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星の欠片と老公爵ノアの最後の冒険  作者: こもれびの空


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法王猊下

 転移門が開かれて、法王猊下がその姿を現した。

 その前後を数人の聖殿騎士と側仕えが、法王猊下を守るように立ってはいるが公式訪問としては、いかにも簡素ないでたちであった。


 ジークフリート皇帝が、静かに猊下を出迎えた。

 この転移門は皇帝にしか伝えられていない機密で動く。

 場所さえも明らかにされていない。

 だから皇帝が迎えに来ることは、ミゼラブル教団としても承知していた。


 だが、まさか皇帝の供をするのが、たったひとりだとは、誰も思わなかった。

 猊下の供人は全部で7人。

 それですら少なすぎると考えていたのに、大陸を統べる皇帝が、たったひとりの供のみで、出迎えるとは!


「お待ちいたしておりました。

 法王猊下。

 この度は急な要請にも関らず、応じて頂き感謝いたします」


 そう言ってアストラル皇帝は深々と礼をした。

 その謙虚な姿に、法王の供人達は猊下を守るとばかりに逸り立っていた自分たちの姿を恥じた。


「皇帝陛下自らお迎え頂くとは、ありがたいことです。

 隣におられるのは、クリスト元帥閣下ではないか。

 久しいな、ダンテ。元気そうで何よりだ」


 猊下の言葉に、周囲の者はぎょっとした。

 それではこの老人が、かの有名な戦神ダンテなのか!

 どのような劣勢も覆して見せた男。


 最初こそ、あれは戦に狂った男だと揶揄されたが、淡々と勝利を積み重ね、とうとうダンテ辺境伯あるところに必ず勝利ありと言わしめた。

 そしていつの間にか、戦神。

 神とまで崇められた男。もはや噂レベル。

 辺境に引き籠って、アストラルの民でさえその姿を見ないはずだったのだが。


「お会いするのは20年ぶりですか。

 猊下もお元気そうですな」


「まぁ、お互いに年はとったが。

 そなたが出張ってくるとは。

 ノアが惜しいのは理解するが、政治が絡む。

 短慮はするなよ」


「猊下。念には及びませぬ。

 既にノアに手足を縛られておりますから」


 それを聞くと、猊下が大笑いをした。


「アハハ、そうか。そうであろう。

 そなたを手玉に取れるのは、奴ぐらいだ。

 ダンテ。そなた余程ノアに気に入られているとみえる」


 猊下が懐かしそうな顔をするので、周囲は怪訝な顏をした。

 戦神と、それに此度の罪人を猊下はよくご存じのようだ。


 案内のまま進むと、そこは謁見室の壇上。

 眼下には、アストラル皇国の諸侯たちが勢ぞろいをして、猊下を迎えている。

 宰相が代表して、猊下に挨拶を述べた。


「崇高なる法王猊下に、ご挨拶を申し上げます。

 この度は、かかる失政の為に猊下にまで足をお運び頂き、誠に申し訳ございません。

 全ては、前皇帝ライアンと補佐官ノアの失態にございます。

 どうか平らなお気持ちで、お裁きを希います」


「さてのう。私には裁く権能は持ち合わせておらぬ。

 全ては大精霊さまが裁かれることだ」


「もちろんでございます。

 裁きまで時がございます。

 我等一同、心ばかりの午餐を準備いたしておりますれば…」


 猊下は片手をあげて、その言葉を制した。


「それには及ばぬ。

 せっかくアストラル皇国に足を運んだのだ。

 旧友との懇談に時間を使いたい。

 皆の歓待に感謝する。

 裁きの時間に、またお会いしよう。

 皆に神の御加護が、あらんことを」


 それだけを簡潔に述べてさっさと姿を消してしまった。


「どういう事だ?」


「猊下の友が、この皇都に?」


「まぁ、何にしろお出ましは叶ったのだ。

 せっかく準備したのだ。

 我等だけで、のんびりと楽しもうじゃないか」


 諸侯は思い思いの場所に散っていった。



「それでは行くか」


「御意」


「供はダンテ卿で十分だ。

 皆はゆっくり食事でもとって休んでおるがよい」


 供の者。特に神殿騎士が反対しようとしたが、ダンテにギロリと睨まれて、思い止まった。

 戦神以上の護衛なぞ、いる筈もない。

 彼らは素直に猊下の命に従った。


「猊下は何所に向かわれるのだろう?」


「知らなかったな。猊下に友がいたとは!」


「世俗とは一線を画していらしたからな」


 そんな言葉を尻目に、飄々とした足取りで、猊下は進む。

 まるでこの皇城を、よく知っているかの様に。



「やぁ、ノア。久しぶりだな。

 これで学院の三ツ星が揃ったわけだ」


「ミカエル、三ツ星なぞ自称するのは、お前だけだ。

 学院の者たちは、三凶星と呼んでいたぞ!

 お前のせいで!」


「何を言う。元凶のくせに。」


「アーサーが居て良かったよな

 お前らを御せるのはアーサーぐらいだったから」


「3人とも。好き勝手言わないの。

 あなた達の後始末で、苦労したのはアーサーだけじゃないのよ」


「なんだ。サトリか。

 飯は用意しているよな」


「あなたが猊下だなんて、世の中がおかしいのよ。  

 どうせ来ると思ったから、用意しているわよ」


「やっぱり気が利くよなぁ。学院の天使さまは」


「もう!変なあだ名で呼ばないで。

 あなた達に直接文句が言えないから、クレームがいつもこっちに来ていたんだからね」


「不思議だよなぁ。

 サトリには文句を言うのに、同じ女なのにリゼには何も言わなかったよな」


「リゼはなぁ。いかにも姫って感じだからな。

 サトリは、誰にでも優しい顔を見せるからな」


「そうそう、外面に騙されて、馬鹿だよなぁ」


「それ、聞き方によったら、私の中身が悪人みたいじゃない」


「おー。出たよ!被害者になりたい病が!」


「ちがーう。被害者ぶりたいからじゃなくて、実際に迷惑だったの。

 少しは、わかれよ」


「これだもの。

 学院生は聖女さまが、こんなに乱暴な口を利くなんて思ってもいなかったぜ」


「ミカエル。いい加減にサトリで遊ぶのは止めろ。

 サトリも毎回、同じ手に引っかかるな。

 ミカエルは、お前を揶揄っているだけだ」


「おー。この感じ。

 まったく学院のままじゃないか」


「ダンテ、お前まさかノアを殺そうとして逆に捉えられた訳じゃないよな」


「ミカエル、お前は嫌いだ。 勘が良すぎる」


 猊下は大笑いをした。


「いや、だって散々学院で痛い目にあって来ただろう?

 それなのに戦神様になっても、同じなのかよ」


「言ってやるな。ミカエル。

 こいつは友情にあついだけだ」


「もう、しかたないなぁ。ダンテ。教えてあげる。

 ノアが先輩と呼ぶのは、ダンテだけでしょう?

 ノアにとってダンテは特別なの。

 ノアが最後に心を砕いた作戦は、ダンテ、貴方を救うためだった」


 ダンテはプルプルと震えている。

 感動を堪えているのだろうか?

 そう思ったら、いきなりダンテはノアを抱きしめた。

 いや、抱きつぶそうとしている。


「ノア、お前は何ていい奴なのだ!」


 ノアは必死にタップして引きはがそうとするが、ダンテは感激のあまりそれに気がつかない。

 クラウスが神聖魔法で、ダンテを緊縛した。

 光の縄がダンテを縛り上げ、ノアが、ケホケホと咳をする。


「まぁ、大変。肋骨が折れているわ。

 ダンテ、なんて力でノアを締め上げたのよ」


 サトリが文句を言いながら、ノアに治癒をかける。

 ノアがほっとした顔でサトリにお礼を言い、ダンテがしょんぼりと項垂れる。


「まいったなぁ。学院時代と少しも変わらない。

 あれからもう50年は経ったと言うのに」


「あぁ、もう肋骨を折られることは無いと思っていたのだが。

 さぁ、食事にしよう。時間が無くなるぞ」


 時間と言う言葉に、皆の心が冷えた。

 そう、こんなことではしゃげるのも、あと少し。

 食事をとりながら、ダンテが真剣な顏になる。


「ミカエル。大精霊が魂を、自分に取り込んでしまうと言うのは、本当か?」


「僕も審判を行うのは、初めてだ。

 君たちは、見たことがあるのだったな。ノア、サトリ」


「あぁ、とはいっても姿も見えなければ。声も聞こえなかった。

 お姿を見て、会話をしたのは法王だけだったよ」


「今回はどうかしら。

 私は、大精霊に言いたい事があるの」


「サトリ。君が言いたいことは分かっている。

 もしもの場合には、私が伝えるから」


「もしもの場合ね。私は自分で言いたいのだけれど」


「言いたいことなら、皆が持っているだろう?

 だから多分法王だけが、大精霊と話せるのだと思うよ。

 大精霊を煩わせないためにね」


 それは最もだけれど、素直に納得することは難しかった。

 だからミカエルは、それ以上は何も言わない。

 運命に逆らおうとするのも、人の常だ。

 それは大精霊だって知っている。

 人が人であるゆえんを、大精霊が罰するとも思わないから。


 こういう事は、本人よりも周囲の方が辛いのだ。

 精一杯、出来ることは全てやった。

 それが、諦めや納得を生むことをミカエルは、幾度も経験して知っていたから。


 きっとノアも、そのことを知っている。

 だからサトリの好きにさせているのだろう。

 サトリがもう少し、この世界で生きるために、それが必要だから。


 楽しい午餐だった。

 それでも運命の時は、すぐそこにあった。

 ノアが彼らに解散を告げた。

 そろそろ準備を始めるからと。


 サトリが新しい服を用意してくれているのだと、ノアは笑った。

 だから、皆も笑って別れた。

 どんな素敵な服を着るのか、楽しみにしているよ、と言いながら。



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