9、13番目の呪われ姫は新しい住人を受け入れる。
約束の時間通りにこのボロボロの離宮に足を踏み入れたキース・ストラル伯爵は、パタパタパタっと元気よく駆けてくる足音を聞いて立ち止まる。
「伯爵! 見てくださいコレ!!」
そう言ってバンっと勢いよくドアを開けた彼女の名前はベロニカ・スタンフォード。この国の13番目の王女様である。
「裏庭に落ちてました!」
ジャンっと効果音をつけて伯爵の前にドヤ顔でベロニカが差し出してきたのは、彼女の両手からはみ出すほどの大きな卵。
色もオレンジメインに紫のドット柄で何だか毒々しい感じだ。
「…………返して来なさい、今すぐに」
またこの人は、と呆れたようにため息をついて伯爵はそう言うが、
「えっ、嫌ですけど」
ベロニカは速攻で却下する。
「この離宮での拾得物は全部私のモノですよ、伯爵。もちろん、伯爵も」
「俺はいつから拾得物になったんですか?」
確かにナイフは落として行ったが、本体拾われた覚えはねぇよと伯爵は無遠慮にベロニカの頭に鉄拳を落とした。
この国の王家は呪われている。
『天寿の命』
寿命以外では死ねなくなる呪い。
13番目に王の子として生まれてきたために、そんな呪いにかかっているベロニカには、莫大な褒賞がかけられている。
『伯爵家以上の貴族は最低一回、どんな手段を使っても構わないから、呪われ姫の暗殺を企てろ』
なんて陛下が面倒な命令を出したモノだから仕方なく離宮に忍び込み、ベロニカのお気に入りの暗殺者もとい彼女の拾得物となった伯爵は、ようやく仕事に区切りをつけて彼女に会いに来れたわけなのだが。
「ふふっ、伯爵に見せたくて、伯爵が来てくれなかった2週間ずっと大事に温めてたんです」
びっくりするかなってと嬉しそうな顔で笑ったベロニカは、久しぶりに会えた伯爵にサプライズですと猫のような金色の目を輝かせてそう言った。
「姫、それどうする気なんですか?」
ベロニカの奇行はいつもの事なので、ハイハイと聞き流しつつ、差し出された禍々しい卵を見ながら、伯爵は淡々とした口調で尋ねる。
「どう、って……卵って食べる以外の選択肢あります?」
尋ねられる意味が分からないとばかりにきょとんとした顔で、ベロニカは当たり前のようにこれを食す方向で話を進める。
「いやいやいやいや。それ、どう見ても鶏卵じゃないでしょ!?」
通常この国で出回っている食用の卵は鶏卵だ。が、この際鶏卵でなくてもいい。
とにかくどう見ても警戒色にしか見えないこの禍々しい卵は食してはいけないと伯爵の本能が告げる。
「鶏卵以外食べてはいけないという法律はないのです!!」
だが、ベロニカ的にはそうではないらしい。何をもってベロニカがいけると思ったのかは不明だが、彼女は食べると言って譲らない。
「いや、そうかもしれないけど、何の卵かも分からないのに」
どうやって食べる気だよと嫌そうにつぶやく伯爵に、
「嫌ですねぇ、伯爵。大抵のモノは焼くか煮るかすれば食べられるんですよ」
ドヤーっとベロニカは言い切り、私こう見えても料理は得意なんですと胸を張る。
そうかもしれないけど、そうじゃない。
ツッコミたいところはそこじゃない! と頭を抱えた伯爵は、
「第一毒のある生物だって可能性もあるじゃないですか?」
食べる気満々のベロニカに直接的に待ったをかける。
「それ私に言っちゃいます?」
寿命以外では死ねない呪われ姫ですよ? と止められる意味が分からないとベロニカは首を傾げる。
そう彼女はその身にかけられた呪いの効果で、毒は甘いシロップに、銃口を向けられれば引き金を引いた瞬間その銃はクラッカーに早変わり。
命の危機は全て無効化してしまうのだ。
「はぁぁ〜何作って食べようっ。貴重なタンパク質! こんなに大きな卵さんなんて夢が膨らみますねぇ」
あまーい玉子焼き? 目玉焼きにしてシンプルにお塩? 温泉卵も捨てがたい! なんてワクワクと語るベロニカを見て、多分今までもこうして来たんだろうなと察した伯爵はベロニカを説得する事を断念した。
「伯爵は何が一番お好みですか?」
「……食べないという選択肢が欲しい」
俺は呪われてないんで、毒があったら普通に死ぬから!! と全力で主張する伯爵に、
「もう! 伯爵のヘタレ。じゃあ私が先に毒見しますから」
これで解決ですね! とベロニカは話をまとめようとする。
「毒効かない人間の毒見ほど信用ならないモノはねぇよ」
「もう、伯爵ってばさっきから文句ばっかりじゃないですか!!」
せっかく伯爵と食べようと思って大事に取って置いたのになどと文句を述べるが伯爵も自身の命がかかっているので全力で回避を試みる。
ダメですと伯爵がベロニカから卵を取り上げたところで、伯爵は卵の異変に気づく。
「…………ベロニカ様、コレの保管方法聞いていい?」
「え? 大事に大事に肌身離さず一緒に生活してましたけど」
返してくださいとぴょんぴょん跳ねながら、暗殺者さんに割られたら困るのでとベロニカは話を続ける。
「……比喩ではなく?」
せめて冷暗所保管しとけよと思ったが、とりあえず伯爵は事実の確認を急ぐ。
「お風呂も寝る時も一緒です。やむを得ず離れる時はうちのネコちゃん達に揉まれてました」
「その成果が出たみたいですよ?」
伯爵がそう言った瞬間、ピキピキピキ……パカッと卵が割れた。
「ぴぃー」
卵からひょこっと顔を出して小さく鳴いたその生物はふわぁぁっと欠伸をしてキョロキョロと辺りを見まわし、伯爵を見つけて首を傾げる。
「おおーかわいい」
出てきたのは警戒色の卵から孵ったとは思えないほど可愛いオレンジ色の飛竜だった。
「なっ!! 私の貴重なタンパク質がぁぁあー」
伯爵が飛竜を愛でる側で、卵食べるの楽しみにしてたのにっとベロニカは全力で悔しがる。
「それだけ甲斐甲斐しく世話して、本当に食べる事しか考えてなかったのかよ!?」
くすんと泣き真似をするベロニカから護るように伯爵は飛竜を後ろに隠す。
「……伯爵、その子は一体なんですか?」
食べないので見せてくださいと背伸びをするベロニカの前に、
「ぴぃぴ?」
と可愛い鳴き声をあげてひょこっと飛竜が顔を出す。
「んーなんでしょうね? 飛竜っぽいけど、見たことない種類ですね」
伯爵は一通り観察して撫で回した後、
「はい、ご主人様」
とベロニカに差し出す。
「ぴぴっ?」
きょとんと自分を見てくるクルクルとした丸い琥珀色瞳を金色の大きな目でじぃーっと見る。
その視線が怖かったのか、
「きゅぅう」
小さく鳴いた飛竜は逃げるように羽を羽ばたかせ伯爵の腕に収まった。
「何、おまえこっち来るの? 本当可愛いなぁ」
伯爵に喉を撫でられゴロゴロと懐く飛竜を見て、
「やきとり」
とベロニカはとても低い声でそう言った。
「はっ?」
「名前、やきとりにします」
「いや。いやいやいやいやいや、まだ食べる気ですか!?」
「伯爵、大抵のモノは焼くか煮れば食べられるんですよ?」
何言って、と言いかけて伯爵は言葉を呑む。
ふふっと綺麗に微笑むベロニカの目が怖いくらいマジだったからだ。
「ぴきゅ!?」
「ほらぁ、怯えてるじゃないですか!」
生まれたばかりでも本能的にヤバいと感じるのだろう。飛竜はきゅーと鳴いて伯爵の後ろに隠れた。
そんな飛竜を抱き抱えた伯爵は落ち着かせるようによしよしと頭を撫でる。
「……手羽先とどっちがいいですか?」
伯爵から離れなさい、私だってなかなかよしよししてもらえないのにと飛竜相手にベロニカは対抗意識を燃やす。
「いや、そもそもコレ鳥じゃないし」
「ぴきゅきゅー」
伯爵に保護してもらえると察した飛竜は伯爵越しに抗議を述べる。
そんな飛竜の必死な姿はとても可愛いく、スリスリと頬擦りしてくる飛竜に伯爵は優しく笑いかけると、
「……ベロニカ様、俺コレもらっちゃダメですか?」
ベロニカにそう頼む。
「ダメ! ダメですっ!! 元の場所に返して来ます!!」
スマイル有料の伯爵が満面の笑みで愛でている。伯爵が取られるとベロニカは危機意識を持ちつつ間髪を入れず却下する。
「親が面倒見ずに孵った子なんて、放り出した途端に死んでしまいますよ」
「弱肉強食、自然の掟」
絶対反対とベロニカは手でバツを作り拒否。
「そんなよく分からないもの拾ってペットにするおつもりですか!?」
これ以上扶養家族増やしても面倒見切れませんよ、どれくらい大きくなるかわからないしと説得を試みる。
「いいですね、それ。ペット枠空いてますし」
だが、伯爵は飛竜にメロメロで、懐っこいな、とベロニカの話など入らない。
「みやぁぁぁーー! ダメったらダメです」
「何でそんなに嫌なんですか。ベロニカ様すでに人外のアレやコレ外に野放しじゃないですか」
「だ、だって。伯爵そんなの連れて歩いたら目立ちます」
「それは確かに一理ある」
またベルに"お兄様はすぐ何でも拾って来る"と怒られるなと仁王立ちする妹の姿を思い浮かべた伯爵は、
「じゃあ、領地に連れて行きます。今会社落ち着いてるし、会社はヒトに任せてしばらくこの子の世話します」
内緒で飼う方向で行く事にした。
「……ストラル領って王都からどれくらいでしたっけ?」
「馬車で3日。直便ないんで乗り換え悪いと4〜5日かな」
貧乏伯爵家は馬車所有してないのでと言った伯爵は、
「そんなわけでしばらく来ません」
と宣言する。
「ずるいっ!! ずるいです」
うちだって週2〜3回しか来てくれないのにとベロニカは反対する。
「やきとりばっかり伯爵に構われてずっと一緒なんて、不公平です」
私それなら未来の妻の座よりペット枠がいいとベロニカはそう訴える。
「名前やきとりで確定なんですか?」
名前がシュール過ぎるんだけどと呆れ顔の伯爵は、
「おまえはやきとりでいいの?」
と一応飛竜にお伺いをたてる。
「きゅーぷ」
「ヤダって」
おまえ賢いねというと飛竜は嬉しそうに伯爵にスリスリし、伯爵の頬にキスをした。
「伯爵の浮気者ぉ〜」
「…………ベロニカ様、余裕なさ過ぎでは?」
浮気ってヒトですらないんだがと呆れたようにそう言うが、
「私だってまだした事ないのに」
生まれて数分の子に先越されたとベロニカは拗ねてしまった。
「あ、じゃあこうしましょう。ここで飼育させてください。そしたら俺毎日餌やりに離宮に来ますし」
ほら、毎日会えますよ? とベロニカに提案するが、
「ついで感半端ないです」
私の専属暗殺者なのに、とベロニカはうずくまって床にぐるぐると円を描いて私の方がずっと伯爵の事好きなのに遊んでくれないと拗ねる。
伯爵はネコに妬いたり飛竜に妬いたり大変だな、と狭量な呪われ姫を見てクスッと笑う。
あんまりこの手は使いたくなかったんだけど、仕方ないと腹を括った伯爵は、拗ねていたベロニカをふわりと抱き抱えて、
「頼むよ、ベロニカ。な?」
飼っていい? とベロニカをじっと見つめておねだりをする。
「はぅわぁぁぁ、伯爵がまさかの色仕掛け」
普段絶対やってくれない仕草にきゅんとしてしまったベロニカは、
「……私の事も構ってくれます?」
と譲歩する。
「いつも一番に構ってるじゃないですか」
俺これでも結構忙しいんですよ? と言って、
「俺の一番はベロニカ様だけですよ」
そう申告する。
「たまにはさっきみたいに名前呼び捨てしてくれます?」
「善処します」
「……許可します」
ものすごくときめいたので、今のもう一回やってくださいとベロニカは伯爵に抱えられたままねだるが、
「たまにじゃないと効果ないんで却下」
にこっと悪い顔をしてボイスレコーダーを取り出し、
『……許可します』
と先程のやりとりを再生させた。
「言質は取りましたので。まさか一国の王女様が自分の言葉に責任取らないとかないですよね?」
ニヤニヤっと笑う伯爵に、やられたと頬を膨らませつつ、
「……もちろんです。でも、ちゃんとお世話しに来なきゃだめですよ?」
毎日来てくれるならいいかとベロニカは降参と両手を上げる。
「ありがとうございます」
名前何にしようかなぁといいながら珍しく浮かれている伯爵がとても可愛く見えたので、
「ふふ、どういたしまして。離宮にようこそ、新しい住人さん」
ベロニカはとても幸せそうにそう言って笑った。
伯爵がベロニカから護り切ったこの飛竜が実はかなりの貴重種だと判明するのも、伯爵に懐いた飛竜が大きくなってから仲間を連れてきて離宮にいつくようになるのも、人工飼育および繁殖に成功した伯爵が飛竜による空路開拓によりひと財産築くのも、数年先の未来のお話。
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