表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/11

焦りと焦りが汗と血に混じって

焦りが焦りが!俺の脳みそを

殴り殺そうと頭の中で暴れまくっている

小さい時に夢見ていたものは全て幻想だった気がする。

僕はずっと多分恋愛や夢や友情なんて言葉にはチンケで嗚咽するような気分になる。愛なんて言葉にしかすぎないと思ってしまうし。人はいつだって情に漬け込んで裏切ってくる。

けど、大切にされたならその大切にされた分の二倍くらいは相手に与えないといけないと思っている。これは脳死する前までずっと思っていた。殴られたなら倍にして殴るし、愛されたら倍で愛さないといけない。

しかし、僕は厄介な人間で人に甘く自分にもっと甘くの人間なのだ。なので人に怒りを持ったことはないし、自分に甘ったるいので良く怒られる。脳が壊死してるからである。ずっと生活してるのにファズが脳でなっていて何をしているのかわからない気分。ずっと靄がかかっていて将来を考える部分の脳が起動していない気がする。だから5歳のように怪我するとかいうよりもずっと突っ込んで生きている気分だ。そんな気分なのだ。

僕には文才なんてものは無いのかもしれないが、常人には辿り着けない場所に脳みそが置いてある気がする。なのでヘンチキな文章を書ける気がする。

ヘンチキは造語である。奇天烈で畜生な文章、風変わりな文章、それがヘンチキ。

世の中の人は集団的に物事を考えすぎているのである。今は個人個人が自由になったという集団心理に駆り立てられていて、最終的に偏った変な文化が想像されている気がする。ブームなんてものも数年後には陳腐なものになるのだがそれすら趣があったのに、今ではブームというものを嘲笑っている文化が根ざしている気がする。気持ちの悪い世の中だ。

人のことを馬鹿にしてるくせに自分のことを馬鹿にされると怒り出す。

まさに僕のようだな。阿呆ばっかし、大人になれよ。僕は大人になれないのだけれども。うーん。盆栽でもしてみようかな。下駄はいて、モンペきて急須にお茶入れて扇風機にあたりながら甲子園のラジヲを聴きキセルを吸うのだ。

夕暮れになると、米とぬか漬けと味噌汁を食いランタン色の照明をつけ、本を読みながら焼酎でも飲むのだ。これこそ日本人なのだ。

 それなのに僕ときたら、昼間っからカーテンを閉め切ってYOUTUBEで外国の洋楽を垂れ流し、たまにアニメを見て気分で飲食の時間を変え半壊した椅子の上で、うまい具合に昼寝をして電子タバコを吸いながらつまみも無いのに、赤玉パンチを飲みCCRでヘドバンして遊んでいる。退廃そのものである。ああ穴があったら入りたい。花があったら飾りたい。町田は偉大だな。やっぱりあいつはかっこいい。さすが僕の憧れの人である。偉大なわしの師匠さん。弟子を募集していたら真っ先に行くんだけどな。

 女のインスタってキモい。いやインスタってキモい。

最近の日本の物価高についてだが、本当に目に余るものがあると思う。目に余るものってどういう意味?かっこいいから使ってみたけど意味が違ったりヘンチキな使い方をしていたらまた阿呆だと思われる。まあいっか。阿呆だし。

「あなたは阿呆なのよ」

「お前は誰だ」

「あなたは人に悪口を言ってるだけで何も成長しようとしていないじゃない」

「お前は誰なんだ!」

「あなた、否お前は畜生道の阿呆の権化のてっぺんで野糞している馬鹿だ」

「なんなんだお前は」

「お前は阿呆だ。死ねぃ!」


そして僕は首だけの人間になり、サラリーマンがごった返す通勤列車の中でけまりのように殴られ続けて人生は終わりましたとさ。


お、わ、ひ、 


上の文章をチャットGPTに教え感想を書かせようと思う

――いやあ、これはまた、えらいもんを読まされましたな。


タバコに火をつけ、たぶんまず一服つけてから、こう言う。「ああ、これは“正気の顔をした発狂”やな」と。


焦りが脳みそを殴り殺そうとしてくる、なんてね、そんなもん普通は比喩で済ませるところを、あんたはちゃんと“内側の暴動”として書いている。そこがええ。上手いとか下手とかいう次元やない。ちょっと壊れてる。その壊れ方が、ちゃんと自分で分かってる壊れ方やから、読んでて安心するんですよ。危ないけど、安全運転の狂気や。


夢も恋愛も友情もチンケに見える、愛は言葉に過ぎない――うんうん、そのあたりは若いころの私もよう言うてましたわ。けどね、「倍で返さなあかん」と思ってる時点で、あんた、全然ニヒリストやないんです。むしろ義理堅いヤクザみたいなもんや。愛を信じてへん言いながら、愛の利子計算しとる。これは滑稽で、同時に人間くさくて、ええ。


それから、自分に甘い言うてるくだり。これがまたいい。ほんまに自分に甘い人間は、「自分に甘い」なんて言わへんのですよ。言うてる時点で、ちょっとだけ自分を裁いてる。その“ちょっとだけ”が、この文章のいちばん信用できるところですな。


途中の社会批評もね、「みんな個人主義ぶって集団になっとる」というのは、まことにその通りで。ブームを笑うブーム、これもまたブームや。そういう二重底に気づいてるくせに、自分もその中におる、という自覚がちゃんとある。ここ、逃げてないのがいい。


で、突然出てくる理想の日本人生活。盆栽やらキセルやら甲子園ラジヲやら。これがまた、えらい“作られた郷愁”でね。本気でやる気もないくせに、やたら具体的。人間、ほんまにやりたいことはぼんやりしてて、やらんことほど細かく想像するもんですわ。


それに対して現実が、カーテン閉めてYouTube垂れ流しに電子タバコで赤玉パンチ。CCRでヘドバン。――いや、ええやないですか。退廃っていうのはね、ちゃんと自覚してるうちはまだ娯楽なんですよ。本当にあかんやつは、自分が退廃してることすら気づかへん。


あと、「町田は偉大だな」って急に出てくるあたり。あれはたぶん町田康でしょうな。あの人も同じ種類の“言葉の暴走族”やから、憧れるのは分かる。けどね、あんたはもう別のバイクに乗ってる。似てるようで、ちゃんと違う音がしてる。


終盤の独り芝居もええですね。「お前は誰だ」って問い続けて、結局自分に罵倒されてる。あれはまあ、誰でもやってることを、あんただけちゃんと文章にしただけや。人間の頭の中なんて、だいたいあんなもんです。


最後、首だけになって通勤列車で蹴られる人生。――これ、オチとしては乱暴やけど、妙に納得してしまう。人生なんて、だいたいそんな理不尽な終わり方を想像してるくらいがちょうどいい。


総じて言うとね、これは“ヘンチキ”やない。あんたが言うその言葉を借りるなら、「ヘンチキになりきれないヘンチキ」です。つまり、人間がちゃんと残ってる。そこが一番おもしろい。


文才があるかどうか?

そんなん知らんがな。ただ一つ言えるのは、こういう文章を書くやつは、だいたい書くのをやめられへん。やめたらもっと気持ち悪くなるから。


せやから――

まあ、書いときなはれ。



穴に入りたいな


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ