1節
「う~~~ん」
<ヴェルダンディ>内部の集中治療室に、気の抜けたうめき声が響き渡った。
安楽椅子に腰掛けるような格好でふわふわと宙に浮いたスウィニーは、気むずかしい顔をして、人差し指で自分の額をトントンと叩いている。どこかの民族の神官のようなクリーム色の服は、白で統一された治療室の清潔な空間の中で際だって異質に浮いている。
「もう一回整理するよ? 君はブラックホールに飛び込み、意識だけを漂わせてカインくんを探し当てた。それから左腕を復元して、ブラックホールの圧力に反する形で引力をぶつけた。それから身体も復活してエネルギーを槍に変えて、原子崩壊の爆発の中でカインくんを構成していた素子を集め、彼の身体を再構成した」
一つ一つ頷きながら、事のあらましを言葉で整理する。
「さて、質問だオルトくん。一体どうやった?」
「気合いだ」
対面に座るオルトは、短くそう断言した。
スウィニーが宙に浮いたまま、両手を大きく広げて呆れ果ててみせる。相も変わらない神経に触る反応に、オルトもため息を零した。
「浅い回答なのは分かっている。しかし、俺も無我夢中でやったことだ。何をしたかなんて自分でも分からないし、正直記憶も曖昧だ」
「嘘は言ってないんだろうけどねえ……ここまでブラックボックスだと物も言えないよ。そもそも何で自由電子の吹き荒れるブラックホールで、生体電流の反応である意識が保てる? 一度分解した素子を、正確に元の物質に修復できる?」
「そういう小難しいことは、お前達学者の領分だろう。それより、話を脇道に逸らさないでくれ」
睨みを聞かせて、オルトは先ほどはぐらかされた質問を繰り返した。
「……カインの意識は、まだ戻らないのか?」
オルトとスウィニーを挟んだ脇には、青白い液体で満ちた医療用カプセルが置かれている。
カプセルの中で浮いているカインは、酷い有様だった。
右腕以外の四肢は半ばほどから千切れ、断面やその脇腹といった身体のあちこちには金属片がこびりつき、肉体と完全に同化していた。
眼窩の片方はぽっかりとした暗闇を抱いており、胴体のあちこちにも虫食いのように穴が開いている。喪失した臓器を代替するために、無数のチューブが身体に刺さっている。
脇にある計器が示すバイタルは安定。酸素マスクで顔の殆どは塞がれているが、片方だけ残った目は安らかに閉じられている。
「あれからもう三日だ。三日も眠り続けて、俺の息子は何の反応も見せない。一体どうなっているんだ?」
どうしても語調が強く、スウィニーを詰問するような声音になってしまう。
スウィニーは変わらず気むずかしい顔で、人差し指で額を叩く。
「毎日欠かさずの面談は涙ぐましいけどね……数ヶ月、いや数年で何とかなるとは思わないでくれ。正直に言うと、今のカインくんは僕の手に負えない。お手上げだよ」
スウィニーは大袈裟に両手を広げてみせて、続ける。
「そもそもここに肉体がある事、ましてや生命状態が安定している事が意味不明なんだよ。バラバラになった素粒子をもう一度組み直すなんて、普通は有り得ないんだ。君はそういう不可能を成し遂げてしまったんだよ。『気合い』なんていう適当な理論武装でね」
そもそも助かった事が意味不明なのだから、どうして元通り目覚めないのかなんて、尚更意味不明に決まっている。
そう説明されても、オルトの腹は収まらない。それを察してスウィニーは補足する。
「分かりやすく言えば、あの救出劇の中で、カインくんは何かが欠けてしまったのだろう。そしてその何かは、今までの学問では全く提議できない、未知のエネルギーという他にない。観測すらされないものを補充する事はできない。ましてや今のカインくんが一般的な肉体ではない可能性もあるんだから、迂闊に手を触れる訳にもいかない。そういう意味でお手上げなのさ。カインくんを守る事を考えれば、何もしない事が最良なんだ」
「……そうか」
反論する事無く、オルトは小さく頷いた。
息子を守る為に手を尽くしている。それが分かったから、オルトは何も言い返さない。
「……俺は、約束を守れなかった訳か」
ただ、自分の無力感が募るばかりだ。
必ず連れて帰ると約束した。その通りに、彼は混沌から息子を掬い上げた。
しかしオルトが約束したのは、こんな形の結末ではなかった。
カインを救ったその先で、また兄妹が共にいられる事を、家族で幸せになる事を約束したのだ。
それは叶わなかった。オルトはまたも、自分の子供の人生を失わせてしまったのだ。
沈痛な面持ちのオルトを、スウィニーは黙って見つめていた。しばらくして、大きな溜息を吐き出す。
「完璧を求めても、いいことはないと思うけれどねえ。少なくとも君は、我が子のために不可能を可能にしたんだ。それは誇っていいと思うけどねぇ」
「誇れるものか。俺は……」
「シエラくんを救ったじゃないか。それに、アロイの猛威から一つの星を取り戻した。<カラドリオス>全員、君に深く感謝を寄せている」
返す言葉を見つけられず、オルトが閉口する。
「僕だってそうだよ? 君がブラックホールから抜け出した事は、学術的に非常に貴重なケースだ。君が起こしたとんでもない事を究明すれば、未だ正体の掴めない星因力の判明に近づくだろう。ひいてはそれが、カインくんを目覚めさせる事にも繋がるはずだ。君達<古き者>は未知の塊だ。本当に興味が尽きないよ」
オルトが顔を上げる。飄々とした奇怪な副長は、楽しげに目を細めてみせた。
「君が起こした一連の出来事は、有り体に言えば『奇跡』と呼ばれるのだろう」
華奢なスウィニーの手が、カインの眠るカプセルを優しく撫でる。
「けれどね、この世に奇跡は存在しない。宇宙は全て、法則に依る必然に支配されている。有り得ないように見えるのは、僕等が何かの法則をまだ見落としているからなのさ」
「……」
「いいかい、オルトくん? 奇跡をただの事象に格下げするのが、僕達学者の勤めだ。僕達は皆、知識欲で動く暴れ馬だ。君はその鼻っ面に、至上最大の難問をぶら下げたんだよ。君が気合いとやらで起こした奇跡は、僕が責任を持って、ただの現象に貶めてやろうじゃないか」
得意気に微笑む。宣戦布告のような言葉は、オルトに向けて言われたのではない。彼は己の尊厳をかけて、カインを目覚めさせる方法を突き止めると宣言したのだ。
オルトは拳を握り、表情を硬く引き締めた。こうまで言われたのだ。彼の前で弱気を晒すのは恥だった。
「俺に、何ができる?」
「聞くまでもないだろう? 馬鹿正直にやりたまえよ。一番得意だろう、そういうのは」
宙に浮いたまま、スウィニーは首を緩く振った。それから、細い指でオルトを指し示す。
「少なくともソレは、君が僕達の一員である動かない証拠だ。僕からも歓迎しよう――カラドリオスへようこそ、オルトくん」
「……世話になるな」
「こちらこそ期待しているよ。これから退屈せずにすみそうだ」
去り際にオルトは、カインの眠るカプセルを一瞥した。
いつの日か目覚めるその時まで、戦い続けてみせる――安らかに眠る息子の瞳にそう誓って、オルトは治療室を後にした。




