第19話 金級冒険者と変わり者
9/23 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)
大神殿へ向かう大通りは、巡礼から戻った時と変わらず人の往来が多かった。
夕方にはまだ少し早く、白い石造りの建物の間を荷車や巡礼者が行き交い、道沿いの露店からは焼いた肉と香草の匂いが漂っている。何度も見ている大神殿の尖塔も、今日は自分が呼び出されているせいか、近づくにつれていつもより目についた。
ベルナールから直接呼ばれるのは、エルム地下で起きたことを報告して以来だ。使いに来た神殿兵は緊急ではないと言っていたし、表情にも切迫した様子はなかったが、俺を名指しで呼ぶ以上、あの地下で見たものと無関係とは考えにくい。
いくつか可能性を考えてみたものの、材料がないまま推測を重ねても仕方がない。途中で考えるのをやめ、そのまま大神殿の正門をくぐった。
名前を告げると、すでに話は通っていたらしい。案内についた神殿兵に従い、礼拝堂ではなく脇から続く事務区画へ入っていく。
巡礼へ出る前にも何度か通った場所で、表側の礼拝堂ほど人を圧倒する荘厳さはない。白い石壁に木製の扉が並ぶ廊下を、神官や書記官らしい人間が書類を抱えて行き交っていた。
いくつか角を曲がり、階段で二階へ上がったところで、案内役が一つの扉の前に立ち止まる。
「ベルナール殿がお待ちです」
「ありがとうございます」
扉を叩くと、中から聞き慣れた声が返ってきた。
「どうぞ」
入った先は、それほど広くない会議室だった。
奥にはベルナールが座っており、その脇に見覚えのない女性が一人いる。俺より明らかに年上だが、三十には届いていないように見えた。
灰褐色に近い淡い茶色の髪を整え、研究者が着るような服の上から実用的な革装備を重ねている。机の横には細身の剣が立て掛けられ、小さな鞄からは紙束や金属製の調査道具らしきものが覗いていた。
神官には見えないが、街でよく見かける冒険者とも少し違う。戦うための装備と、何かを調べるための道具が同じ場所に収まっているのが印象に残った。
「お待たせしました」
「いえ。急な呼び出しにもかかわらず、ありがとうございます」
ベルナールは立ち上がって俺に席を勧めると、隣の女性へ視線を向けた。
「まず、ご紹介しておきましょう。こちらはセレナ・ヴァイス殿です。金級冒険者で、古代史や碑文学、古代魔法、それに遺構調査を専門としておられます」
「セレナ・ヴァイスよ。よろしく」
女性が軽く会釈する。
「アレン・クロイツです。こちらこそよろしくお願いします」
「知ってるわ。白岩街道のアレンでしょう。十九で金級に上がった」
ほとんど間を置かず返され、俺はわずかに首を傾げた。
「……そこまで知られてるんですか?」
「若い金級は目立つもの。白岩街道の件まで含めれば、冒険者なら名前を聞いたことがある人はそれなりにいると思うけど」
俺としては、積極的に触れてほしい話でもない。
銀級まで上がれば、冒険者としては十分に成功した部類に入る。そこから金級へ進むには、腕が立つだけでは足りず、高危険度の現場で独立した判断を任せられる実績や、周囲を含めて生還させられるだけの信用まで求められるため、十九でそこへ上がった俺が珍しく見られることくらいは分かっていた。
「白岩街道も、別に俺一人でどうにかしたわけじゃないですよ」
そう言うと、セレナは少し楽しそうに目を細めた。
「本人はそう言うって聞いてる」
「誰から聞いたんですか」
「何人かから。四十人くらいをまとめて、魔物の群れから全員生還させたって」
「ほら、もう話が大きくなってます」
「違うの?」
「まとめたというか、指示を出せる人がいなくなったので、その場で必要なことを言っただけです」
「普通はそれを、まとめたって言うのよ」
白岩街道で起きたことを思い返す。
山間の街道で豪雨と崖崩れが重なり、複数の商隊と護衛が足止めされたところへ、山から下りてきた魔物まで入り込んだ。その場で最も経験のあった銀級冒険者が落石で重傷を負い、四十人ほどいた商人や御者、冒険者を誰が動かすのか決まらないまま、次の群れが迫っていた。
だから戦える者をいくつかに分け、負傷者と非戦闘員を先に逃がした。土魔法で魔物の進路を絞り、風で足並みを乱しながら必要な場所へ戦力を集め、最後に残った大型個体も他の銀級と協力して倒した結果、民間人に死者を出さず全員を崩落地帯の外へ出すことができた。
その後に金級への昇格を打診されたが、今でも自分一人の功績だったとは思っていない。
「結果だけ聞けば十分でしょう」
セレナが言う。
「一番経験のある人間が倒れたあと、残った戦力を組み直して全員を逃がした。何頭倒したかより、私はそっちの方が金級らしいと思うけど」
「ギルドにも似たようなことを言われました」
「なら、私の理解で合ってるじゃない」
返す言葉を探していると、ベルナールが控えめに咳払いした。
「お二人とも、その件については後ほどにしていただけますか」
「すみません」
「失礼しました」
ほとんど同時に答えてから顔を戻す。初対面の相手にしては、妙に話しやすかった。
ベルナールは机の上の資料を揃え直し、改めて俺へ向き直る。
「今回、アレン殿をお呼びした理由は、エルム地下施設についてです」
「やっぱり、その話でしたか。何か分かったんです?」
「分かった、と言えるほどではありません」
いかにもベルナールらしい慎重な答えだった。
「地下から持ち帰った報告、フィアナ様の証言、それにアレン殿が読まれた文字をもとに、神殿内に残る古い記録を改めて確認しております。その過程で、専門的な知見が必要になりました」
「それでセレナさんを?」
「はい」
今度はセレナが、自分の前に積まれた資料へ手を置いた。
「私が呼ばれたのは三日前。地下そのものはまだ見ていないけど、報告書と、証言から作った見取り図は確認したわ」
「どう思いました?」
「学術的には、かなり興味深い」
即答したあと、セレナは一度言葉を切った。
「もちろん、人が死んでいる以上、面白半分で入り直していい場所じゃないわ。ただ、既知の遺構とは違う点が多すぎる」
そう言って資料から一枚を抜き取り、こちらへ向ける。
俺たちが地下で見た通路や広間を、証言から起こした簡単な見取り図だった。
「壁そのものに埋め込まれた発光部、触れていないのに開閉する扉、用途不明の黒い板。それに、特定の人間へだけ明らかに違う反応を示す設備や存在」
「フィアナさんのことですね」
「ええ。どれも一つだけなら、古代魔法の遺構として説明できる可能性はある。でも、これだけまとまって確認された例は、私の知る限りほとんどない」
最後の言い方が引っかかった。
「ほとんど、ですか?」
セレナがこちらを見て、少しだけ目を細める。
「そこを拾うのね」
「ない、とは言わなかったので」
「そういうところが金級なのかしら」
「たぶん関係ないと思います」
ベルナールが二人を見比べ、小さく息を吐いた。
「話を進めてもよろしいでしょうか」
「お願いします」
「どうぞ」
俺たちが黙るのを確認してから、ベルナールは机の脇に分けてあった紙束をこちらへ滑らせた。
かなり古い記録を写したものらしく、紙そのものは新しいが、欄外には原本の年代や保管場所、写本を作った時期まで細かく記されている。
「地下施設そのものに関する資料だけではなく、歴代の聖女について残された記録も確認しております」
「聖女の記録を?」
自然とフィアナの顔が浮かぶ。
「今回の件と関係があるんですか」
「まだ、そう断定できる段階ではありません。ただ、フィアナ様から聞き取った体験と、非常によく似た記述が一つ見つかりました」
ベルナールはそこで一度、俺の前にある資料へ目を落とした。
「現場でフィアナ様の反応を見ており、地下の表示を実際に読まれたアレン殿にも、まずこの記録を確認していただきたかったのです」
セレナが紙束から一枚を抜き、俺が読みやすい向きへ回した。
「百年以上前の記録よ。ある聖女が、自分に起きたこととして残している」
示された段落を追っていく。
知らない人物が残した記録のはずなのに、読み進めるほど覚えのあるものが増えていった。果てが見えないほど白い空間、その中に浮かぶ奇妙な光と、形として捉えきれない何か。そして、声を聞いたわけではないのに、意味だけが直接意識へ流れ込んでくるような感覚。
エルムの地下でフィアナが話していたものと、一つずつ重なっていく。
途中まで読んだところで、俺は紙から顔を上げた。
「……かなり似てますね」
「でしょう?」
セレナも同じ箇所へ目を落としている。
細部まですべて同じではない。それでも、偶然似たと言うには重なる部分が多すぎた。
「この聖女は誰なんです?」
俺が尋ねると、ベルナールが静かに答えた。
「エレノア・セルディア。およそ百八十年前に生きた聖女です」
聞いたことのない名前だった。
もう一度、手元の記録へ視線を戻す。
フィアナだけに起きたと思っていた現象が、百八十年前にも記されている。それだけでは何が同じで何が違うのかも分からず、ましてエルム地下の施設と直接関係していると決めるには早い。
それでも、エルムだけを見ていては出てこなかった手掛かりが増えたのは確かだった。
机の上には、まだ目を通していない資料がかなり残っている。
「最初から読ませてもらえますか」
「もちろんです」
俺が紙束を引き寄せると、セレナも隣に積んであった資料を取り、少し嬉しそうにこちらへ寄せてきた。
「じゃあ、長くなるわね。関連しそうなもの、結構あるから」
「今日中に終わります?」
「無理じゃない?」
「聞くんじゃなかった」
ベルナールは何も言わず、目の前の資料へ視線を落とした。
どうやら、すぐに帰れる呼び出しではなさそうだった。




