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「依頼の達成処理をお願いします」
ライデンを見送ったアルムは昼前に使用したレノーラの受付で処理を頼んだ。
「あ、はい………では、依頼書と報告書を出して頂けますか?」
「分かりました。これです」
そう言ってアルムが取り出したのは、依頼書を一番上に置いた手に収まるぎりぎりと言えそうな大量の紙の束。
ここ最近の製紙技術の発展により一枚一枚はかなり薄くなり、辞書であっても片手で持てる分厚さに出来る様になっている。
そんな辞書よりも分厚い紙の束。
「えっと………アルムさん、この紙は………」
レノーラはまさかと思いながらアルムに問う。
「アルギネ森林の調査報告書です」
「ですよね………」
レノーラは絶句した様子で先頭からペラペラとその束をめくってみた。
そこにはまるで活版で記された様な文字に軍事用かと思える様な地形地図が描かれている。
少しめくって目を通しただけでレノーラの顔は真っ青になる。
ギルドが持っているそれよりも遥かに正確で見やすかった。
「ええと………分かっているともいますが………調査依頼はこの内容が正しいか確認する作業が必要で………。
これ程の物を用意していただいで失礼なのですが、すぐに報酬を渡す訳には………」
「それは承知していますので大丈夫ですよ。
後、魔石やドロップアイテムを売りたいのですが、買取カウンターは何処でしょうか?」
「魔石やドロップアイテムですか?
調査依頼を受けたのに魔物を狩ってきたのですか?」
「はい、調べてみるとアルギネ森林の深層部にて“大暴噴”の予兆が見つかりましたので、その核となる予定だった魔獣とそれの発生の伴い深層域より他層へ追いやられた魔物の間引きをしてきました」
何を売るつもりなのかと聞いたレノーラは、アルムからの思いもよらない返答を聞き、人前である事を忘れて呆けた表情を晒してしまった。
だがそれはアルムの言葉が聞こえていた者たちも同様で、誰も指摘出来た事ではなかった。
「それで………討伐した魔物は一体何でしょう………」
「それなら報告書に記載してありますよ。
最後部分のページに今回の“大暴噴”についてまとめてありますので、そこを見ていただければ」
その言葉を聞くとレノーラはすぐさまそのページを探し、目的の数が書かれている場所を探す。
「誰か手の開いている人はいますか?」
アルムが今回討伐し所持している魔石とドロップアイテムの量とある項目を見つけたレノーラは、背後にいる者たちに向けて呼びかけた。
彼女の言葉に答える様に手を上げる物が何人か現れる。
「アルムさんこの量になりますと、一階の買い取りスペースでは処理しきれませんので、お手数ですがギルドの倉庫へ来てもらっていいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます、一旦ここ開けますね。
アルムさんこちらです」
隣の受け付けにそう言うとアルムを倉庫のある場所へと促す。
アルムとレノーラ、そして彼女の声で集まった数人と、買い取りのカウンターからギルドの地下への階段を下りていく。下りるとすぐの場所に大きな扉がある。
レノーラは扉の横についている鉄板にギルドカードをかざすと扉がひとりでに開いた。
そこの内部に保存の魔術が作用していて、何年間そこで保存されていても入れる直前の鮮度を保つ事が出来る、ギルド最大の魔術具が使用されている部屋だ。
部屋の中にはアルムも驚く様な物が置かれている。
残念ながら保存の魔術により状態が固定され一体いつ持ち込まれてものか分からないが、取ってこられるだけの実力があるその人と是非あってみたい。
「ここで取り出せばいいんですね?」
「はい、よろしくお願いします」
促され取り出したのは、上層と中層付近で見つけたDランク魔物のリザードマン。
その集落にいたキングリザードの魔石にドロップアイテムである鱗と牙、肉に武器と鎧。
王を護る様にしていたリザードジェネラルの魔石七つに鱗、牙、爪、肉、内蔵、眼球に彼らが使っていた武器。
次は中層域で発見したDランク魔物のオークの王、女王、将軍らの魔石、肉、牙、内蔵、武器。
次々とオーガ、ミノタウロス、サイクロプスの王や将軍の魔石やドロップアイテム、使用していた武器を取り出す。
アルムの間引いたという表現は正しく、統率をする事が出来る存在や体の一部が発達し高い戦闘能力を持つ亜種のみを討伐している。
当分は王や将軍の率いていた魔物がバラけて冒険者を襲うだろうが、通常種なら十分討伐可能だろう。
彼がいなければ冒険者たちは、統率個体の率いる群れによって殺し尽くされていただろうが、冒険者が魔物に殺されるのは自己責任でありギルドが関わる事ではない。
ただ、そうなった所で高位冒険者や騎士団が動くのだから問題はない。
そんなたらればの事を考えるよりも“大暴噴”の予兆を察知し、単独で解決した功績を称える方を優先するのがギルドだ。
レノーラたちは次々と出てくる素材を鑑定しながら、この次に出てくる物に備える。
アルムのアイテムポーチから出てきたのは巨人の首。
その首だけで彼の身長よりも大きい。首から頭頂まで約三メートルはありそうで、さらにその首の断面を見てレノーラたち一体何をすればそうなるのだと戦慄の表情を浮かべさせる。
そんな彼女たちを気にする事もなくアルムは残りの部位を出していく。
出て来る死体に殆ど傷がない事も驚いたが、全長三十メートルはありそうな巨人の死体が全て入りきっているのにも驚いた。
「あ、あのアイテムポーチは………“リリス教”の上位司教が持つ“聖者の袋”では?
前に見た物についていた装飾がなくなっていて気付くのに遅れましたが、間違いないです」
「今まで底なしの収納量と言われる“聖者の袋”なら、ならあの量が入るのも頷けるのかしら?」
小さな袋から出てくる巨人の大きさに圧倒されながらも、彼らが鑑定の手を止める事はなく会話をする。
「それにしても………魔獣を死体とは言えこの目で見られるとは思っていませんでしたね………」
彼らの内の一人がそう呟いた。
それを聞いた他の者も深く頷く。
彼女の言う魔獣というのは魔物が生物へと変化した物、上位存在と言っていい。
魔物が持つ魔石が体に溶け、命を落としても人間や動物の様に死体を残す事が出来る様になった。
それは長い年月か、相当大きな魔力を浴びる、もしくは魔王が力を注ぎでも限りそうはならない。
一度魔獣化すれば魔物に戻る事はなく、魔物であった頃よりも遥かに強い肉体に魔力、知性を得る。
魔獣の中には知性を持つ事で人と交流し、有効的な関係を築けるものもいる。
それらは龍や聖獣と呼ばれ、竜や獣からなった物に多い。
だが、逆に知性を持ったが故に生きる為でなく娯楽の為に殺しをする魔獣もいる。
それは比較的に人に近いものがそうなりやすく、体が巨大化するので巨人と呼ばれる。
ちなみに魔王によって生み出された個体は、例外なく人間に害を及ぼす個体だ。
巨人は増大した重量に耐える為か体が金属に変化する。
これらの金属は分かり易く巨人鋼と呼ばれ、竜の素材と並んで人の使う武器の素材として高い評価を得ている。
「出し終わりました」
巨人の体を出し切ったアルムが告げる。
「ありがとうございます。
それにしても………大きいですね」
レノーラは出された死体を鑑定しながら礼を言い、続けて巨人の遺体を見て感想を言う。
「ですがこれはまだ小さい方ですよ」
「え?そうなのですか?」
「はい、巨人は成体になるにつれて目の個数が増え、腕の本数が増えていきます。
この個体は眼球の数も二つですし、腕の本数も二本なのでまだまだ子供、いや幼体です」
アルムの説明を聞きレノーラたちはなるほどと頷いている。
聞いた事のない話であったが、彼がここまで断言するのだからそうなのだろう。
「一応、深層部にいた巨人はこれだけで、魔獣化しそうな魔物は他にはいませんでした。
ですが、あの場所は背の高い樹が多い、頻繁に高位冒険者を派遣して調査をした方がいいですよ」
「そうですね………上司に報告しておきます。
確認は終了しました。買い取りの代金を用意してまいりますので、ポールでお待ち下さい」
その後、アルムは用意された金を受け取りギルドを後にした。
・・・*・・・*・・・*・・・
アルムがギルドから去ると冒険者たちは、パーティー同士で集まり先程まで帰って来ていなかった者たちに、突然現れた規格外の存在について情報を共有する。
「おいおい、つくんだったらもうちょっとマシな嘘をつけよ。
酒が入りすぎてんじゃないのか?」
「そうだそうだ。
そんなちっこくて面のいい人族のBランクなんているわけ無いだろ」
それらを聞かされた者たちは大きな笑い声を上げながら言う。
「まあ、話は面白かったしほら酒でも奢ってやるよ」
「馬鹿、さっきのは本当の話だ。
俺たちを疑うだったら後でライデンさんに聞きに行け、あの人はアルムってやつの事を知っている」
「おいおい、作り話にライデンさんを巻き込むなよ。
あの人は優しいからいいが他の上位冒険者でやったら殺されるぞ?」
「だから、ホントなんだって!」
なおも説得を試みる冒険者の声に耳こかさずに酒を飲み見続ける。
彼は後にアルムに絡んで痛い目を見る二人目となったそうな。
「レノーラさんギルドマスターが呼んでましたよ」
そんな会話を聞きながら受付で仕事をしていたレノーラにギルドマスターから呼び出しがかかる。
「え?私?」
「はい、先程の事で聞きたい事があるそうです」
「まあ………そうよね………」
レノーラは憂鬱な気持ちで受付から離れ階段を登る。
三階の一番奥、そこがギルドマスターの部屋だ。
「失礼します。お呼びになったレノーラです」
「入りなさい」
ノックをして名乗ると、屋への中からすぐに返事が戻ってくる。
「失礼します」
部屋に入るといつもの様にこの辺りでは見慣れない和国の調度品が目にうつる。
入ってすぐの場所に来客用のソファーとテーブル、奥には二メートル近い刃渡りの太刀を背の壁にかけられていて、執務用の大きな机が置いてある。
この部屋の主はそれらを取っ払ってそれらも和国風の作りにしたいそうだが、作法を知っている者が少ない事から阻止されている。
「これを持ってきた冒険者の対応をしたのはレノーラ………お前だね?」
執務机の上に置かれた書類を軽く叩きながらギルドマスターはそう言う。
それは先程アルムが提出した物だ、
部屋の調度品も珍しければギルドマスターである彼女も珍しい存在だ。
和国では男性が着る着流しという衣服を動きやすいからと好んで身につける鬼族の女性。
身長は男性冒険者と並んでも遜色のない身長、遥かに凌駕する腕力を持っているが、男と間違われる事はない。
切れ長の双方に長いまつげ、膝下まで伸びる濡羽の髪を高い位置でくくり、見間違えのない様な色気のある肢体を持ち、着流しからさらしが巻かれていても分かるたわわな双乳が覗いているので、間違え様がない。
「はい」
「彼を知っているライデンからも話は聞いておいたよ。
一応、お前からも意見を聞いておきたくてね、彼について率直な意見を聞かせて貰えるかな?」
ギルドマスターにそう言われレノーラは考え込む。
「悪い人だとは思いませんでした。
子供らしい潔癖性を持っている様でしたが、本人がそれを強要出来る力も持っています。
ですが、最後まで相手から何かされるまで手を出しませんでしたし、両腕を切ったとしてもポーションを渡してましたから」
「そうか………お前には彼に対する悪い感情はないと?」
「え、まだ何とも言えませんが………はい」
レノーラの言葉を聞いたギルドマスターは顎に手を当て思案する。
部屋は沈黙に支配されレノーラは居心地の悪さを感じた。
「レノーラ」
「はい」
唐突に名を呼ばれレノーラは背筋を伸ばして返事をする。
「お前をBランク冒険者虚白のアルムの専属に任命する」
「え!?せ、専属ですか?」
「そうだ」
「何で私が………」
専属とはギルドが冒険者に対し固定の係をつける事だ。
Aランクには必ず存在し、見どころがあれば低ランクであってもつけられる事がある。
専属の受付を持つと報酬のいい依頼を優先的に受けられたり、一般冒険者には伝えられない情報を得られたりと利点は大きい。
レノーラは自分が専属として選ばれる事に疑問を抱いている。
冒険者が専属をつけられる事も名誉であるが、同時に受付が専属になれるという事も名誉なのである。
「私よりも優秀な方はいっぱいいるのでは………」
「あの場にいた他の受付嬢は彼に恐怖心を抱いている。
専属としてつく相手にそれを抱いていたら、その受付嬢と冒険者の間で信頼関係は築けぬよ。
二階にいる受付嬢は、知っての事だがすでに何人もの専属を持っている。
彼は間違えなく多くの仕事を持ってくるだろ………今回のアルギネ森林の調査依頼の報告書や持ってきた物がそれを証明している。
そんな彼の選属をすでに専属を持っている者がするのは無理がある。
でだ、そんな理由でお前が選ばれたんだ。
引き受けてくれるな?」
レノーラはギルドマスターその説明に納得した。
確かにアルムはそう評されてもおかしくない事を今日だけでも行った。
それにクヴェレシアで先駆者とまで呼ばれていたのだから、それが普通である可能性もある。
「はい、頑張ります」
レノーラが了承するとギルドマスターは引き出しから書類の束を取り出した。
「これは彼のクヴェレシアでの活動記録だ。
今日の仕事はもうやめていい、色々と面白い事が書かれているからちゃんと目を通しておく様に」
レノーラは辞書の様な分厚さになっている書類を受け取るとそれを小脇に抱えた。
そう言うと話は終わったのかギルドマスターは手元の書類に目を落とした。
ギルドマスターの部屋から出たレノーラはよし、と気合を入れギルドの職員休憩室でアルムの活動記録を読み出した。
第一章終了です
今週より期末試験期間になるので一週間お休みして次回投稿は2/3 18:00を予定しています
お読み頂きありがとうございました
2/3追記
申し訳ありませんが一ヶ月ほど旅行へ行く事になり、現在の進行具合ではとても中途半端な場面で長い間更新が途切れる事になりそうなので、更新は延期させていただきます