10、13番目の呪われ姫は時間の使い方を探求する。
『探して下さい』
見慣れた綺麗な筆跡でそう簡潔に書かれたカードを手に取り、キース・ストラル伯爵は苦笑する。
「随分と主張の激しい家出ですね、姫」
いつも通り淡々とした口調でつぶやかれた独り言に答えるかのように、伯爵の肩に乗っているオレンジ色の飛竜がプキュと鳴いた。
どうやら同意らしい。
「アンバー、姫様の所在を知らないか?」
アンバーと呼んだ飛竜の事を撫でながら伯爵はそう尋ねるが、アンバーはキューと鳴いて首を振る。
細い肢体をクルクルと伯爵の腕に絡めたアンバーはそれよりも遊んでくれとばかりに伯爵にアピールする。
アンバーの琥珀色の瞳をじっと見ながら、伯爵はため息を漏らす。
「アンバー、お前もう少しこの離宮の主人を尊重しないと本当に煮て焼いて喰われるぞ」
この離宮の主人はアンバーが毒々しい色をした卵だったときから食べる気満々だったのだ。
自分に離宮で飛竜の飼育を許可した今ですら、アンバーの事を頑なに『やきとり』などと呼ぶ、先日の拗ねた様子の彼女を思い出し、やや強めの口調でアンバーの事を嗜める。
「ぴぃー!!」
お前はどっちの味方なのかと言わんばかりのアンバーの抗議の鳴き声に苦笑しながら彼女を撫でた伯爵は、
「今日はダメ。俺はベロニカ様の専属暗殺者だから」
たまには"仕事"しないとなとアンバーを手から離して、いつもの口調でそう言った。
この国の王家は呪われている。
『天寿の命』
寿命以外では死ねなくなる呪い。
それがどんな呪いで誰が呪いを被るのかわかっているにも関わらず、今代の王家には『呪われ姫』が存在する。
その人物こそが現在伯爵がこの離宮内で捜索中の13番目の王女様、ベロニカ・スタンフォードその人である。
13番目に王の子として生まれ、例に漏れず呪われている彼女には、莫大な褒賞金がかけられている。
が、数多の暗殺者を送り込まれながら、彼女は今日も生きている。なぜなら暗殺するために突きつけられる刃物は呪いの効果で砂鉄になって形をなくし、食事に注がれた毒は甘いシロップに早変わり。
一向に死なない呪われ姫を暗殺すべく陛下が出した傍迷惑な御触れ。
『伯爵家以上の貴族は最低一回、どんな手段を使っても構わないから、呪われ姫の暗殺を企てろ』
それに従って仕方なく離宮に忍び込み、ベロニカに気に入られて専属暗殺者になってしまった伯爵は、今は自ら進んでベロニカの元に足を運んでいる。
放って置けないのだ。
離宮に打ち捨てられたベロニカが、見捨てられた自分達と重なって。
そんな事を回想をしながら、伯爵は手帳を片手に慎重に離宮内を捜索する。
「探してください、ね」
伯爵が全然遊んでくれないと頬を膨らませていた昨日のベロニカの様子から察するに素直に呼んだところでまず出てこない。
このかくれんぼはおそらく自分が彼女を見つけられるまで続くのだろう。
「一応、俺これでも反省はしているんですけどね」
最近アンバーにばかり構っていた自覚はある。
が、言い訳をさせてもらえるならそれはアンバーと同種の飛龍に関する情報が全くなく、餌はおろかこの個体の正常な状態というものが分からないことが原因だ。
危険なものは排除される。だからこそアンバーを手元に置くならば、人に害をなす事なく適切に飼育するための方法を探らなければいけない。
「なんて、寂しがりのベロニカ様に通じるわけもないか」
クスッと笑った伯爵はさて、彼女はどこにいるのかと考えながらボロボロの離宮内を捜索を再開した。
「罠、めちゃくちゃ増えてるな」
よくまぁこれだけ作ったなと感心しながら、伯爵は壁にべったりついたカラーボールの残骸と飛び散ったインクを見る。
ここに至るまで仕掛けられた罠は自分の手帳に記録してあったものとだいぶ異なる。
ある場所を通過した瞬間おもちゃのダーツが飛んできたり、水が降ってきたり、こんにゃくが顔面に当たったりした。
ちなみにこんにゃくはもったいないので伯爵が美味しく頂いた。
「俺、これ当たってたら明日仕事に行けなかったんだけど」
貧乏なので、仕事に着ていけるようなきちんとした服は数点しか持っていない。それも全部父のお古を仕立て直したものであるが、汚して使い物にならなくなると明日からの生活に支障をきたす。
んーどうするかと悩んでいると、ばさっとどこからかタオルが落ちてきた。
「……姫、もしかしなくても近くで見てます?」
問いかけるも返事がない。
おそらく近くにはいるのだろうけれど、出てくる気はないらしい。
んーどうするか? と首を傾げた伯爵は、
「歩き回って喉が渇きましたねー。一旦仕切り直しにしてもいいですか?」
と何もない空間に問いかける。
すると伯爵が声をかけた場所とは反対の廊下の突き当たりから"がさっ"とわざとらしい音がした。
伯爵が確かめに行くと小さな台の上に氷入りの水が置いてあった。
「……帰られるのは嫌なんですね」
クスクスと肩を震わせて笑った伯爵は頂きますと言って一口口にする。
「レモン水ってあたりが姫らしい。ありがとうございます」
飲み切ってグラスをコトっと置くと、また違う方向から音がする。
伯爵がそちらに視線を向けている隙に空のグラスはどこかに消えていた。
存在はアピールする癖に、素直に出てくる気がないベロニカの行動に非常に覚えがある伯爵はふむと頷き、
「俺、この手の扱いは慣れてるんですよね。割と」
忙しいと遠回しに構って欲しいアピールをしてくる弟妹の顔を思い出し、伯爵は苦笑気味にそう言った。
『探してください』
とだけ提示されたこのゲームの終わらせ方について考察するために伯爵は足を止めて座り込む。
ヒントを探すように伯爵は一冊のノートを取り出してパラパラとめくる。
「ふっ、俺と姫様ほとんどここでお茶してるだけだな」
出会ってからベロニカとした事はあらゆる暗殺を試してみて、毎回失敗して、ベロニカの淹れてくれたお茶を飲んで話す。
このノートに記されているのはそんな変わり映えのない、幸せで平和な日常だ。
そんな日常からベロニカの為人を抽出してみる。
ベロニカ・スタンフォード、17歳。
呪われていることと魔法という特殊な体質を持っている事を除けば、王女らしくないごくごく普通の女の子だと伯爵は思う。
『私はここにいるって、誰かに見つけて欲しくて』
不意にベロニカの言葉が蘇る。
「すぐ拗ねて、やきもち焼きで、ヒトの事をおちょくって振り回すくせに、悪者にはなりきれなくて、わがままらしいわがまま一つ素直に言えない、そんなどこにでもいる泣き虫な"ごくごく普通の女の子"」
伯爵はベロニカの為人を思い浮かべるようにぽつりと小さく漏らす。
「……俺追うより追われる方が好きなんですよね」
省エネ派なんですよねとつぶやくとノートを閉じてカバンにしまった。
人が何か行動を起こすにはそれ相応の理由がある、と伯爵は思う。
たとえそれが、他人には理解できないものであったとしても。
呪われ姫であり、魔法という特殊な体質を持っているベロニカの許しがなければこの離宮内で彼女に辿り着くことはできない。
ベロニカの言葉を信じるならば、認識阻害によって存在そのものを認知できなくなるらしい。
そんな彼女を捕まえる方法にひとつだけ心当たりがある。
「……仕掛けるとすればこのあたり、かな」
離宮の外に出た伯爵は当たりをつけて目的のモノを探す。
「ビンゴ、だな」
この離宮内にあるトラップは元々対侵入者用ではなく、ベロニカが忘れた頃にうっかり事故死しないかなぁという理由で自分で仕掛けたベロニカによる彼女のための暗殺道具だ。
その離宮の中のトラップが今は全て"イタズラ"程度で済む、怪我のしないものに置き換えられていた。それは多分、離宮内を彷徨うようになった専属暗殺者のためにベロニカが変えたから。
伯爵が探していたのはそれらに紛れ込ませるように隠された本物のトラップ。
木の上にあったそれはしっかりとセットされたボーガンの発射装置。
固定されているこの紐が劣化して切れたならこの矢はベロニカの自室、いつも彼女が寝起きする場所に向かって一直線に放たれる。
それはいつか、ベロニカが偶然死ぬかもしれない彼女の命を終わらせるための仕掛け。
「おいで、アンバー」
伯爵に呼ばれた賢い飛竜は大好きな主人の声を聞きつけて、きゅきゅーいと鳴き声をあげて飛んできた。
身体を擦り付けてくるアンバーの頭を指先で撫でてやると、
「俺があの窓の前に立って3つ数えたら、この紐を焼き切れ」
伯爵は短くアンバーにそう命令した。
放たれたボーガンの矢が通る線上に伯爵は静かに立つ。計算が正しければ、その矢は綺麗に自分の心臓を貫くだろう。
「3」
伯爵は声に出してカウントを始める。
「2」
全く躊躇うことなく、淡々と。
「1」
伯爵がそう言った瞬間、木の上で淡いオレンジ色の光が灯る。
伯爵の耳には風を切る音が聞こえたが、その矢が何かを貫くことはなかった。伯爵が視線を向けた先には窓に張り付くおもちゃの矢が一本あるだけだった。
「……姫、全力でタックルは流石に痛いです」
あちこち打ったんだけどといつもの口調で伯爵は文句を述べたあと、
「はい、捕まえた」
これでかくれんぼのような鬼ごっこはおしまいですねとしたり顔でそう言った。
「なんて……なんて、危ないことをしているんですか!?」
伯爵のことを押し倒すような形で上に乗っているベロニカは青ざめた顔をしていて、震える手でぐしゃっと伯爵の胸元を掴みそう叫ぶ。
「こうでもしないとあなたは出てこないだろうと思いまして」
勝算はあったんでと伯爵は逃げられないようにベロニカの手首を掴み笑う。
「これでも、ベロニカ様に追いかけてもらえるくらいは好かれていると自惚れてますが、違うんですか?」
実際出てきたでしょう? と伯爵は当然のように言う。
「だとしても! こんな……無茶を……」
自惚れなんかではないけれどとベロニカは唇を噛み締める。
伯爵にもしもの事があったらと考えるより先に身体が動いていた。
「伯爵は私とは違うんです! あなたは普通の人間なんですよ!?」
とベロニカは両手で伯爵の胸ぐらを掴んだままその金の目に涙を溜めて叫ぶ。
一歩間違えれば死んでいたかもしれない。伯爵は自分とは違う。
呪われていない彼には"死なない保証"なんてどこにもないのだ。
「ベロニカ様、何か勘違いしていませんか?」
そんなベロニカを見てもう彼女が逃げないだろう事を確信した伯爵は掴んでいた手を離し、代わりにベロニカの銀色の髪を撫でる。
「え?」
「あなただって"普通の人間"です。少しヒトとは違う"特殊な体質"を持っているってだけの」
存外世の中にはそんな人間で溢れかえっているんですよ、と伯爵は淡々とした口調でそう話す。
「俺だってあなたを失いたくないんです。拗ねる分には構いませんが、自分の暗殺を趣味するのはおやめください」
その点に関しては俺もそれなりに怒っていますからとベロニカの涙を指先で拭いながらそう言った。
いつもの応接室でまだ泣きぐずっているベロニカの前に伯爵は淹れたての飲み物を差し出す。
「伯爵! ネコ!! ネコが浮いてるんですけど、これは何ですか!?」
「3Dラテアート。ネコは俺の趣味です」
あと他にも数種類できますと伯爵は目をキラキラさせてカップを見つめるベロニカにそう申告する。
「相変わらずド器用なっ」
「コレやると妹が高確率で泣き止むので」
ベロニカ様にも有効で良かったですと伯爵は自分の分のコーヒーを口にして笑った。
飲むのがもったいないとラテアートを愛でているベロニカに、
「配慮が足らずすみませんでした」
と伯爵は素直に謝る。
「……伯爵に謝られたら、私立つ瀬がないじゃないですか」
勝手に一人で拗ねて、困らせたのは自分の方なのに、伯爵はこんなときいつも折れてくれる。
「ごめん……なさい」
そして、そんな時いつも思う。
全部を見透かした上で、こんな子どもじみた癇癪に付き合ってくれるくらい、彼は大人なのだ、と。
「まぁ、姫が構って欲しいとゴネる分には怒ってません。確かにここのところアンバーにかかりきりで姫の暗殺をおざなりにしていた自覚はあるので、姫のお怒りもごもっともだなと思ってますし」
珍しく神妙な顔をして反省していますと言った伯爵を見て、ベロニカは驚いた顔をする。
「……怒って……いるわけではない……のです」
どう言えばいいのか分からないのですが、と歯切れ悪くそう言ってカップに浮かぶ白ネコをスプーンで軽くつついたベロニカは、
「……寂しい、なんて……言ったら呆れますよね」
と静かに言葉を紡ぎ出した。
「伯爵に出会うまで、多分私はこんなに寂しいなんて……思わなかった……です」
伯爵と出会ってからの時間の方が、今まで一人でいた時間よりずっと短い。それなりに一人の生活だって楽しめていた、はずだった。
それなのに。
「伯爵がいる時間が楽しいと思えば、思った分だけ、いない時間が寂しくて」
寂しいが積み重なって、我慢ができなくなってしまってと、ベロニカは金色の目を伏せる。
「別にいいんです。伯爵が、毎日来てくれる理由がやきとりのためでも」
でも、何故だろう。
前よりずっと会う頻度は増えたはずなのに、その後のひとりぼっちの時間に息が詰まりそうになる。
また明日の約束があるはずなのに、一人で過ごす夜が重い。
「待ってる時間が寂しいなんて、子どもみたいな事を言って困らせてしまってごめんなさい」
とベロニカは少し寂しそうに笑った。
ベロニカの話を聞き終えた伯爵はじっと彼女の金色の瞳を覗く。
『どうぞ、私のことを殺してはいただけませんか?』
伯爵は初めてベロニカと対峙した時、にこやかに笑い、ダンスでも申し込むような軽やかさでそう言った時の様子を思い出す。
あの時は、まるで表情の読めない人形のようだと思った。
だけど、今は。
『誰か、って願っていたら伯爵が殺しに来てくれました』
ベロニカがひとりぼっちの時間をどうやって過ごして来たのかを知っている。
誰か。
誰か、誰か、誰か、誰か。
ひとりぼっちの彼女が幼い時から寂しさを抱えながら、数多の暗殺者が差し向けられるこの離宮から出ることもできず、呼び続けた名前も知らない"誰か"。
それは、ベロニカに以前聞いたこの関係のはじまりの物語。
「俺は自分の関心のない事に時間を使うタイプではありません」
伯爵は静かに言葉を紡ぐ。
時間は有限なので、と言った伯爵は、
「俺にとって"呪われ姫の暗殺"はなかなかに興味深い研究テーマですよ」
そう言って研究中の記録を書いているノートを見せる。
「とりあえず目標は呪いを解くことで、俺が"呪われ姫"の存在を殺すこと、ですかね」
あなたの専属暗殺者ですからと言って伯爵は静かに笑う。
「なので、ベロニカ様も何かを研究してみてはいかがでしょうか?」
「……研究?」
きょとんと聞き返したベロニカに、伯爵はコーヒーを飲みながら頷く。
「テーマ設定は自由ですが、知らない事を追いかけるのは楽しいですから」
と優しい口調でそう言った。
「……楽しい?」
ベロニカは不思議そうに伯爵の言葉を復唱する。
「少なくとも俺は楽しいです」
あなたはあなたらしく、やりたい事をやればいいんですと伯爵は言葉を締めくくった。
「……伯爵は、やはり少し変わっていますね」
話を聞き終えたベロニカは金色の猫のような瞳を瞬かせながらそう漏らす。
彼は呪われ姫の研究が興味深く楽しいのだと言う。そしてそんな事を言ってくれるのはきっと伯爵だけだなとベロニカは思う。
「さて、では今日はこの辺でお開きにしましょうか」
伯爵は帰り支度をしなければと時計に意識をやる。
じっと考えこんでいるベロニカに近づいた伯爵は、傅いて彼女と視線を合わせると今日はこれでおしまいですと声をかけた。
金色の目が瞬いて、こちらを見るのを確認し、
「俺はそろそろ」
帰りますと続くはずだった伯爵の言葉は不自然に途切れた。
黒曜石の瞳が驚いたように見開かれ近い距離で彼女を捉える。
重ねた唇をゆっくり離したベロニカは、
「油断しましたね、伯爵」
してやったとベロニカはイタズラが成功した子どものように笑う。
「……何、やってるんですかあなたは」
完全に油断したと伯爵は額を押さえてため息をつく。
「研究テーマ決めました! どうすれば伯爵の仏頂面を崩せるか、にします」
警戒心が足りませんね、と言ったベロニカは、とても楽しげな表情を浮かべて笑う。
「私、気づいてしまったのです。伯爵は私に手を出せないかもしれませんが、私から出す分には問題ないということに」
ドヤ顔でそんな爆弾を投下した。
「いや、有りますよ!?」
珍しく焦ったような表情を浮かべる伯爵を見ながら、この黒曜石の瞳がずっと自分のことだけを考えてくれたらいいのにと願う。
「未知を追いかける。確かにワクワクしますねー。いーっぱい、主に私が楽しいと思うこと仕掛けますから覚悟してくださいね!」
伯爵を振り回す研究なんて楽しみですと機嫌良さげに笑いながらそう高らかに宣言したベロニカが、ありとあらゆる手を尽くし自分の生涯をかけて、伯爵を振り回すのは、これから先の2人のお話し。
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