かえして
私に友達ができなかったのは、まさに、この引っ込み思案な性格が原因でした。
……まって、ちょっとだけ話を聞いて、引っ込み思案なの、本当に、内弁慶なのも認めるけどね、何というか、外なるサクラさんはね、それはもう小動物的な、愛らしい女子なのよ、はい、ごめんなさい。でもね、思った事をそのまま口にするのって、案外難しいのです、嫌われたらどうしよう、とか、これは私の言うことじゃないよね、とか。
やっぱりね、心にブレーキがかかってしまってるのかな、まぁね、自覚もしてるよ、色々あったし。なので、友達になろうと話しかけてくれた子も、勇気を出して告白してくれた子も、いじめっ子達ですら、私の辛気臭いオーラと、あまりのコミュニケーション能力不足に呆れてしまったのか、自然と距離をとられてしまうのです。
でも、私はくじけないよ、強く笑って生きてやる、おばあちゃんとの約束だしね、だからさ、ちょっとづつで良いんだよ、改善していこ、言いたいことは声に出してこ、相手がボケたら突っ込んでやるのだ。
「ん、せ、せきゆ、おぅ……かょ……」
「あぁ? 何だって? 」
だから! 石油王かよ! おかしいだろ! はいはい、ちょっとづつですからね、声に出せたから一歩前進、おっけおっけ。
「辛島さま……若い男女が買い物をするといえば、普通は、もうすこぅし、微笑ましい……そうですわね、やはり服飾品など良いですわね、ええ、良い考えですわ、やはり直接に合わせてみなければ分かりませんもの、サクラさんの衣類ならば、季節毎に水着から下着まで揃えておりますが、やはり好みというものもありますし……たとえばお揃いの……お揃いの? それですわ! あぁ、こうしてはいられません、いきましょうサクラさん」
いかねーよ! 怖いわ! 突っ込みどころ満載すぎて声も出ないよ、上級者向けの友人はお帰りください、コミュ障にはハードル高いわ、そもそもね、なんでデート……は、初デートやぞ、このやろう! そのね、記念すべき、いや、記念にするつもりも、これがデートだと認めるつもりもないんだけどね、とにかくね、最初のお出かけでね、なんで不動産屋に居るのかって事ですよ、あとハナコよ、なんで付いてきた。
「あの、辛島、くん、なんで、ここ、に、その」
「女子寮住まいでは、俺が堂々と入れないだろう」
まぁ、そうですよね、男子禁制だもん、でもね、わざわざ『堂々と』なんて言うからには、こっそり入るつもりだったんですね、いや、さてはこいつ、今までも入ってたな? やめてよ、私の周りはストーカーばっかかよ、まさか他にもいるんじゃないでしょうね、今の内に出てこいよ、やってやんよ。
「確かに、サクラさんをお守りするのに、女子寮では不安ですわね、警備も薄いですし、誰が刺客とも知れません……分かりました、サクラさんの身柄はわたくしの……」
「だめ」
「駄目だ」
おお、ハモった、なんか感動した。ハナコさんは何か衝撃を受けた様子でありましたが、仕方ないよね、だって余計に危ないもん、おもに貞操が、私の。
「何故ですか、このような底層住宅、碌な環境ではありません、サクラさんに不便な思いをさせるわけには、せめて、わたくしの伝手で」
「駄目だ、信用できない」
「ぐぅ」
いやいや、ハナコさんや、この学園島にね、底層住宅なんかございませんことよ? むしろ高級住宅ばかりですことよ? 目の玉飛び出ますわ。そりゃまぁ、ハナコさんの別宅と比べればね、そうかも知れないけどね、でも、なんでロボ君もそんな言い方するかなぁ、信用するっていったじゃん。
「辛島、くん、し、しんよう、するって、いった、ハナコ、さん」
なので、私も少しばかり、くちばしを尖らせるのです、ハナコさんにお世話になり過ぎなのは分かってるけどね、紹介くらい良いじゃない、お家賃はちゃんと払うんだし……あ、それか、高すぎると思ったのかな? そうだよね、彼女の事だから、なんか豪邸を用意しそう。
「……お前ら、本当に分かってるのか? 二人の仲が良い事は、敵も重々承知してるんだぞ? 現に、華村家の紹介で手兵を滑り込ませてきたくらいだ、家屋敷くらい、何か手を回してるに決まっている」
え、マジで、そこまでする? ……どうしよう、なんか本気で怖くなってきたよ、言われてみれば、私、狙われてるかも知れないんだった、なんだろう、本当に心当たりなんてないんだけど……ばーちゃんの関係者って事は無いだろうし……お父さん? でも、私、あの人には会ったことも話した事もないんだよね、実は。それどころか、何者かも知らないし、突然、誘拐紛いに連れ去られたというか、あぁ、やめやめ、せっかく考えないようにしてたってのに。
「とにかく、部屋はここで選ぶ、戸建ての買い取り物件で、出来るだけ人気のないところ、見晴らしの良いところ、造りが頑丈で……部屋は、ひとつあれば良いか、二人だしな、手分けしてその条件で探せ」
「う、うん、わかっ、た」
「仕方ありませんね……でも、少し楽しみかしら……わたくし、市井での生活など初めてですが、サクラさん、安心してくださいね、これでも家事は一通りこなせますのよ? うふふ、淑女の嗜みですわ」
……ん? あれ、なんかおかしいな?
「なんでお前が住むんだよ」
それだ、なんでだよ、ハナコさん付いてくるつもりかよ、お嬢様に長屋暮らしが出来るのかい? 駆け落ちはそんなに甘くないよ? ……あれ?それもおかしいな? ちょっと待って、ひとり、ふたり。
「……わたくし以外に、誰がお住まいになりますの? 」
「俺に決まってるだろう、同棲するんだからな」
びきぃッ。
突然に、不動産屋の複層硬化耐震ガラスにヒビが入る。無人閲覧型店舗で良かったね、もし人が居たら、こんなん即通報だわ、いや、私がするよ、通報するからね、だから手四つの体勢はやめなさい、床石が割れ始めてるから!
「辛島さま……おふざけは、大概に、して頂けますか? わたくしにも、我慢の限度というものが、ありましてよ……」
「お前こそいい加減にしろ、そんな短気だから『怪獣王女』なんて二つ名が付くんだろう」
ぷしっ、と嫌な音が響き、私の左手の傷から血が噴き出した、うげ、開いちゃった、ちょっとお願いします、死んじゃうから、もうやめてください、てか、なんでハナコは平気なんだよ、もう治ったの? この怪獣王女!
「や、やめて、やめてよ、ふたりとも! 三人、さんにん住める家にすればいいんだから! 」
決死の覚悟にて、再び怪獣の檻に飛び込んだ私だったのですが、以前のように気を失う事はありませんでした、どうやら二人とも学習してくれていたようです……ん? なら、最初から喧嘩すんじゃないよ! 全くもう。
「くっ……仕方ありません、ここは、サクラさんとの生活のために妥協いたしましょう……ですが! 部屋はふたつ! これが条件ですわ、絶対に! 」
いや、みっつにします、譲れません、絶対条件でございますことよ。ハナコさんは、ポーチから取り出した万能包帯で私の傷を手当てしながら……うん、なんか用意いいですね、ありがとうございます、でも、ありがたいことですけどね、今回のは、誰のせいか分かってます? もしも部屋がふたつしか無かったら、ハナコさんはロボ君と同部屋にするからね、やったね、少しは仲良くなるかもね。
んん? あれ? なんか、一緒に暮らすこと決定してる? え、あれ? なんか、自然な流れで……おおぅ、なんやこれ、手練れの詐欺師か、全くに異論が挟めなかった、やべー、俺だよ、ばーちゃん、オレオレ。
なんだろう、出かける前には、ちょっとだけ、ウキウキしてたんだよ、実はね、そうでしょ? だってデートだよ? 嬉し恥ずかしだよね、普通は。返して、乙女のささやかな期待と踊った胸を返してよ、三割り増しで返して、胸を。
まぁ、楽しかったけどね、うん、なんか、友達とお出かけしたり、わいわい騒ぐ事なんてなかったからね、まぁいいか、うん、楽しかったよ。でも、最後くらい、なんかデートっぽい事もさせてよ、ちょっと歩いて、美味しいもの、食べて帰ろ?
皆が納得のいく物件を予約して、引越しの相談も済ませ、あとは、自由時間だもの、私はまだ学園島の地理にも疎いし、観光もかねてさ、色々観てまわりたいのです。たどたどしくも遠慮がちにですが、何とか、そう伝える事が出来ました。
「そうですわね、ええ、良い考えですわ、ずっと、学園との往復でしたものね、これからは、お休みの日も一緒に過ごせますもの、お任せください、わたくしが案内して差し上げますわ」
ふわり、と花のように微笑むハナコさんは、その名の通り、花のごとき可憐さで、先程までのゴリラじみた印象は欠片もありません。ちらりと横目で見るロボ君も、心なしか、穏やかな表情にも見えるでしょうか。
「そうだな、まぁ、気を張り続けるのも良くはないか……その辺りは華村に任せよう」
あ、なんだ、一緒には来てくれないのね……でも、まぁいっか、ちょっとづつだもんね……ん? いやいや、無いよ? 歩み寄るつもりはありません、なによ、ちょっとづつって、まるで私が期待してるみたいじゃんか、ありませんよ、あーりーまーせーんー。
でも、良いよね、いいな、なんか楽しいし、楽しみだよ、ワクワクしてきた、うれしっ。
「さて、腹減ったし牛丼でも食って帰るか、丸家いくかな」
「牛丼! わたくし、初めてですわ、お話は良く聞いていたのですが、何か、とても良いものだとか、つゆだくべにしょうがねぎもりという呪文があるとか、ないとか、行きましょう」
おい待て、デートっぽい食べものって言ったやろ、言ってないけど、そこは分かれよ。
「たまごも良いぞ、半熟だ」
「はんじゅく! それは、どのような呪文なのでしょう、いえ、わかりましたわ、肉の熟成期間ですわね、深いですわ、本格的なのですね」
仲良いな、おい。
どことなくなんとなく、納得のいかないこの気持ちを、どう処理したものかとしばし考え、私は、楽しげに歩き始める二人の背に、ぽつりと、呪文を唱えるのです。
「かえして」