あとは全部、俺に任せておけ
かつかつと私は前に進みました。
うつ伏せに倒れるロボ君の背中には大穴が開いており、戦闘服が赤黒く染まっていました、そして彼の身体の下にも赤い血が、まるで絨毯のように遠慮なく広がっているのです。
完全に力の抜けてしまった人間の身体とは、こんなに重いものなのでしょうか、逆に私は全身の筋肉を総動員、なんとかロボ君を裏返したのですが。
「……ごめん、ね」
ほんの少しだけ、後悔してしまった。
なぜならば彼の姿が、あまりにも酷い有様だったから。
ロボ君の顔は、ちょっとしたホラー映画の、怪物にでも配役できそうなほど傷ついていました、背後からでは分からなかったのですが、目玉も歯ぐきも丸出しで、腹筋が緩んでしまったせいか、傷口からはお腹の中身も溢れ出してしまっていたのです。
当然に、呼吸も止まっているのです……私は血溜まりの絨毯に、ぺちゃんと膝をつくと、彼の頭を持ち上げて膝枕してあげました……だって、今から大切な告白なのです、少しくらいはムードも必要でしょう。
周囲は異様な静けさに包まれていました、サーラはおろか、剣姫さえも動きを見せていません……もしかして彼女が動きを止めたのは、私の叫びに反応したからではなく、ただ単に、ロボ君の生命活動が完全に停止したと判明したからなのか。
「でも、ちょうど良いや、静かだもんね……」
私は、膝に乗せたロボ君の顔を上から眺め、はたして血なのかどうかも不明な液体でパリパリになってしまった彼の髪を、そっとほぐしながら話しかけました。
「ねぇ、ロボ君、あのさ、私って本当に馬鹿だったんだ……うぅん、自分でも驚いてるんだけどね、なんだかんだ、もう少し賢い奴だと思い込んじゃってたよ……いやー、私以外は分かってたんだろうけどさ、ロボ君だって知ってたんだろうけどね……でもさ、それならそれで、もうちょい詳しく言ってくれたって良かったんじゃないの? もう、手探りなのはお互いさまだけどさぁ……次からは、もっとわがまま言い合おうよ……でないと、さ
また……また、こんなふうになっちゃうよ、そんなのやだよ、ちゃんと言ってよ、めんどくさいとか思わないからさ、嫌ったりしないよ、言ってくれなきゃ分かんないよ、私は馬鹿なんだから……わかんなかったよね……言ってなかったもんね……
ごめん、ごめんねロボ君……私が変に恥ずかしかってたから……言わなくても、口にしなくても伝わるなんて、信じてるからなんて……なんて嫌なやつなんだろ、わたし
言わなきゃ分かんないこともあるのにね、きっと伝わってても、ううん、伝わってるからこそ、形にしないといけないことだってあるのにさ……わたしがちゃんと伝えてたら、ロボ君に、こんな、怖い想いをさせなくても済んだのに……ロボ君が最初に言ってくれた時に、私もだよって返すだけだったのに、なんだかタイミングが……んん、ちがう、違うな、私も怖くって……やだなぁ、なんて情けないんだろ、ヘタレのちんちくりんだよ、ミジンコ以下の微生物だよ……私のために、ロボ君はこんなにしてくれたのに、こんなになるまで頑張ってくれたのに……あんなに支えてあげたいと思ってたのに……笑っちゃうよね、私にも何かできること、なんて言ってさ……分不相応なこと、探してた……こんな簡単で大切なことが、目の前にあったのに……
だから、ごめんなさい、ちゃんと言います、言わせてください」
肉の無い彼の頬に手を添えたのですが、そこにはもう、あの温かさすらありませんでした。ただ、そこには冷たくて固い塊が……それが悲しくて、私はそれがとても悲しくて、あやうく溢れそうになる涙を、上を向いてこらえたのです。
「私は……わたしは……ロボ君のことが……君のことが! 」
すうぅぅっ、と深呼吸……ぜんぶだ、全部だしてやる! 今までのぶん、わたしのゼンブを出さないと、届かないよ! だから、おっきな声で、叫ぶんだ!
「すぅッ! き、だっあああアァァァァァ!!!!
大好きだあぁぁぁーッ! !!!
ロボ君の、ことが、好きなんですゥーッ!!!!
最初にあったときは! なんかちょっと怖かったけど! 本気で怖かったけども! だけどその時からカッコイイって思ってましたァー! 見た目も好きだ! 黒髪が好きだ! なんとなくお揃いみたいで嬉しいし! 西京には遺伝子整形ばっかで黒髪なんて少ないし! 落ち着くよ! 寝てるあいだにちょっとだけ嗅いだことも正直あるよ! 顔の傷は怖いしマイナスだけど、最近は慣れてきたから気にならないし! むしろ手触りも気持ちよくて気に入ってます! 寝てるあいだにさり気なくぷにぷにしたこともある! あと、顎のラインとか気に入ってるし、いつもは隠れてるけど耳の形も大好きだ! こまめに散髪しなさいって口うるさく言ってたのはそのためです! ごめんね! 耳掻きもそうだよ! そのとき上から見てた鎖骨も好き! たまにお風呂上がりで薄着の時はチラチラ見てた! 他にも全般的に見てましたァ、筋肉質なとこが好き! ちょっとドキドキする! これも言っちゃうけど海に行った時はご馳走さまでした! でもそのあとのお風呂はやり過ぎです! あのあと思い出して大変なことになった! 仕方ないでしょ、女の子にも色々とあるんです! だけど、もっといっぱい抱きしめて欲しかったし、もっとキスして欲しかった! 私からもしたかった! 本音を言うと、えっちなこともしたいです! 密着した時のことをたまに思い出して色々と考えたりもしました! ロボ君は優しいから、きっと上手にリードしてくれるんだろうとか、でもロボ君だって男の子だし、なんだかんだ私にベタ惚れだから、色々と我慢しきれずに激しくしちゃうんだろうかとか、よくよく思い出してみれば妙に手慣れてたのがなんか腹立つというか、いったい誰とお勉強してたんでしょうかね! 許さへんよ! 罰として今後は私だけを見てください! これからもずっとそばにいてください、いつも守ってください、好きでいてください、美味しいご飯つくったげるし、まぁ、ちょっとくらいなら火遊びも許したげます、私は寛容で懐の深い慈母のごとき、あ、やっぱりウソ、無理、浮気は死刑にします! 容赦しません、私は狭量な女の子なのです、馬鹿で駄目でちんちくりんです……でも、ロボ君は、そんな私でも信じてくれてました、好きだと言って、くれました……だから……ふぐっ……泣かないぞ! 泣くなわだじ!
ロボ君、ねぇロボ君、私は運命だなんて、これっぽっちも信じてませんが、でも、あなたの事は信じています、今も信じてます……だから……だから、遅いだなんて言わないでください、いつもみたいに笑ってください……任せておけって言ったじゃない……ロボ君、言ってたじゃない……逢いたいよ、もう一度逢いたいよぉーッ!!
聞こえてますか、辛島ジュートさん
佐倉サクラは、あなたの事が大好きです
世界で一番、好きなんです」
再びに、ゆっくりと時間は流れ始めたのですが、冷たい彼は起き上がりません。私に中に残っていた『信じてるの魔法』でも、止まった心臓を動かすことは叶わないのです。
だけど。
「……流石に、今のは恥ずかしいぞ……だから、止めにきた……」
『大好きの魔法』は、どうやら届いたようなのです。
ふらふらと立ち上がるロボ君は、どこからどう見ても、とても戦えるような状態ではなかったのですが。
「……サクラ、ありがとな……その言葉だけで、百人力だ……だから……」
頬に触れたその手は、とても温かいものでした。
「あとは全部、俺に任せておけ」
なので涙で歪んだ私の目には、やはり王子様にしか見えなかったのです。




