5節
――惑星イル=グゥ 秘密基地――
「しばらくすると、私は<白狼>と呼ばれるようになっていたわ……十一歳を少し過ぎた頃。その頃には三十人は殺してた」
シエラは無意識に飴を転がした。口の中にこみ上げてくる、おぞましい血肉の味の記憶を、砂糖の甘みでごまかす。
「手を出せばただじゃ済まないって、相手も分かったんでしょうね。それからは少しだけ、追われる辛さが減った。生き方も上手くなった。私は必死に、生きて、心を壊しながら生きて……少しずつ学んだ。私の住む星が、どういう場所で、何が行われているのか」
やがてシエラは、自分のような存在が、決して珍しくない事を知った。
日に何人も、何十人も、籠に入れられた人が市場に送られていた。罪もない人が売られ、食べられ、娯楽の為に殺されていた。その殆どは、シエラと同じ、年端もいかない子供達だった。
「今でも不思議に思うけれど……それを知った時、何とかしなきゃって思ったの。そこからは無我夢中だった。ゴミに潜り込んで、業者の首を掻き切って、出荷前の子供を助け出したの」
最初の襲撃で一人を殺し、三人の子供を解き放った。
子供達は泣きじゃくり、何度もシエラに「ありがとう」を言った。
数年ぶりの、温かい、心の籠もった声だった。
押し黙って聞いていたカインが、顔を上げてシエラを見る。
「……優しいんだね、シエラは」
「そうでもないわ。私はまだ、感情で動くだけの、何も知らない子供だった。現に決死の思いで助けた三人は、すぐに全員殺されたわ」
カインの緩んだ唇が、すぐに沈痛に引き結ばれる。
シエラは努めて無感動に、飴玉を口の中で転がした。
「がむしゃらに挑んでもダメだって、その時分かった。それからはもっと考えた。どうすればうまく行くのか。どうすれば一人でも多く助けられるのか。助けた後も、皆で生きていく事ができるのか……」
野良犬のようにゴミ山を徘徊していたシエラは、自らの拠点を作った。簡単に見つからないよう工夫し、周囲に罠を設置し、辛うじて安全と思える場所を作った。
襲撃前の下調べも入念に行った。どのような社会システムで、誰が中核になっているのか。比較的包囲の薄い場所はどこか……そういう情報を、目を血走らせて探した。
その過程で、何人もの罪もない子供を見殺しにした。
シエラは涙を飲んで耐えて、時を伺って……そうしてシエラはやっと、一人の子供を非業の運命から助け出す事に成功した。
「一人でも多く助ける事……それが私の生きる理由になった。二人だったのが、三人になって、十人になって……家族と呼べるような、共同体ができた」
しかしそれは、未熟な子供ばかりの共同体だ。助けられた彼等は、最初シエラがそうだったように、生きていく術を何も知らなかった。
生活は苦しかったし、人数が増える度に食べられる量は減り、命の危険が膨れ上がった。
それでもシエラは、助けることをやめようとは思わなかった。
「……どうして?」
「誰も、何も悪くないからよ」
吐き捨てた言葉には、自分の背景と姿を重ねた、明らかな怨嗟の感情が籠められていた。
借金の宛てに売り飛ばされた子供がいた。路地裏で突然鹵獲され、訳も分からず攫われた子供がいた。そればかりか、突然家に押し入られ、家族郎党惨殺された子供までいた。彼らもまた絶望を経験し、『ゴミ箱』へ飛ばされてきたのだ。
「殺されていい人なんて、誰もいなかった。一人ぼっちの辛さを味わう必要なんて、どこにもなかった。あの子達は、何も知らないまま、誰かの身勝手に巻き込まれて、突然に、平穏と幸せを奪われた……私は、その不幸そのものが許せなかったの」
それは彼女なりの叛逆だったのだろう。己の、そしてその他大勢の、非業の運命への怒りを原動力に、シエラは悪党を殺し、子供達を救い続けた。
「私は、私の運命を決して許さない。それだけを思って、生きて、戦って、生きて、戦った」
吐き捨てるように宣言された、彼女の決断。
その怒りの矛先は、紛れもなく自分を放逐した、父に向けられるものだった。
もし拳があれば、血が滲む程に固く握り込まれていたに違いない。
そして次の回想で、その手は力を失って解かれた事だろう。
「……けれど、上手くいったのはそれまでだった。五十人くらいまで膨らんだ私達の家族は、隠れる事も難しくなった。私達の名前は広まり、色んな組織から恨みを買って、積極的な狩りの対象になった」
生存は苛烈さを増した。元より少年少女。本気を出したギャングに勝つ方法などありはしなかった。
そして殺害を娯楽と心得る悪党共に、うるさく周囲を這い回る鼠にかける慈悲などない。
一人、また一人と捕まり、残酷極まりない方法で殺された。
シエラの心は、確実に摩耗していった。精神は擦り切れ、感覚が麻痺し――とうとう彼女は、ギャングに捕らえられた。
ギャングが選んだ処刑法は、彼女を生きたまま、細切れの肉片に変える事だった。体に蛇腹に線を引いて、少しずつ解体されるという私刑だった。
「大勢に組み伏せられた私は、最初に手首を落とされた……痛みは、苦しみは、今もハッキリと覚えている。「これでもうあがけねえな」って、奴らは私を嘲笑ったわ」
六度目の斧が振り下ろされてシエラの肘から先が飛んだのと、家族が決死の思いで救助に押し入ったのは、全く同時だった。痛みと出血に発狂しながら、シエラはギリギリの所で命をつないだ。劣悪な環境で、満足な食料もなく、シエラは碌な治療も受けられないまま何度も生死の境を彷徨った。
「その時点で、私の家族は死に体だったわ。私のように戦える人は殆どいない。抵抗する力を失った子供は、すぐに襲われるようになった」
シエラは完全に、己を喪失した。戦う為の腕も、気力も、全てを失った。
食事でも、排泄でも、何をするにも誰かの手を借りなければならない。
家族の皆が、シエラの事を大事に思う余り、無茶をして命を落としていく。
自分が何もできないばかりに、皆が一人ずつ殺されていく。
両手を失ったシエラに、できることは何もない。
二度目の絶望に、シエラは打ちのめされた。




