倒ッ!!
ガツガツと校庭を駆けてゆくロボ君は、まるで神立風のごとき激しさで……あ、違うなコレ、例えが違うよ、砲弾だコレ、壁という壁、障害物の全てをぶち抜いて真っ直ぐ直進してるよ……でも、どうだろう、目の前に迫る剣姫さんを止めるのには、ちょっと微妙なタイミング……はい、都合の悪い情報はシャットアウトします、気にしません、私は壁沿いに走るのみなのだ! ……よし、みなさんこんばんは、カサコソと足掻く女子高生、佐倉サクラです、ぴーすぴーす。
「往生際が悪いですね」
うるさいな! こっちはね、サーラと違って17年しか生きてないんだよ、まだまだやり残した事がいっぱいなんだよ、あれも食べたいしこれも食べたいんだからね、学食メニューはまだ半分も制覇してないのだ。
「いえ、私が言ってるのは、あちらの方ですよ、サクラがしつこいのは、充分に分かりましたから」
ほう、ようやっとお認めになられましたのことですわね、ならサーラも少しは頑張りなさいよ、この剣姫さんなんとかしなさいよ、怖いから……んで、あちらって、どちら?
彼女の意識に同調し、私は正面広場に視点を戻す、そこで繰り広げられているのは、ハナコさんとシャーリーくんという二大怪獣、その、それぞれの相手との死闘であったのです……うわ、ハナコさん左手が動いてない、だらんと下がったままで……これは栗原さんの突きが肘の裏に入ったのか、だいじょぶなの? 片手でその大金棒……あ、問題なく振れるんですね、流石だよ、ナイスゴリラ。
「あはは、おっそい遅い! 相変わらず力任せー、そんなの当たるわけないじゃん」
ひらり、ひらりと舞うように、そして最小限の動きにて、栗原さんはハナコさんの振り回す金棒剣を避けている、時折繰り出される突きが主体の攻撃は、的確にハナコさんの関節や脚を狙っており、少しずつではあるのですが、着実にダメージを蓄積させているようなのです……うぐぅ、やっぱり速い……そういや栗原さんって、初対面でロボ君も翻弄してたよね、ひょっとして速度だけなら一番かも、どうしよう、一撃の重さならハナコさんに軍配か上がるのは間違いないんだけど、当たらなければどうって事ない的なアレだよ、これはピンチかも。
「これは遊びだからねー、わたし的にはさー、華村ちゃんなんか眼中ナシだってば、分かる? そのあたり分かってるー……のォっ! 」
ごすっ、とハナコさんの頭突きがヒットして、栗原さんは大きく仰け反った。先程まで、全く動かなかったはずのハナコさんの左手が、突如として復活し、栗原さんの襟を掴んだのです……これ、たぶん演技とか作戦じゃないよね、ハナコさんのゴリラ的回復力で、たったいま動くようになっただけだよ。
「あら、奇遇ですわね……実は、わたくしも、貴女に興味などございませんわ」
よろけた栗原さんの頭上を、恐るべき唸りを上げて金棒が通過する……半ば偶然のような動きにも見えたのですが、彼女は本能的に、なんとか頭を下げて回避したのでしょう。しかし、即座にそれを上げた栗原さんの瞳には、怒りと同時に、なにやら楽しげな色も、確かに見てとれるのです、こんな状況だというのに、たぶん二人とも、楽しんでる。
「うふん、それは知ってたけどねー、でも、女の子が好きだってのは、知らなかったなぁ……ん? 辛島ジュートの事も好きなんだっけ? ふたまた? さんぴーなの? やらしーなぁ」
おいこら栗原ァ!
「わたくしは、サクラさんの事が好きなだけですわ、そういった趣味はありません……ですが、辛島さまについては……どうでしょうね? そうと言われれば、殿方の中では、そうかも知れませんが……サクラさんがいなければ、惹かれる事も無かったでしょうし……そうですね、やはり、良いお友達……戦友ですわ」
おいこらハナコ、お前もか、色々と突っ込みたいけど……うぅん、エクスカリバーは許します! なんとなく安心したからね。
「へぇ、なんか素直だね? 割り切っちゃったの? 開き直り? 」
「うふふ、これが最後ですもの、誰に遠慮する必要もありませんわ……そうですわね、栗原さんも、たまには素直に吐き出してみてはいかがですか? 」
なかなか気分が良いですから、と笑うハナコさんは、やはり花のような可憐さで……なんだろう、なんだか少し切ないよ、最後なんて言わないでよ、帰ったら一緒に、ごはん食べようよ……なんで、そんな顔して笑うのよ。
「まぁ……ケリはつけたいよね、モヤモヤしてるのは嫌いだし……あとさ、私は素直だよ、やりたい事はやってきたし、言いたい事はなんにも隠してない……だから、分かるよね、分かってるよね? 」
ぐぐっと身を縮め、栗原さんは得意の突きの構え。
「ええ、もちろん分かっておりますわ……さようなら、リリィさん」
こちらは大上段に振りかぶるハナコさん、対照的な構えのふたりは、ついに決着をつけるつもりなのでしょうか。
「おー、向こうはそろそろ終わりだなぁ……ハァ、こっちもやるか、ダラダラ喧嘩してるのも、嫌いじゃないが、ねぇ」
「よそ見してる暇がありますか? 悪いことは言いません、集中してください、今までずっとヘタレて、目を逸らして生きてきたのでしょう……死ぬ瞬間くらい、ちゃんと見ていなさい」
ウォーレン先輩とシャーリーくんの方は、実に静かな戦いであったようなのです、変性騎士どうしの全力戦闘は、意外にも、実に地味なものらしく……そういや、ロボ君と剣姫さんもそうだったな……例のアレか、なんというか魂的な、ぶつけ合いをしていたのかな?
「相変わらず強気だねぇ、けどよォ、ちっちぇぞ? どんどん縮んでる、削れてるなぁ……はは、やっぱ出来損ないだ、パワーが足りない、性根が歪んでるから、呪いだけは大したもんだけどよォ……そんなもん、で……? 」
少しばかり余裕を取り戻したのか、軽口を叩いていたウォーレン先輩の表情が、突然に固まる。それは、目の前で大上段に構えるシャーリーくんの、その魂の色が、別のものに変わっていったから。
「……なんだよ、どういう理由……まさか殺したのか? どっちをだ! ……シャーリーか、手前ェ、マコトを消したのか! ……そこまでして、勝ちたいかよ……どうせ無くなる世界だぞ! 終わるんだぞ! なんの意味もないだろうが! もう、止められないんだよ! 」
「意味? ありますよ、あるに決まってるでしょう、それが分からないから、ヘタレだって言うんですよ、情けない……あと、僕らはひとつに戻っただけです、勘違いしないでもらえますか、合意の上で合一したんですよ、そっちと一緒にしないでください」
正直、シャーリーくんの言ってる意味は分からないんだけど、ウォーレン先輩の慌てぶりを見るに、どうやら別れたままの人格を統一して、パワーを上げたということなのでしょう、そういや仲は良いとか言ってたからね……でも、なんだかウォーレン先輩は、今にも泣き出しそうな顔で……なんでだろう、まるで捨て犬だよ、こないだと、おんなじ顔してる。
「ふざけやがって! お前まで俺を捨てるのか! そんなに辛島が良いのかよ! 男の為に死ぬような柄かよ、せっかく分けてやったのに、戻っちまったら五分と持たねぇだろうがよ……くそったれが……意味、わかんねぇよ……」
ついに涙をこぼしたウォーレン先輩は、長柄斧槍を水平に構えて迎え撃つ体勢……あ、あれ? なんで? 二人が近づいて……る?
「本当に分からないんですか? そのくらい分かってください、馬鹿の邪魔をされると困るんですよ、止められないなら、全部ひっくり返すしか無いでしょう……まぁ、馬鹿に任せるのは僕も心配ですけどね、ですが、こんなこと馬鹿にしかできませんから、仕方ありません」
ちょっと、シャーリーくん、なんかバカバカ言ってるけどね、それは誰のことだい? おのれ、許さへんぞ、許さないからね……こんなとこで死んじゃったら、ぜったい許さないんだから。
「そんな事が! できるなら! 俺はこんなに、苦しんでないんだよォッ!!」
ひときわ大きく、そして悲痛な叫び声、真の天領騎士たる『白の一番』は、ただ、シャーリーくんだけに狙いを定め、その銀色に輝く斧槍を振るおうとしたのですが。
「どぉりゃあァァッ!! 」
その意識の死角から、突然に、何者かが飛び込んで来たのです。
「なにぃ! これッ!?」
「舐められンのがァァッ! 嫌いッつっただろォ!! 」
乱入してきたのは栗原さんでした、先程から少しずつ、ほんの僅かずつ、間合いを詰めてきていたのです。しかし、なんとも栗原さんらしくもない、これは特攻なのでした……剣を振り上げ、ただ、視界いっぱいに飛びかかっただけの、その稚拙とも言えない攻撃は。
「ぐぼっ! 」
ウォーレン先輩に簡単に迎え打たれ、その胸を銀色の斧槍で貫かれてしまうのです。
「……あぁ、マジかよ……この俺が……」
その斧槍の向こう側から、血を吐く栗原さんの背中から、鬼の金棒が生えてきました……これは、彼女を盾にして、その身体を影にして、今まさに打ち込んできた、ハナコさんの金棒剣。
「潰れろォぉぉぉぉッ!!」
ごしゃり、と栗原さんごとに、ハナコさんの金棒が、ウォーレン先輩の頭部を砕く。
「こんな……雑魚どもに……」
しかし、最期の意地か自力の差か、脳漿を撒き散らしながらも、ウォーレン先輩は斧槍を更に突き込み、ハナコさんの胸も同時に貫くのです。そのまま二人を同時に振り回し、彼はシャーリーくんに対応しようとしたのですが。
「ウォーレン先輩……わたくしを前に目移りなどと、レディに失礼でしょう? 」
「ワハハ、相変わらず、つれないねぇ……華村は」
がっちりと斧槍を掴んだハナコさんは、ロボ君との力比べにも耐えた強接地にて、根が生えたようにウォーレン先輩を押さえつけるのです。この一連の流れ、全くに打ち合わせもしていなかったのでしょうが、おそらくは全員が理解していたのでしょう……この天領騎士を倒す為には、皆が命を捨てなければならないと、そこまで分かっていたのです。
「倒ッ!!」
ぴぃん、と高い音は、シャーリーくんの『斬鉄』……真っ直ぐに振り下ろされた彼女の銀剣は、苦笑を浮かべたウォーレン先輩の脳天に、するりと吸い込まれていったのでした。




