃さず、一瞬で掌底が心臓に叩き込まれていた。

 俺は血を吐く。心臓がつぶれたような感覚になった。

 背中にラキの影を展開したおかげで、ハルカまで一撃が届くことは無かった。それは救いだ。


「私が槍を無くしたら、攻撃手段が無くなると思ったのか?浅はかな考えだな、クラウス!」


 ゆっくりと近づいてくるベルベットに俺はなすすべがない。ただ死を待つだけである。

 だが、ハルカだけは守らなくては…。諦められない。


 俺が満身創痍で絶剣を構えた時、絶剣が赤い光を放ち、周りの物体を光体が飲み込み始める。


「まさか、空間転移か!?」


 ベルベットの焦る声が聞こえた。ベルベットは駆け出していたが、光体が吸収する方が早い。光体の輝きに目が眩む。

 俺はそのまま、ハルカとラキと共に光体に飲み込まれていった。




 気付くとはそこは人型の靄の部屋だった。

 靄は前よりもさらにはっきりしていた。どこか、前の世界での俺の姿に似ている気がした。

 部屋の中はぬいぐるみで溢れていた。


「いやー、危なかったね。干渉が間に合ってよかったよ」

「どういうつもりだ。今度は俺をどこに送るつもり?」

「絶剣は何もタイムマシンじゃない。未来には飛べないから。自動的に過去になる」

「過去?何日まえだ?」

「そうだね九百年くらい前かな」

「は?」

「ちょうど大戦争グランドレイジの時だね。きついと思うけど頑張って元の世界に戻ろー!」

「ちょちょ、ちょっと待て!」

「がんばれ、勇者!」


 靄は掻き消え、白い部屋だけが残った。

 もう一度瞬きしたときには、俺は勢いよく、半身を起こした。

 目覚めると部屋の一室にいた。隣にはラキとハルカが寝かされている。


「目、覚めて良かったです」


 不意に声が聞こえたので、目の前を見ると、学帽をかぶった少年が立っていた。

 少年は咳払いして答える。


「ゴホ。ようこそ『夜の国カルスフィア』へ。元気になったらまず先生に会って下さい。約束ですよ」


 いうが早いか少年は部屋から出て行った。

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