石神村の姫の“が”
謎の老執事と離れ、護衛を引き受けたレストと魅空が向かったのは雀荘だった。
「雀荘って何?」
魅空が当然の反応を示す。雀荘に通う女子高校生などいないだろう。そもそも未成年は禁止されている。
「麻雀だよ。麻雀」
その夜、レストは最後を麻雀で締めることにした。競馬で大勝ちした後、行き先を決めたのだが、パチンコは魅空の耳に悪い、風俗は以下略、他の酒場や闇カジノ、スナックなどを考慮して外見まんな女子高生の魅空が入ることのできた場所は、ここ雀荘しかなかった。
「俺一人なら十八歳と偽って、酒でもなんでも飲める」
「睦月くん、お酒は二十歳からだよ!」
「ああ、二十歳と偽って、酒でもなんでも飲める。でもお前がいたんじゃ話にならない。だから雀荘」
雀荘は未成年立ち入り禁止が基本。しかし、レストが向かう雀荘はすべてが許される。なぜなら個人が経営する高レート麻雀が打てる雀荘だったためだ。警察に見つかれば一発アウトの多額の金銭がやりとりされる、いわゆる裏の雀荘。
「と、いうか睦月くん。私の護衛ならこのまま家に帰ってゆっくりお話ししたいんだけど?」
魅空が怒り出す。主導権はレストが握っていた。
「うるせぇ。無給で護衛するんだから俺に付き合え。俺についてこなきゃ護衛にならねえじゃないか」
「私が付き従うの?」
対人関係において金銭のやりとりほど相手の予定を勝ち得る手段はなかなかない。魅空の本気度に押されたレストだったが、無給で護衛を引き受けた結果、行き先はレスト優先という権利を得た。タダ働きするから行き先は全部俺が決める、といった感じだ。
「えーんえーん。私、麻雀のルール知らないんだけど」
といった感じで強引に魅空を連れていく。
レストが向かったのは都内で有数の高級マンションだった。知る人が知る高レート麻雀。軍資金は最低10万円。レストの手持ちぎりぎりだったが、勝てる自信はあった。部屋のドアを開けると裕福そうな家主がいて、「高校生二人」とレストが伝えると、すんなり通してもらえた。部屋の中には真面目そうな男といかつい青年がいた。
レストと魅空はソファに座らされ、簡単な説明を受ける。役のルールやチップの移り方、禁止行為などだ。もちろん初心者の魅空には何が何だか分からなかった。家主に何か飲み物を聞かれ、レストはアイスコーヒーを、魅空は麦茶を注文した。五分ほど説明を受けて二人は卓に着いた。
「お願いします。睦月と言います。俺ら高校生なんでお手柔らかにお願いします」
「おお、最近の高校生は金持ちだね」
真面目そうな男が名乗る
「女の子連れでデート? 羨ましいな」
いかつい青年がニヤニヤとレストたちを値踏みする。特に魅空に必要以上に目線を送っていた。
いかつい青年が名乗り、魅空が簡単な自己紹介をして麻雀が始まる。東風戦。離れたところから家主が見守っている。
レストは先制パンチのリーチをかけた。
「いや、石神さん、素人なんですよね、だから俺が頑張ります」
レストが魅空に与えた指示は三つ。あがるな、リーチされたら場にある牌を切れ、あとは適当に。
真面目な男といかつい青年が、なぜ高レートに初心者を呼んだ? と失笑するも魅空をカモだと思って場を進める。この局はレストのツモ、満貫で終わった。
二局目、三局目と真面目な男が上がり、オーラスはいかつい青年が上がった。収支は魅力空が最下位で4万とちょっとを吐き出した。
「すんません。ちょっと電話してきます」
レストが場を離れると、代走として家主の男が入る。
親が変わり、次の東風戦が始まる。進行はスムーズに流れ、一局目を真面目な男、二局目をいかつい青年が上がる。
「戻ってきました」
代走の家主と変わり、レストが卓に戻る。当然、魅空は牌を切るだけマシーンと化し何もしていない。
「睦月くん。徐々に負けてってるんだけど、いいの?」
「ああ、いいよ。お前は何もしない役に徹してくれ」
レストと魅空の会話の内容に、真面目な男といかつい青年がニタニタ笑う。不快な笑顔だった。
三局目は流局。オーラスは真面目な男が魅空が出上がる。収支は魅空が最下位で6万円とちょっとを吐き出す。たった東風二回で魅空は10万円以上を失った計算になる。
プルルルル。レストのスマホが鳴る。
「あーはいはい。そうですか。ありがと」
レストの電話相手は顔見知りの情報屋だった。
電話を切り、真面目な男といかつい青年の方を見やる。
「さて、そろそろネタ晴らしといきますか。○○さん。××さん」
「――な!?」
「なぜ俺の名を!?」
真面目な男○○といかつい青年××の表情が引きつる。○○は都内在住の公務員だった。家族構成から趣味、昨日レンタルしたDVDの種類まで教えてやる。××は都内在住の警察官だった。独り身で寮に住んでいる。昨日レンタルしたDVDの種類まで教えてやる。
「〇〇さん、××さん、あんたらイカサマしてたでしょ?」
「睦月くん。イカサマって何?」
「この二人はコンビでサインを送りあってた。それだけじゃない。店側とグルになって俺たちの死角でお互いの牌を交換し合っていたんだ。だよね、△△さん?」
裕福そうな家主△△が動揺する。レストが個人情報をちょろっと言うと、△△は簡単に白状する。
「すみません、睦月様。私は見て見ぬふりをしていただけです。この男たち二人が勝手にやっていただけです」
「で、どうする? ○○、××。あんたらの職業がなくなるぜ」
苦渋の表情を浮かべた○○が謝罪する。ついでに××も頭を下げる。公務員や警察官が高レート麻雀の常連というだけでも問題なのに、あまつさえ、そこでイカサマをしていたとなれば懲戒免職は覚悟してもらう必要がある。
泣きそうな男は勝ち分を全部返すと約束する。レストは弱者から搾り取ることを決意する。
「ダメだ。そこの初心者の女を家主に変えて続行だ。魅空、二人の後ろでイカサマがないか見張ってろ」
「あいあいさー」
結局、麻雀は朝方まで続いた。裕福そうな家主の△△は強かったが、いつもイカサマに頼り切りだった公務員の○○と警察官の××は心身が疲労していたこともあり、散々な結果だった。レストが20万円ほど勝ったところで終了した。
「じゃあな。今日のことは秘密にしといてやる。俺らも高校生だから生意気は言えねえ。今後ともご贔屓にお願いしますね。皆様」
家主、公務員、警察官の三人がガクッとうなだれる。時刻は午前三時。レストたちの圧勝に終わった。
ドアを開け、外に出ると魅空が問う。
「どうして今日は勝てたの?」
「元々情報屋からイカサマ疑惑があった。それを確かめに行ったんだ」
「じゃあ、私はそのためだけに?」
「ああ、初心者がいれば相手も油断しやすい。お前はそのための餌だ」
レストが気持ちよさそうに背伸び。10万円とちょっと。魅空の負け分を補填する。
戦いは勝負が始まる前から優劣が決まっている。圧倒的に有利か圧倒的に不利か、そのどちらかだけ。五分五分なんて幻想に過ぎない。競馬好きのレストはそのことをよく知っていた。なぜならオッズが均等になることなんてほとんどないからだ。
「敵を知り、己を知り、圧倒的に不利な状況を公平にまで持っていく。それが俺の戦い方だ」
レストの言葉を魅空がメモる。今日一日、レストと過ごした結果、彼がどんな人物なのかを魅空はちょっとだけ理解した。ほんのちょっとだけ。