39、降格と昇進と
「総長」
血相を変えたルベールが駆け寄って来た。そのままの勢いで書面を渡して来る。
その焦った様子と表情から、良い知らせでない事は見る前から分かっていた。だが見ない訳にもいかない。俺は横目で見ながらその書面を受け取ると、目を細めて内容を読む。
ひと通り見てから、俺は溜め息を吐いてその書面を机の上に置いた。思った通りの内容。
降格か、左遷か。そのどちらかを選ぶようにとの通知。余りにも予想通り過ぎて、かえって何の感情も湧いて来ない。
「まぁ、事が起こる前から決まってたんだろうな」
言って背もたれに身を預けて天井を見上げる。
そうだ。俺がここに移動になった時から決まってたんだろう。いや、むしろ決まっていたから移動になったのかも知れない。
起こるべくして起こった騒動。いや、意図的に起こされた騒動。与えられた戦力は使えない若手ばかり。
おまけにそこにたまたま居合わせた目の上のたん瘤。
全てがアレの計画通り、か。
俺は、頭の中にそいつの顔を思い浮かべた。
トマス・ド・ラ・エルブー。
今年21歳になる、騎士団始まって以来の最年少正長。
「やられっぱなしは性分じゃないんだがな」
呟きながら、改めて書面を眺める。
2階級の降格、または1階級の昇進に加えての辺境地への移動。
その辺境地にはこれまで騎士団の設置は無かった筈だ。つまり新設。
新設の騎士団の長が昇進して特総長になった俺では、バランスの面から考えて使える部下は望めないだろう。また経験の少ない若手を押し付けられるのが目に見える。
「先日、アキラ殿が訪れた地です」
目線から俺の見ている部分を察してか、ルベールがそう言った。
あの異界人が行った所?
片方の眉を上げて、その街の名を見詰めた。
「何でも国境警備の兵団と領主との間で小競り合いが起きているとか。自治権、特に司法権を主張する街人を、何故か領の兵団が擁護していて収集が付かなくなっているそうです。なので国として目を光らせる機関が早急に求められていると」
「・・・ほう」
そう呟いてから、俺はあの異界人の顔を思い浮かべた。
交わした会話は少ない。だが、恐れや迷いの無い目で真っ直ぐにこちらを見てくる、自信に溢れた少年だった。
「アキラは不思議です」
訓練場に訪れた時の事だ。異界人、アキラが手合わせに呼び出されて2人きりになった時に、ノワ様は言った。
「何も出来ない風に見えて、実際何も出来ないんですけどね。でも、気付くと全部出来るようになってる」
ほう、と俺は思った。
ノワ様は喋りながらもずっとアキラを見ていて、それが何やら楽しそうに見えるのが不思議だった。
「目が良いんですかな」
目で見て、それだけで出来るようになるヤツがたまに居る。勘が良くて、細かな説明を必要としないヤツだ。
「うーん、ちょっとそう言うのとは違うかなぁ」
目を逸らさずにアキラを見続けるノワ様に、釣られるようにして俺もアキラを見た。
対峙するジョセは、若手のホープだ。腕も良いし、それこそ目が良い。人や状況を良く読み、意識せずに瞬時に最善を選び取る才がある。
「・・・」
その2人の対峙を見ていて、俺は言葉を失った。アキラが、利き腕とは逆の左に木刀を持ち替えたからだ。
「ほらね、あの相手の子左利きでしょ?多分アキラ、左利きの相手と戦うの初めてなんだよ。だから困って、左利きを盗もうとしてる。発想が奇抜って言うか、斬新過ぎて面白い」
ノワ様の言葉を聞きながらもアキラを見続けた。左に持ち替えただけでは無く、完全に鏡写しにしたように、首から脚から、全てが左右逆転していた。しかもその構えはトールの構えに生き写し。
その後、一瞬で木刀を弾き飛ばされて手合わせは終了したが、堪え切れずに俺はそのまま前に出ていた。
アキラと、手合わせをしてみたくなり、我慢が出来なかったのだ。
手合わせを始めると、初めて見るであろう俺の動きと「盗んでみろ」という言葉に驚いた様子で距離を取り始めた。だが反応は悪く無い。やはり目も良い。
ならば、色々見せてやろう。
俺は『殺気』を使う。これも初めてだったのか、アキラはまともにそれを受けた。明らかに怯えて更に離れる。
それに気付いたノワ様が『殺気』を解いてきたが、こういう小技は、流石半神。
内心笑った。笑いながら中々寄って来ないアキラにこちらから行く。打ち出した木刀を木刀で受けるアキラ。一度目と同様にそのまま引っ張ってやろうとすると、何と、上手い事回転を外して、逆に俺の脇腹を狙って打って来たのだ。
俺は一瞬、本気になって反応してしまった。アキラの一撃を避け、そのまま頭部を打とうとした。が、それを読んだのか、はたまた単に距離をと思ったのか、またしてもアキラが背後に逃げる。
反射的に投擲のモーションに入ってしまい、俺はハッと我に帰って急遽軌道をズラした。
壁に追い詰められたアキラの頭のすぐ横に、大きな音を立てて刺さった木刀。
危なかった。うっかり殺してしまうところだった。
「怖かった」
そう言ったアキラ。
その時俺は思った。
それはこっちの台詞だ、と。
その後の、セーライ神殿の中でのアキラの様子も思い出す。
基本、目立った動きは無かった。それは恐らくアキラが状況をよく見ていたからだろう。状況を広く良く見て、そして最重要なポイントだけは決して逃さない。
倒すべき相手、倒すべき方法、それらを見失わずに最善の方法でやり遂げたアキラ。
己が前に出過ぎず、必要な存在を使う。
戦士の器じゃ無い。どちらかと言えば上に立つ存在。
王の器だ。
そのアキラが、立ち寄った街。そこで起きる騒動。
どう考えても、アキラの影響だろう。
「面白いな」
革命。
この国は、たった1人の少年に大きな影響を受けて、変わろうとしているのかも知れない。
「厄介払いに違いは無いが、昇進も付いて来るしそっちにするかな」
俺はそう言いながら、もう一枚の書面を広げた。
死亡した騎士達には例外無く2階級特進が決定されていた。参加して生き残った者のほぼ全員に1階級の昇進。そして、目覚ましい活躍が認められた1名に、2階級昇進の表彰式の招待状が届いている。
「ジョセ・ド・カルランドを呼べ」
ドアをノックした。
「入れ」
ぶっきらぼうなセギュ総長の声が響き、内側からドアが開けられた。開けたのはルベール上級で、私は敬礼をしてから入室する。
「喪も明けぬうちに済まない」
セギュ総長の謝罪から始まったその通告に、私は大きな驚きと、そして大きな悲しみを感じた。
「2階級の、昇進、ですか・・・」
今回の騒動で私は戦い、そして生き残った。けれどもそれは、大きな犠牲の上に成り立っただけで、自身1人では決してこうはならなかった筈だ。
「受け取れません・・・辞退、致します」
答える声が徐々に小さくなっていった。
受け取れない。受け取れる訳が無い。
何故なら、私はアリを助けられなかったのだから。
階級では私の方が上だった。けれどもそれは私の方が早くから騎士になっていたからで、同じタイミングで騎士になっていたとしたら、確実にアリの方が早く高い地位に付いていたに違いない。
そう思うに十分な程、アリは素晴らしい働きをしていた。
素晴らしい働きをして、そして騎士の名に恥じぬ正しい行動として、親友の私を助けて、命を失ったのだ。
「何故だ」
セギュ総長はそう聞いた。それに私は即答する事が出来ない。
黙り込んでしまう私の肩に、ルベール上級が手を置いた。いつも無表情で無口な上級が、私の顔を見て眉尻を下げている。
それが困った表情にも、また共感の表情にも見えて、私の胸は震えた。
「私には、そんな賛辞を受ける資格は有りません」
そう言う私を、黙って見詰めるセギュ総長。
「アリを!」
思わず大きな声が出てしまった。
一度口を閉じて、そして再び開いて声を抑えてもう一度言う。
「アリ・ド・カロン5等を、助ける事が出来ませんでした」
アリはあの後、『冥府』の中に落ちて行った。他の殉じた騎士達とは違い、アリだけにはその遺体すらも無いのだ。
アリの墓だけは、永遠に『無』のままなのだ・・・。
それが全て自分の所為である事は揺るぎなく、その事実に私は、自分の『生』が、許せない。
「生き残った者の努めだ」
そう静かに、セギュ総長が言った。
「これもまた、騎士としての責務だ。生き残った騎士は、死んだ騎士の分までやらねばならない事がある」
俯く自分が影に覆われた。顔を上げると、目の前にセギュ総長がいる。
見上げる長身の影の中で、私はセギュ総長の声を聞いた。
「階級が上がるに連れ、他者の上に立つ様になるだろう。上に立つ者は、如何に効率よく部下の命を使うかを考えなければならなくなる。故に、感覚が麻痺する」
生死の感覚の麻痺・・・。繰り返す事で、麻痺する事が出来るのか・・・。何も感じなくなるのなら、その方が、良い・・・。
私は俯いた。俯いて、そう思ってしまいそうになった。けれどもその時、セギュ総長の次の言葉が、私の胸に届いた。
「生き残り続けるという事の辛さが分かれば一人前だ。騎士として『生きる』とは、その繰り返しだからな。だから、その辛さを忘れてはならない」
閉じ掛けていた目を開いた。
「逃げるな、ジョセ」
逃げる・・・、私は、逃げようとしていたのか・・・。
顔を上げてセギュ総長を見た。逆光のセギュ総長の顔は、影の中でも凛としていた。
セギュ総長は、逃げなかったのだ。幾度も今の私と同じ様な思いをして、それでも逃げずに成すべき事を成し遂げて来たのだ。
だからこそ、今があるのだろう。
「私に、出来るでしょうか」
セギュ総長のように、なる事が・・・。
迷う私の肩に、セギュ総長が手を置いた。大きくて熱い手だ。
「やって貰わねばならない。カルランド2級」
セギュ総長が、昇進後の階級で私を呼んだ。そして、目の前に5枚の書面を翳す。ジェンという名のセーライ神殿の神官が持っていた、神官長ニコラの手紙だ。
私は、その書面を受け取り、目を通した。
1枚目は見た事があったが、2枚目から5枚目までは見た事が無かった。それを通して見て、私は息を呑む。
「これは・・・!」
「2級を越えれば、近衛の見習いとして推薦する事が出来る」
私の目を見て、そう言うセギュ総長。
肩が震えた。
「他に頼める者がいない。潜入して貰えるだろうか」
これが本当の事だとしたらば、今回のセーライ神殿での出来事は全て・・・、即ちそれは、アリの死の原因がそこに有ると言うことでは・・・!
手紙を持つ手に力が入った。
自然と全身に力が入ってしまう。まるで初陣の時のようだった。
決して恐怖から来るのではない震え。興奮と、怒りと、焦りと、他にも多くの感情が混じり合った、止まらない震え。
「やらせて下さい・・・。私に、是非私にやらせて下さい!」
収まらない震えの中で、私はそう、返事をした。




