三.言い争い③
居間の壁には歴史を感じさせる八角形の柱時計が掛かっている。
「結構、時間がかかりましたね」
「はい。蝋燭を探してうろうろしたりしましたから」
「それからどうしました?」
「五代院さんが、何時、発電機が燃料切れになるか分からないので、動いている内に風呂に入って寝てしまおうと言うので反省会はお開きになって解散しました」
「停電の間、皆さんは何処で何をしていたのですか?」
「ここにいたよ」と松野君が不貞腐れたように答える。
「山の中の山荘です。電気が来ていないと真っ暗でしょう。ここにいたと証明できますか?」
言葉はきついが確かにそうだ。暗闇に乗じて、二階に上がり、長崎君を殺害することが出来たはずだ。
「真っ暗たって、携帯電話があるからな」と松野君が言うが、この広さだ。携帯電話が照らすことができる範囲なんて、たかが知れている。
「私、ずっと携帯見ていたから」と北野さん。「うん。花香ちゃん、ずっと携帯を見ていました」と新沼さんがアリバイを証言してくれた。
「あなたはどうです?ずっと携帯を見ていましたか?」
「いいえ。私はずっと筒井さんと一緒にいました」と新沼さんが答えると、「はい。僕が隣に座っていましたから、彼女がここにいたのは間違いありません」と筒井君がアリバイを証明する。
二人は恋人同士だ。アリバイは無いに等しい。
「君はどうです?若狭輝臣君」と二代目が双子の片割れに聞いた。
二代目はよく間違えずに双子の名前を言えるものだ。
「僕は・・・五代院さんとタツを探しに行ったけど、真っ暗で分からなくて・・・それから、お腹の調子が悪かったのでトイレに行ったりして、あまりここには居なかったかもしれません」
犯行が可能だった訳だ。双子が共謀して長崎君を殺した。それで間違いないような気がした。後は動機だろう。
「さて、松野君。先ほど、ここにいたとおっしゃっていましたが、停電の時、携帯電話はお持ちじゃなかったはずですよね」
ああ~と思った。そう言えば松野君は携帯電話を充電する為に、一旦、部屋に戻ったと言っていた。案の定、誰も松野君が居間にいたと証言しなかった。いや、出来なかったのだ。
松野君は「へへ」と自嘲気味に笑うと、「ずっとここにいたけど、ぼうっと座っていただけだから、誰も俺のこと見ていないかもしれないな。残念だけど、俺にはアリバイはない」と開き直った。
暗闇の中だ。双子であれば入れ替わっても誰も気がつかないだろう。双子のアリバイは無いに等しいし、恋人同士でアリバイを証明し合っても信用できない。結局、アリバイがあるのは北野さんだけだと言うことになる。
一体、誰が長崎君を殺したのか?
「では、電気がつい時、ここにいたのは?」
相変わらず最初に答えるのは松野君だ。「俺はいたよ」
筒井君が直ぐにフォローしてくれる。「僕たちもいました。それに北野さん、テルもいました。ちょっとしてから五代院さんとタツが戻って来ました」
「それから反省会はお開きになって、風呂に入ったのでしたね」
「はい。五代院さんが、反省会はお開きだ。電気が来ている内に風呂に入って寝てくれと言うので、一旦、部屋に戻って風呂に行きました。僕が行った時には五代院さんが出て来たところで、脱衣所で会いました。そして、風呂に入っていると、若狭兄弟が来ました」
筒井君の言葉に、「ええ。筒井と一緒でした」と双子が声を揃えた。「筒井が風呂を出て、暫くしてから僕らも風呂を出ました」と双子のどちらかが答えた。
どうしても、どちらが輝臣君とどちらが龍臣君だったか分からなくなってしまう。
「長崎君は来なかった?」
「見てねえな」、「見ていません」、「僕らも」と松野君、筒井君、双子が答える。
その頃には、長崎君は殺されていたのだ。
「さて、時計を進めましょう。深夜、零時過ぎです。どなたか、よせ! やめろ! という声を聞いた方がいるそうですが」
「僕です」と筒井君。「よせ! やめろ! と怒鳴り声がしてから、どしんと何かが落ちる物音がしました。屋敷がちょっと揺れたような気がします」
「ほう~そんなに大きな物音だったのなら、他にも誰か聞いた人がいるのでは?」と二代目が言うと、今度は反応が薄かった。
「松野君。君は?」
「さあ? その時間なら、もう寝ていたと思う。気がつかなかった」
「若狭君は?」
「テルの部屋にいたんだけど、音楽をかけていたから分からなかった」とこれは龍臣君だ。隣で輝臣君がうんうんと頷いている。
「北野さんは?」
「私も~聞いていないかな~イヤホンで音楽聞いていたし~」
「新沼さんは?」と二代目が聞くと、彼女は顔を真っ赤にして「はい。聞いたと思います。筒井さんがそう言うので・・・」と消え入りそうな声で言った。
二人は一緒にいたのだろう。恋人同士だ。今更、驚かない。
「思えば、あの時、五代院は誰かに階段から突き落とされたんだ。この中に長崎と五代院を殺した犯人がいるって訳だ。怖いね」
松野君にそう言われて、改めてぞっとした。そうだ。この中に長崎君と五代院君を殺害した犯人がいるのだ。普通に生活していて、殺人犯と一緒にいることなどないだろう。随分と危険な場所に来てしまったことに気がついた。
いざ、殺人犯が暴れ出した場合、頼りになるそうなのは――新庄さんだろう。僕は一歩、新庄さんに近寄った。
「それで一人、離れた場所に腰かけているのですね」と二代目が言うと、松野君は「別に・・・そんなんじゃあ・・・」と口を尖らせた。図星だろう。
僕だって怖い。




