石神村の姫の“み”
早朝。午前三時を過ぎたところ。朝日はまだ昇らず肌寒い時間帯。繁華街を歩くレストと魅空は肩を寄せながら散策した。酔っぱらったサラリーマン、ベンチに寝そべるホームレス、新聞を配る青年、異なった人たちがせわしなく動く様子を観察する。あと四時間もたてば企業戦士たちが出社するため街を練り歩く。人が多くなる前にやっておかなければならないことが、レストには存在した。
それは魅空に関すること。初対面の時点で怪しいと踏んでいたが、数時間を共にして確信した。推理とか論理とか難しいことではなくレストの直感だけれど、どうしても確かめなければならないことが一つある。
「なあ、石神さん」
ある程度、話を盛り上げたところで不意をついてレストが質問する。魅空は恋人のような雰囲気に酔いしれていた。酔うのはまだ早い。
「一つ確かめたいことがあるんだ。いいか?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、失礼させてもらう」
レストは魅空の肩を強引に掴んで近くの自動販売機に押し付ける。驚いた魅空はされるがまま背中を自動販売機に付ける。魅空の肩から手を離したレストは自動販売機に壁ドンの要領で右手を押し付ける。そして、そのまま魅空に迫った。
「キス、してもいいか?」
息がかかるくらい近くなった二人の距離。ちょっと顔を前に出せばキスできる体勢。レストは魅空に熱く迫った。対する魅空は目をキョロキョロさせて考えをまとめている。
「えっと、睦月くん。急にどうしたのかな?」
「これから同居するんだ。キスくらいさせろ」
魅空の困った声に、レストはおどけた調子で返す。何も本気でキスを望んでいるわけじゃない。現に魅空の方も冗談だと分かっている。ただし、彼女はレストがキスを求めている真意をはかりかねている。
「私がこれを拒絶したら?」
「護衛の件はなかったことにしてもらう。お前の本気度は唇よりも低かった。それだけだ」
「金を受け取らないのにエッチなことは要求するんだね」
「1000万円よりお前の方が魅力的なだけさ。早くさせろ」
レストは空いた手を自動販売機にドンッと当てて、両手で壁ドンする。魅空の双眸を真正面から見つめた。
魅空の中で天秤が揺れ動く。別に唇くらい惜しくない、くれてやる。ただし本当の意図が分からない。ただ黙ってなされがままになるのは嫌だ。レストのことは気になってはいるが、いきなりキスはない。
数秒が経過した。レストの顔がちょっとだけ動く。魅空が覚悟を決めた。
「いいよ、好きにしな。ただし一発ビンタをもらう覚悟があるなら……んっ!?」
「あむっ」
レストが強引に口づけする。数秒フレンチした後、舌を入れようとしたところで魅空が強烈な平手打ちを一発お見舞いする。レストは微笑みながら後退した。
「なるほど。石神魅空。あんたのことが分かったぜ」
「なんなの? キスしたら相手の思考を読み取る能力でもあるわけ?」
魅空が怒る。お互いの体温が上昇していた。
初対面。レストは魅空の好意に気づいていた。しかし、それがどの分類になるか分からなかった。二人で数時間過ごした結果、魅空の好意がキャバ嬢と同じ種類であることに気づいた。いわゆる金銭のための好意だ。興味津々にお客さんの話を聞きながら、高いフルーツやお酒を買わせるための好意と似ている。しかし、そこで疑問が生じる。レストは魅空にお金を払っていない。むしろお金を出してまで魅空はレストに近づいてきた。なのにキャバ嬢と同じ好意を示す。それの意味するところは、
「お前、スパイだろ?」
最初からおかしいと思っていた。魅空が男三人に囲まれていること自体都合が良すぎたのだ。
「う~ん、睦月レストくん、どうしてそう思ったのかな?」
魅空が笑顔で首を傾げる。目が死んでいた。
「疑念を抱いたのは最初からだ。あの男三人はお前の配下だろう? 反対派を気取るならもっと必死さを演じるべきだった。あいつらは俺にワンアクション入れた後、清々しく去っていった。まるで、これで、仕事は終わった、とばかりにな」
「そっか~撤退が早すぎたか」
石神村の反対派が賛成派の魅空を懐柔させたいのならば暴力に頼らず、初手で拉致るべきだった。ひとけのいないところに連れ去ってしまえば拷問でも何でもし放題。わざわざ街中、それもレストの帰り道で囲むのは得策ではない。ここから導き出される結論は、あの男三人は反対派ではなく賛成派であり、魅空とレストを引き合わせるために一芝居していたことになる。
「他にも怪しい点は山ほどあった。あの老執事や1000万円の出どころ。その他様々な要因から導き出される答えは一つ。お前、スパイだろう? それも黒幕は日本政府。いや、ありていに言えば大晦日憩いなる人物だ。石神村の存続を許される代わりに、あの女に俺を探れとでも言われたか?」
先日レストは大晦日憩いと正月休憩のゲームに介入し、勝利した。恨まれる覚えは死ぬほどある。
死んだ目をした魅空がパチパチと手を叩く。
「すっごいね~。筋はとお~ってる。でも残念。証拠がないよ。私が違うと言えばそれまでさ」
「証拠なら、ある。ゲームだ。石神魅空」
レストの合図に二人の体が光り出す。それはプレイヤー同士がゲームを始めるために発光する現象。
「うぐっ!?」
「この光はプレイヤーじゃなければ発光しない。石神、お前は既にプレイヤーになっている」
「な~るほど。ただ単にキスしただけのバカじゃないわけね」
「ああ、キスで再確認させてもらった。お前が欲しいのは、ずばり俺の情報だろう?」
魅空はキスや同居を許してまでレストのことを探っていた。さながらハニートラップを仕掛ける女スパイだ。彼女からかすかに匂い立つ美人局やキャバ嬢の香りはこのせいだった。
「そこでゲームだ。お前は俺の情報が欲しい。俺はお前の情報が欲しい。お前が勝ったら大晦日の知りたいことを洗いざらい吐いてやる。逆に俺が勝ったらお前の心中を全部明かしてもらうぜ」
「好都合かな~。プレイヤー間のゲームは絶対。破ってはならない。いいよ~。負けたほうが勝った人に対して嘘がつけなくなる。もちろん黙秘も禁止。これでどう?」
「おっけい。受けて立つ」
魅空の提案にレストは同意する。正直言うとキスからスパイ発覚までの間、レストは鎌をかけた。予感は的中し、魅空はスパイだった。レストはキスという本来ならばありえない方法で相手を油断させ、五分五分の勝負に持ち込んだのだ。
「勝負内容はどうする? お前が決めていいぜ」
大晦日憩いと正月休憩のゲームの時のように、レストはある切り札を隠し持っていた。だから、余裕を持ってゲームに参加できる。
配下の多い魅空の提示するゲームは、予想通り、数に物を言わせた内容のゲームだった。
「じゃ~ゲーム内容は鬼ごっこ。私“たち”が鬼。睦月くんが逃げる役。捕まったら睦月くんの負けで」




