第36話 王都からの召喚
9/23 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)
セレス修道院から戻って、三週間余りが経った。
修理に出していた鎧はとっくに戻り、裂けていた肩口も見た目では分からなくなっている。俺自身も近郊の護衛や討伐をいくつか受け、フィアナも大神殿での仕事へ戻っていた。外出には同行者がつくようになったものの、それ以外は以前と大きく変わらない生活を送っている。
ミラとユリウスもそれぞれ仕事を再開し、セレナは暇を見つけては百八十年前の資料を追っていた。
何も解決してはいない。
エレノアの同行者が誰だったのかも、セレス修道院の地下施設が俺に示した「適合」が何を意味するのかも分からないままだ。それでも、すぐに俺たちだけで調べられることには限界があり、分からないものを抱えたまま日常へ戻ることにも、少しずつ慣れてきていた。
その日の午後、近郊の依頼を終えてギルドへ戻ると、受付近くで見覚えのある大きな背中を見つけた。
「ガルドさん」
「おう」
振り返ったガルドは、俺の顔より先に肩の辺りへ目をやった。
「鎧は直したみたいだな」
「そこからですか」
「傷はもう治ってるんだろ」
「とっくに」
「なら見るところはそっちだ」
相変わらずだった。
ガルドが北東方面の商隊護衛から戻ったこと自体は知っていたし、街で顔を見るのもこれが初めてではない。ただ互いに仕事があり、落ち着いて話す機会まではなかった。
「留守にしてる間に、また面倒なのとやり合ったらしいな」
「好きでやったわけじゃないですよ」
「お前、それ前にも聞いた気がするぞ」
「だいたい向こうから来るんです」
「それを何度もやる奴を、普通は運が悪いって言う」
笑いながらそう返され、否定する言葉を探していると、受付から名前を呼ばれた。
手続きの続きかと思ったが、渡されたのは大神殿からの伝言だった。内容は、今日の夕刻に来てほしいというものらしい。
しかも呼ばれているのは俺だけではなく、フィアナ、ミラ、ユリウス、セレナの名前まで並んでいる。
「何かあったか?」
「五人とも呼ばれてます」
紙を見せると、ガルドは特に驚かなかった。
「なら、俺もあとで行く」
「ガルドさんも?」
「ああ。別口だが、今日は元々呼ばれてる」
どういうことか聞く前に、ガルドは受付へ向かってしまった。
夕方、大神殿の会議室へ着くと、すでに全員が揃っていた。
フィアナとセレナに加え、ミラとユリウスもいる。その少し離れた席にはガルドまで座っていた。
「本当にいる」
「行くって言っただろ」
「用事って、これですか?」
「半分はな」
意味を尋ねる間もなく、ベルナールさんが部屋へ入ってきた。
挨拶を済ませて席につくと、机の上へ一通の封書を置く。ルミエルで普段使われているものとは違う公印が押されていた。
「皆さんに集まっていただいたのは、王都から正式な返答が届いたためです」
セレナがすぐに反応する。
「百八十年前の資料について?」
「そちらも照会中です。ただ、今日の用件はそれだけではありません」
ベルナールさんは封書へ手を添えた。
「王都から、セレス修道院にいた五名全員に直接事情を聞きたいとの召喚が届いています」
一瞬、誰も口を開かなかった。
「私たち全員?」
最初に聞き返したのはミラだった。
「はい。現地で何を確認し、北の盟主に仕えると名乗った者とどのように接触したのか、当事者から直接聞きたいとのことです」
「もう報告は送ってるんですよね?」
ユリウスの問いに、ベルナールさんは頷いた。
「帰還した当日に第一報を、その後に追加の情報も送っています。文書だけでは不足しているというより、今回は扱う事柄が多いのでしょう」
古代施設に、フィアナと俺へ示された異なる反応。百八十年前のエレノアと名前の残らない同行者、それらを知っているような北方の男。
一つずつならともかく、同じ場所で重なった以上、王都が直接確認したがるのも無理はなかった。
「いつ出るんですか?」
フィアナが尋ねる。
「四日後の朝を予定しています。王都までは通常七日から十日ほどですが、今回は途中の連絡や宿について大神殿側でも手配します」
「結構急ね」
「正式な召喚ですから、あまり待たせるわけにもいきません。ただ、明日すぐ出発しろという話でもありません。四日あれば皆さんも準備できるでしょう」
確かに、旅支度だけなら十分だ。
俺は机の上の封書へ目をやった。
「王都が動いたのは、セレス修道院の件だけですか?」
ベルナールさんがわずかに間を置く。
「いいえ」
壁際にいたガルドが腕を組み直した。
「やっぱり増えたか」
「はい。あなたから聞いた時より、報告は増えています」
今度は俺たちが二人を見ることになった。
「何の話?」
フィアナが尋ねると、ベルナールさんは一枚の紙を取り出した。
「北方方面で、人と兵の動きが増えています」
部屋の空気が変わる。
「大規模な侵攻が始まったという話ではありません。ですが、北方へ通じる複数の地域で武装集団や部隊の移動が確認され、さらに北では小規模な接触も起きているそうです」
「戦争になるってことですか?」
「そこまでは分かりません」
フィアナの問いに、ベルナールさんは慎重に答えた。
「王都も現時点ではそう判断していません。長く大きな動きがなかった地域で、以前より活動が増えている。その段階です」
ガルドが続ける。
「俺が北東から戻った頃には、まだ商人が早めに南へ下りてきたり、街道で兵を見かける回数が増えたりした程度だった。今はそこから少し進んだらしい」
「ガルドさん、それを知ってたんですね」
「ああ。帰ったあとベルナールに話した」
それで、今日ここにいる理由の半分も分かった。
「セレス修道院に来た男と関係あるんでしょうか」
フィアナが聞くと、ベルナールさんは首を横に振る。
「今のところ、それを示すものはありません」
「同じ時期に起きてるってだけね」
セレナもすぐに切り分けた。
「ええ。ただ、王都の立場では無視もできないでしょう。北方で動きが増えている時期に、北の盟主へ仕えると名乗る人物が遠く南まで入り、聖女を連れ去ろうとした。それが偶然なのか、何か関係があるのかを判断するためにも、直接話を聞きたいのだと思います」
俺たちが知らないところで、話はずいぶん大きくなっていたらしい。
「それでガルドさんも王都へ?」
ミラが尋ねる。
「俺は別件だ」
ガルドが答えた。
「北東で見たことについて、向こうでも話を聞きたいらしい。それに、今後北絡みの依頼が増える可能性があるってんで、ギルド側の話もある」
「じゃあ、道中は一緒なんだ」
「目的地まではな。向こうに着いてからは別だ」
ユリウスが少し表情を緩めた。
「それは心強いな」
「最初から俺を戦力に数えるなよ」
「白金級が同じ道を歩いてて数えない奴いる?」
「お前は素直でいいな」
ガルドが笑い、張っていた空気が少しだけ緩む。
ベルナールさんはその様子を待ってから話を続けた。
「道中については、フィアナ様の移動でもありますので、大神殿から改めて正式な護衛依頼として扱います。アレンさん、ミラさん、ユリウスさん、セレナ殿の四名には、王都までの護衛をお願いします」
「ガルドさんは?」
フィアナが尋ねる。
「ガルドさんには別の用件があります。目的地が同じため同行するだけで、護衛依頼の指揮系統には入りません」
そこを曖昧にしないのはベルナールさんらしかった。
「もちろん、何か起きれば手は貸すぞ」
ガルドが言う。
「ただし、お前らが俺がいるからって無茶するなら話は別だ」
「しませんよ」
「即答できるのはアレンだけだな」
「俺もする気ないぞ」
ユリウスが抗議すると、ミラが横から冷たい目を向ける。
「今の言い方だと、普段はするみたいだけど」
「なんでそうなるんだよ」
フィアナが小さく笑った。
セレス修道院から戻って以来、こうして五人で同じ部屋に揃うのは久しぶりだった。出発前とまったく同じではないのに、こういうやり取りだけは変わらない。
ベルナールさんが封書を開き、俺たちの前へ回した。
内容は簡潔だった。
セレス修道院で確認された古代施設と、北方勢力を名乗る人物との接触について、関係者から直接事情を聴取する。
その下に、俺たち五人の名前が並んでいる。
「本当に王都からなんだな」
ユリウスが紙を見ながら呟いた。
「今さら疑ってたの?」
「疑ってない。こういうのを見ると急に実感するって話」
それは俺にも分かった。
王都へ行くこと自体は初めてではない。金級へ上がった時、ギルド本部での面談と手続きのため一度だけ来ている。
ただ、その時は本部と宿の周辺を行き来しただけで、街をまともに見た記憶もほとんどない。まして、自分の名前が入った召喚状を受け取って向かうとなれば、話はまるで別だった。
隣で紙を見ていたフィアナが、ふと俺の方を見る。
「また旅だね」
「ああ」
「今度は普通に王都まで行けるといいね」
「それは俺も思う」
「アレンと出かけると、普通で終わらないことが多いから」
「俺だけのせいじゃないだろ」
「それはそうだけど」
フィアナが笑い、向かいにいたセレナが呆れたように息をつく。
「出発前から妙なこと言うのやめて。何か起きても、その会話のせいにはできないからね」
「セレナまで」
ミラも笑い、ガルドまで口元を緩めている。
ベルナールさんは少し困ったような顔をしながら、俺たちから封書を回収した。
「準備について確認したいことがあれば、明日までに知らせてください。四日後の朝、大神殿前に集合です」
そこで話は終わった。
席を立ちながら、机の上へ戻された封書をもう一度見る。
セレス修道院へ向かった時、探していたのはエレノアとフィアナの神託につながる手掛かりだった。
それが今では、地下で見つけたものだけでなく、北方で実際に動き始めている人や兵の話まで、同じ机の上に載っている。
百八十年前の出来事と今の北方情勢が、本当につながっているのかは分からない。あの男がどこまで真実を話していたのかも、まだ判断できなかった。
ただ、ルミエルに残って古い資料だけを追っていても確かめられないことが増えたのは確かだった。
四日後、俺たちはガルドを加えた六人で王都へ向かう。
第二章 神託を追う者たち 完
第2章までお読みいただき、ありがとうございます。
旅を重ねるなかで、アレンたちの前には少しずつ新たな謎が姿を現してきました。
ここまで読み進めてくださった皆さまに、これからの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。
第3章では、アレンたちを取り巻く状況も大きく動いていきます。
作品について感じたことや、気になったことなど、気軽に感想をいただけると励みになります。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




