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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
最終章
96/98

追いついたから

「……ありえない」


 サーラのつぶやきは、ごくごく小さなものだったのですが、その表情には驚きが大きく張り付いており……いや、彼女の姿は見えないんですけどね……ん? あれ? いやなんか見えるぞ? なんでだ、これは存在感が大きいとかそんなんじゃない、はっきりと姿が映し出されて……ひょっとして、椅子に座ってた身体と合体したのかな? なんでだろ、まぁいいや、今の私はご機嫌なのですから!


 はい、いとしのダーリンに抱っこされてご満悦の佐倉サクラです、らぶらぶやで。


「そんなエネルギーはどこにも残っていません、いないはずです、おかしいでしょう、帳尻が合わないでしょう! 」


 でも、サーラの驚きも仕方のない事ではあるでしょう、何しろロボ君の身体は、シュウシュウと音を立てて再生を始めていたのです、全身の傷はおろか、喪失した腕までがトカゲのごとく生えてきて……あ、トカゲは生えないんだったね、カニさんだっけか、腕が生えるのは……ん、あれ、なんだこれ? なんかロボ君の胸から刀の柄が生えてきた?


井上真改二(いのうえしんかいに)……心臓が、再生された? あり得ない、あり得ない、精神構成体から破壊たはずなのに、こんな……いったい何が、起こっているのですか」


 どうやら、ロボ君の失った心臓も復活したようなのです、その理屈はよく分からないのですが、彼は心臓の代わりに愛刀を胸に埋め込み、生命活動を維持していたのだとか……でも、その辺りの仕組みも事情も理解できなかった私なのですが、ひとつだけ分かった事もあるのです、だけどそれは、神さまにだって分からない事。


「分からない? サーラにはわかんないかな、でもね、私には分かるよ、分かったよ……爪切り女だもん、捨てられた方にはね、分かっちゃうんだよ」


 彼女にはもう、未来は視えていないでしょう、決定的に分岐したのですから……だけどそれは、決して奇跡なんがじゃない、なるべくしてなった結果なのです……捨てられた者達の、小さな我儘、子供の反抗期、それは、ささやかな抵抗なのでした。


「もうね、この世界は捨てられたんだよ、ほとんど全部が、無くなっちゃってるんだ……でもねサーラ、分かってる? 逆転してるよ? 捨てられた部分の方がね、残ってる貴女より、大きくなってるよ」


「……そんな理屈……私が産み出した世界でしょう、消した世界は、私の元へ……いえ、まさか」


 たぶん、消えた世界も切られた爪なのです、捨てられたものは捨てられたものに合流するのです……おばあちゃんも、ハナコさんも、シャーリーくんも、もこたんや栗原さんにビッケのおじさま、ハロっくんとイムエさんにウォーレン先輩やダゲス達まで……この世界に生きとし生けるもの、その全てが集まっていたのです……もちろん、私みたいなちんちくりんに、それらを受け容れることなんて出来ませんが。


「サクラを通して、辛島ジュートに力を送った、というのですか……そんな事が……」


「ふんだ、実際に起きてるんだから仕方ないでしょ、もう諦メロンしなさいよ、今ならまだ許したげるんだからね! 」


 胸から刀を抜き取ったロボ君は、完全復活を遂げているのです、自信にみなぎるその表情は、いつもの安心感たっぷりで、私は思わずその首にしがみ付いてしまうのです……ぐふぅ、落ち着く……うへへ、ロボ君すきすきー。


「この状況……これはもう、奇跡だと認めざるを得ません……ですがそれでも、結果が変わるとは思えないのです、いくら力を集めたからとて、アルタソマイダスの方がパワーは上でしょう、なにしろ世界中に満ちていたエネルギーの総量よりも、彼女に与えた力の方が大きいのですから」


「え、そうなの? ……んー、でもでも……もう関係ないっぽいよ? 」


 サーラの発言は、なにやら物騒なものだったのですが……でもね、私はぜーんぜん心配してないよ? だって、今のロボ君は無敵なんだから。


 その証拠に、目にも留まらぬ速度で襲いかかってきた剣姫さんは、ロボ君に容易く跳ね返されてしまったのです、自慢の銀剣も粉々に砕けてしまいました……うわ、想像以上に強い……私を抱っこしたまま、片手であしらってるよ、まさに圧倒的だよ、勝負にもなんないね、これ。


「……なぜ……なの、ですか……理解できません、おかしいでしょう! 帳尻が合わないでしょう! 」


「分からないか? 」


 地団駄を踏むサーラに、ロボ君は答えるのです。


「これが愛の力だろ……確かに帳尻は合わないかも知れないがな、まぁ、そこはご愛嬌だ」


 ごふぅ……あのね、ロボ君や……いくらなんでも真顔で言われるとね、恥ずかしいことこの上なしでございますわよ……でも好き、もっと注入してやる。


「……おかしいでしょう……こんなの、おかしいです……欲しいから捨てたのに……欲しいものが全部、サクラに行ってるじゃないですか……私は……わたしには、何も残らないじゃないですか……このまま消えるのですか、そんな、そんなの……みじめ過ぎます……生まれたときから我慢して、ずっと、ずっと待ち続けて、泣いて、誰もいないのに、寂しくて……分かっていたのに……すがってきたのです……その結果がこれですか! ずるいです! そんなの……そんなの、あんまり、です……だれか……だれか……」


 ぺたん、と尻もちをついたサーラは、呆けたように天井を仰ぐと。


「うぅ……ぅあぁ……あぁぁー、うわぁあぁぁーん」


 まるで子供のように泣き始めたのです……この姿、私にも記憶があるのです、これは私が子供の頃に、おばあちゃんの前で泣いていた、まさにそのままの姿だったのですから。


 天井に走る亀裂が、彼女の泣き声に合わせるように、その慟哭に裂かれるように広がってゆく……なんだか、かわいそうな気もするのです、彼女の果てしない孤独は、私みたいなちんちくりんに想像できるものではないのですが……そこはやはり同じ私として、なんとなく通じるものもあるのです……こんなに頑張ってきたのは、辛くて悲しい事ばかりなのに、それでも頑張ってきたのは、その先に、きっと楽しい事が待っていると信じていたからなのでしょう……希望を捨てきれずにいたからなのでしょう……この世界を元に戻す為には、彼女を切り捨てるのが正解だとは思うのですが……どうなんだろう……それって、どうなの? 私の代わりにサーラを捨てるの? それは……同じ事なんじゃない? 何も変わらなくない? 今のままじゃ世界の崩壊を止められないんだから、サーラを捨てても結果は同じような気がするよ……ねえロボ君、どう思う?


「……前に、言ったことがあったか……俺は、サクラを守る為なら、お前を殺す、と」


 すとん、と私を床に降ろし、ロボ君はサーラに向けて歩き始めるのです……その右手には、彼の愛刀が握られており、そのきらめきは、目の前の小さな少女など簡単に両断出来そうな、凶悪な色を見せていたのです。


 ですが。


「……あれは、撤回する」


 彼はサーラのそばにしゃがみ込み、その小さな身体を、そっと抱き締めました。


「どうにも、惚れ過ぎたか……こいつもサクラだろ……俺には斬れない……なんとか、助けてやりたいと思ってる」


「ごっ……ぐびっ……さん……ぐっ、うぐぅ……ふぐっ、ぐふぅぅ……」


 縋り付くサーラを優しく撫でながら……うん、なんだろ、ちょっとばかし腹が立ってきたよ? あのねロボ君や、いくら同じ私と言ってもね? それは限りなく浮気に近いからね? その辺り理解してる? 許さへんからね? はい、独占欲の強い女子高生、佐倉サクラです、えくすかりばーえくすかりばー。




 でもね、私としてもその意見には賛成なのです。


「……もう大丈夫だと、思う」


 広がる天井の亀裂から、白い指が覗いてきたから。


 そこから覗く、大きな目が見えてきたから。


「追いついたから」


 私の頭の中に、全部が流れ込んできたのだから。


 この日記に、終わりの時が近づいていたのだから。








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