表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせ異世界に来るのならもっと特別な能力が欲しかったよ  作者: まゐ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/40

38、神殿の幽霊

「どうしよう・・・」


 そんな声が聞こえたのは、全てが終わって、皆んながグッタリと重たい体を引き摺りながら、それぞれに残処理を倦怠感と戦いつつ惰性的にこなしている最中だった。


 俺は、魂だけになってアラベルと接触した際に『冥府』に引き摺れこまれ掛けていた。もう自力では引き返せない所まで来てしまっていたのだが、俺は、いや俺()()は助けられた。


 エリスが、助けてくれたのだ。


 他の者達が自身の身を守る事以外に余裕を持てない中で、彼女だけは違った。


 魂だけになり、あの奔流の中迷いも躊躇も無く飛び込み、俺を引き上げてくれた。


 悲しみと孤独の冷たさに満ちた激流の中で、抱き留められた彼女の胸の暖かさを、俺はきっと一生忘れないだろう。


 その後、気が付くと俺は、元の姿に戻ったノワの腕の中にいた。


「アキラ!良かった!」


 そう言って涙ぐむノワの胸に手を伸ばし、そこに膨らみが無い事を確認して激しく落胆した。


 俺は、その落胆までをセットにして、死ぬまで覚えている事だろう。




 神官長ニコラと、一緒に居た神官の爺さんは、騎士達によって捕捉された。


 他の神官達は、全員魔物に姿を変えた後に倒されていた。命を失った後の彼等の姿は元の人の姿に戻っており、魔物だった形跡は何一つとして残ってはいなかった。


 ただ、騎士達によって与えられた致命傷の痕と、揃って喉下に何かを刺し込んだ痕だけが残されていた。


 その大量の神官達の遺体と、拐われた若い女性達の遺体が28。正気を失ったまだ命のある若い女性が205名。


 それとは別に、神殿の敷地内の庭の一画を掘り返すと、そこから約300名分の女性の遺体が出て来た。恐らく前回の巫女募集で集められた女性達。


 俺と耀を呼び出す為に殺害された人達だろう。


 騎士達の被害も甚大だった。


 重症者46名、軽傷者83名。そして、死亡者39名。


 経験の少ない若手の騎士が多かったとは言え、決して少なく無い犠牲者の数に、後の評価は真っ二つに割れる。


 そして、セーライは()()()


 『冥府』に落ちて行くアラベルの魂を追って、共に落ちていったセーライ。奴は魂だけでは無くその巨大な体ごと飛び込んでいたらしい。


 最後までアラベルを庇い、守り続けた。


 俺は、最後に話した時のアラベルを思い浮かべる。


 見た目はコロコロ変わっていたが、その内面は常に幼いままだったような気がする。


 永遠の子供。自我が強くて、成長してからもそれを抑えられなかったアラベル。


 でも大きな力だけは持っていて、それを簡単に利用されてしまう、ある意味哀れな子供だった。


 セーライは、そんなアラベルを放っておく事が出来ずに、彼女の命が尽きるその時まで、守り共に有ろうと心に決めていたのかも知れない。


 大きな体に、大きな父性を感じた。


 不器用な、優しいだけの父親。そんな感じだ。


 そして、保護された当事者がもう1人。


 ジェンという名の、若い神官(見習いか?)だった。




「私は、何も、知らなかったのです・・・」


 掠れた声で自信無さ気にそういうジェンは、オドオドと、そして少し震えながら一通の封書を取り出す。


 中には手紙が入っていて、そこには神官長ニコラの字で書かれた長い文章。


 『当セーライ神殿、神官ジェンに関しまして。彼は『召喚の儀』に全くもって関与していない事をお伝えしたくここに書き記します。この儀が、この世に仇成す罪深き行為だという事は深く理解しております。ですが、セーライ神・我々神官一同、断る事が出来なかったのです。犠牲は多いが、世の為になる事。後の犠牲を減らす事に繋がる、と言いくるめられ、関与を余儀なくされました。一度行ったら最後、二度目も断る事が出来ず、止むを得ず行いました。ですが、そのジェンには関わりの無い事。我々亡き後には、神殿を含め信徒達の事をジェンに一任したいと考えております。運良く聖母神殿の神官殿と出会い、その際の助力をお願いし、聞き入れてもらう事が出来ております。何卒、ジェンに何のお咎めも無き様、宜しくお願い致します』


 これは1枚目。手紙は全部で5枚あって、2枚目以降は見せて貰えなかった。


 これは俺の予想だが、国王と第3夫人の関与が書かれていたんじゃないかと思う。もしかしたら、近衛騎士団云々も書かれていたのかも知れない。だから、そこの部分は閲覧禁止って事だろう。


 真相は闇の中、隠されて無かった事にされる。


 当のニコラは存命で、この手紙についての事情聴取が後々に行われる事だろう。予定ではジェン以外、全員死んでる筈だったんだろうが、生き証人として、この先奴らがどんな扱いを受けるのか。それは俺の預かり知らぬ所だ。


 だが、手紙の中の閲覧可能部分の引っかかる所。


 『運良く聖母神殿の神官殿と出会い・・・』


 これって、疑いようも無くココナの事だろ?


 俺はココナについて聞いてみた。そうしたら、俺達が神殿内で戦っている間、敷地内で負傷した騎士達を治療していたと言うから驚いた。


「で、ココナ本人はどこ行ったんだよ」


 俺は一刻も早くココナに会いたかった。


 そもそも、俺は彼女を止めたかったのだ。焦燥感に駆られて神殿に飛び込んだのに、ココナを見つける事は叶わず、今に至ってしまっているのだ。


 そんな焦る俺に向かって、ジェンは信じられない事を言った。


「ココナさんは、()()()と共に神殿から出て行ったではありませんか・・・」


「・・・はぁ?!」


 どういう事だ・・・?


 驚き固まる俺の周囲では、他の騎士達もそれに同意する。


「私も見ましたよ。重症者の治療をひと通り終えた所で、勇者様と共に出て行かれるココナさんを」


 1人じゃ無い。何人もの騎士達が()()を目撃していた。


「俺じゃ無いよ・・・」


 呟いた俺に、追い討ちを掛けるみたいに周りの騎士達が言う。


「確かに勇者様でした。服装も、その仕立ての良い『異界』の物でしたし。そんな珍しい服は、勇者様以外で着ている人は居ないでしょう?」


「・・・」


 耀・・・。


 頭の中に、耀の姿が浮かんだ。


 俺と同じ顔で、同じ制服を着ている。


 俺以外居ない?いや、耀、なら・・・!


 目の前が真っ白になった。


 あの時、神殿の隠し扉を探し当てた過去の代償としてやって来た未来の俺が恐れていた事は、()()だったのだ。


 ココナを、()()()()・・・!


 目の前の台に両手を叩き付けた。バンッと大きな音が響き渡り、周囲の全員が俺を見た。


「アキラ・・・?」


 横にいたトールが、心配そうに俺の肩に手を置いた。それに構わず俺は頭を抱え込んでしゃがみ込んだ。


 クソッ!


 心の中で悪態を吐きながら、俺は怒りが収まるまで暫く時間を要したのだった。




 失意の中で、俺はトールとノワと3人で地下の広い空間の中の片付けを手伝っていた。そこで聞こえたのが「どうしよう」という声だった。


「アキラ何か言った?」


 黒焦げになった扉の破片を拾いながらノワが聞いて来た。


 部屋の中央の水瓶は真ん中から真っ二つに割れていて、中に入っていた水が全て床に流れ出てしまっている。乏しい排水機構は必死に働くも、流し切るのにまだまだ時間が掛かりそうで、辺り一面は薄く赤く染まったまま鉄臭い。


 そんな中で聞こえてきた声に、俺達は一度手を止めてお互いに目を見合わせた。


「いや、俺じゃないよ」


「私でもありません」


 答えた俺に続けてトールもそう言った。


 部屋の中には、他にも何人かの騎士がいて片付けをしているが、皆んな離れた場所にいるし、そもそもその声は高く、明らかに男のものではない。


「・・・何だ、ろ・・・」


 不気味そうに呟いたノワのその声に被せる様にして、もう一度その声が聞こえて来た。


「どうしよう・・・」


 ノワの肩が震えた。


「ひ、ひぇえ・・・」


 怯えた声を上げて俺の腕にギュッと掴まるノワ。


 おいおいしっかりしてくれ。お前は魂が普通に見えるんだろうが。


 思って俺はノワの手を振り払った。すると、泣きそうになりながらノワが俺に縋り付いてくる。


 めんどくせぇ・・・。


 色々な事があり過ぎて心も体も疲れていた。その上でノワに縋り付かれてちょっとイラッとした俺。引っ張られてヨレる制服を直したその時だった。


 薄暗い部屋の中に、ボウっと浮かび上がる、女の子の姿。


「うわぁぁぁぁ!で、で、で、で、出たぁ!」


 ノワが悲鳴を上げて俺の背後に隠れる隠れてそこでギュッと締め上げるみたいにして俺に抱き付いた。


「痛っ!ノワ力強いよ!離せ!」


 もがく俺を横から手伝うトール。そのトールの感じからして、その女の子は俺とノワにした見えていない感じだった。


 引き剥がしたノワを落ち着かせて、改めて女の子を見る。


 茶色い癖毛をアシンメトリーなオシャレな形にカットした、綺麗系を目指してる感じの10歳位の女の子だった。


 その子は、不安気な表情を浮かべて俺を見ている。何か、言いたい事があるみたいに。


「・・・どうかしたの?」


 自然と、そんな言葉が俺の口から飛び出した。


 普通に幽霊に話しかける。そんな日がやって来るなんて今の今まで考えた事も無かった。


「・・・」


 女の子の幽霊は、何かを言いたそうに口をパクパクされている。でも、喋る事が出来ないみたいだった。


「もしかして、ココちゃん?」


 やっぱり俺の背後に隠れながらノワがそう聞いた。


 女の子がノワを見る。そして頷いて、もう一度同じ言葉を呟いた。「どうしよう」と。


 ココ。


 それは、ココナが探していた女の子の名前だった。


 孤児院で暮らしていた、12歳の女の子。巫女募集のチラシを見て孤児院を飛び出し、たった1人でセーライ神殿にやって来たという転生者。


「そうか」


 ノワはそう呟いて、俺の背後から出て来た。そしてココの目を見て言う。


「神寿を全うする前に死んでしまったんだね」


 ノワのその言葉に、女の子は深く頷いた。そしてもう一度呟く。「どうしよう」と。


「大丈夫だよ。心配しないでそのまま上に()()()()ごらん。高い所に行けばミコトが見付けてくれるから」


 それを聞いて、女の子は心配そうに体を揺らした。何だか、不安がっているように見える。


「怖がらなくていいよ。本当に大丈夫。僕が誰だか、分かるよね?」


 女の子は頷いた。頷いて上を見て、そしてゆっくりと浮かび上がり、登って行く。


 天井辺りに辿り着いたところで、俺達を一度振り返った。ノワがそれに手を振って応える。


 女の子は少しだけ笑って、そのまま天井をすり抜けるようにして消えていった。


「行っちゃった、ね」


 上を見ながら俺はそう言った。


「うん。死んでからずっと、どうして良いのか分からなくて、ここに留まってたんだ。手遅れにならなくて良かった」


 ノワが言った。それを聞いて、俺は眉を顰める。何だかよく分からなかったから。


 俺の疑問を察してか、ノワは説明してくれた。


「『転生者』ってのは、みんな使命を持ってるんだ。定められた寿命を全うして、決められた回数の生を生きて、そうして魂を磨いて、輝きを増す。それによって認められると、次に産まれる時に新たな『神』として生を受ける」


「へえ」


 感心した声を上げながら、俺は思った。


 神様になる為の試験みたいなものなのかな?と。


「彼女は寿命を迎える前に、想定外の出来事に巻き込まれて死んでしまった。『転生者』が不慮の死を迎える事なんて滅多に無いんだ。そんな事があると、ミコトの逆鱗に触れるからね。多分、ミコトは激怒するよ」


 そう言った後、ノワは俺を見た。


「今回の事は、外側の世界でも大問題になる。アラベルが大量に人を殺した事も、セーライとアラベルが『冥府』に落ちた事も問題だけど、もっと問題なのはミコトの行いを妨げた事だ。自分の邪魔をする者をミコトは決して許さない」


 そう言うノワの目は、少し怒っているみたいに見えた。自分の祖母であるミコトの敵は、等しく自分にとっても敵だと言っているみたいに感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ