好きにさせて、いただきますわ
目の前の私に動きは無かったのですが、剣姫さんの方は、一歩だけ踏み出していました。
そしてウォーレン先輩に背を向けたロボ君は、完全にシャーリーくんを信頼したのでしょう、そちらを振り返る事なくダッシュするのです……うぅん、この万能視点、やっぱり慣れないなぁ……決して脳みその処理が追いつかないって訳でもないのですが、何というか単純に気持ち悪いよ、複眼の合成ヤンマとかは、こんな風に物が視えてたりするのかな。
でも、なんだ? 戦うでもなくロボ君を遮るように壁を作った白騎士達は、肩を組んでスクラムの構えを見せているのです、わらわらと集まってきた彼らは、がっちりと固まって……うげ、ロボ君の攻撃が跳ね返された? なんだこれ、なんかの技なのか、というかどんどん集まって来たな、ハナコさん達と戦ってた連中まで戻って来てるよ、おのれ、どんだけ邪魔するんだ、そんなに私を消したいのか。
「辛島さま! 」
白騎士を追ってきたものか、叫びながら血塗れのハナコさんも現れたよ、でも大丈夫? ハナコさん怪我してない? なんだか服が真っ赤になってるけど……あちこちでの激しい戦闘の結果、随分と数は減ってるのだけれど、白騎士はまだまだ半分以上残っているのです、まだまだ元気そうなのです……うぐぐ、ただでさえ数が違うのに、こっちは消耗するばかりだってのに、相手はなんとも疲れ知らず、表情ひとつ変えないんだもん、実際のところは知らないけれど、戦ってるハナコさん達にとっては、不気味なことこの上ないよね、これ。
「時間がない、まとめて吹き飛ばす……華村、後は頼む」
「い、いけません! わたくしがやります、こんなところで消耗すれば、敵の思うつぼですわ、辛島さまは剣姫と……」
なにやら慌てた様子のハナコさんがロボ君を制止したのですが、でもね、そんな事で止まる彼ではないのです、少し腰を落とした脇構えから、ぴいん、と高い音……おや? と私が思った瞬間には、ロボ君の前で固まっていた幾重もの騎士の壁が、真横に断ち割られて赤い壁に変わるのです。
「また、無駄に力を使いましたね、全力の『二輪裂き』なんて、あれではもう燃料が足りません……たとえ間に合ったとしても、アルタソマイダスとは勝負にならないでしょう、まったく……さんはいったい何を考えているのですか、今は誰を優先すべきか分かっていないのですか、いつもそうなのです、いつもいつも鼻の下を伸ばすばかりでだらしのない! ああそうでしたね、そういった女性が好みでしたものね、分かりましたとも、分かっていましたとも! 」
はいストップ、落ち着けサーラ、いや、なんとなくね、言わんとする事は分かるのだけどもね? ハナコさんは大切な友達なんだからね、あのまま白騎士達を任せる訳にはいかないよ、さっきのハナコさん、あれ間違いなく特攻するつもりだったよ、自爆覚悟してたっぽいからね、そんなん駄目だからね、そして大丈夫、ロボ君はやってくれるよ、なんたって私の王子様なんだから。
「そうやってサクラが甘やかすから、あの人が調子に乗ってしまうのです! おかげで私が、どれほどの迷惑をこうむってきたか……あれ? 」
ん? なによ? なんか言いたいことあんの? なんのこと? 知らないよ、私は知らないよ、てかサーラも知らないでしょ、ロボ君とは面識ないじゃないのさ。
「そうですね、言われてみれば知りません……サクラの影響でしょうか、思考にノイズがあるみたい」
あのねサーラさんや、ノイズとかさぁ、人を毒電波みたいに言うんじゃありません、私はクリアだよ、純真無垢で可憐な美少女だからね、透明感が吹きこぼれしてるからね、ハナコさんの寝巻きよりスッケスケやぞ。
「それは当然でしょう、私の姿は、およそ人の想像しうる美の極致にあるのですから」
「うわぁ、思ったより可哀想な子だった」
さすが私だよ……いや違うな、私だってそこまで自信過剰じゃないよ、普通にハナコさんとかシャーリーくんの方が可愛いからね? なんだろう……私の顔はサーラとおんなじなんだし、神さまなんだから、自分の姿は自分で作ったはずなんだよね……ううん、これは私のイメージ力が貧困というか、美的感覚がズレてるというか、いやまてよ、剣姫さんとかは普通に超美人だよな、あの人もサーラ作なんでしょ? ならなんでこんなに違うのさ、私もぼいんぼいんが良かったのに、せめてもう少し身長が欲しかったのに。
「それはもう、大神様に言ってください、私のせいじゃありません、ちなみに、サクラの外見を変える事は出来たのですが、あえて同じにしてました」
「なんやと! 」
おのれ、抜けがけは許さんということか、というかやっぱり身長のこと気にしてたんじゃないのさ! なんやこいつ、性格までちんちくりんかよ! 私だけど、いや、私がサーラの立場でもおんなじ事しただろうけども、ちくしょう、これが運命か。
「運命を受け入れるなら、サクラは消えることになりますよ、ほら、あれがそうです」
ロボ君の技で、まさしく『切り開かれた』赤い通路の上には、二人の騎士が立ちはだかっていたのです……でも、これが運命というならば、やはり、私はサーラのことを、神さまのことを、好きになれそうも無いのです。
「時間はとらせぬ、手合せ願おうか……黒猫殿よ」
西京テンプル騎士団総団長の、ビッケ=パイパンと。
「そっちは団長に譲るからさ、華村ちゃん、先に決着、つけよっか? まぁ、どうせ団長は負けちゃうだろうけどねー……くふっ、無様にさぁ」
西京テンプル騎士、栗原リリィ。
「なんのつもりかと、聞きはしません……敵があなた達を操作する素振りさえ見せなかったのです、この可能性は、考慮しておりましたわ」
「時間が無い、邪魔をするなら、最期の言葉も聞いてやれんぞ」
そもそも、私だってさ、完全に信用してた訳じゃないけど……それでも、ここまできてこれは無いよ、悲しいよ、なんでよ、裏切りなんて言うつもりはないけど、この二人は自分の決断に、自分の心に従ってるだろう事は理解してるけど、それでも悲しいよ、なんでさ、世界が終わっちゃうかも知れないって時に、いったいなんで、こんなこと。
「黒猫殿は甘い……華村など、切り捨てておけば良かったのだ、もうかつての力は残っていまい、その甘さが命取りになったのだ、つまらぬ理由で負けるのだ……ならば、このまま剣姫にくれてやるのも面白くないのである、我が手で沈めてやりたいが……しかしそれでも、届くまい、叶うまい……口惜しいが、それがしにも解る、桁が違う、それは理解しておる……だが、理解はしても、納得はしてやらんぞ! このビッケ=パイパンが生きた証、騎士の誇り、男の尊厳、爪痕なりと刻んでやろう! 」
がちゃり、と剣を構えたビッケの左右から、生き残っていた白騎士が襲いかかったのですが、一瞬だけ彼の身体がブレたように見えたあと、二人の白騎士は、縦に横にとスライスされて、バラバラに散らばってしまうのです……え、この人って、こんなに強かったっけ……いや、明らかにさっきまでと違うよ、これは力を隠してた訳じゃない、あんな極限戦闘で手を抜くなんてあり得ないよ、死んでもおかしくなかったんだし……てことは、まさか。
「吸血鬼か……」
ロボ君が眉根を寄せる、ビッケの両眼は赤く濁り始めており、全身に浴びた返り血と自身の血をかき混ぜて、テンプル騎士団の白い制服に、醜悪なデザインの模様を描いてゆくのです。
「あーあ、やっちゃった……ねぇ、何が騎士の誇り? それが男の尊厳って? ウケる、笑っちゃうよね、そんなんだから負けるのに、まだ分かんないんだぁ」
「栗原さん、笑わないでくださいますか、不愉快です……性根の醜さならば、貴女も同じですわよ」
金棒剣でドスンと地面を揺らし、ハナコさんが栗原さんを睨みつける……うわ怖っ、ハナコさん本気の目だ、これ、本気で怒ってる。
「ふふーん? まぁいいや、やろっか……やっと静かになってきたし、良い感じに血生臭いからねー……あ、ちなみにね」
きしし、と笑う栗原さんは、ハナコさんとは対照的な、なんというか無邪気な笑顔……結局、彼女が何を考えてるのか、最後まで分かんなかったよ、だってさ。
「私は好きに、してるだけー」
きっと、彼女は純粋なだけなのだ、まるで子供のように笑うし、気に入らないことがあればヘソを曲げて拗ねるし、怒るし、傍若無人なまでに自分の考えを貫こうとする。だけどそれは、ただ、自分に正直なだけであり、そこにはなんの邪心も無いのです……だって、目がすんごい澄み切ってるよ、こんな状況だってのに、いつもと変わらず綺麗な碧眼なんだもの。
「……ならば私も」
でも、純粋さならハナコさんだって負けてはいないのだ。金棒剣を振り上げて、一歩も引かない、真っ向勝負の構えを見せるのです。
「好きにさせて、いただきますわ」
校庭の戦いは、確かにもうすぐ落ち着きそうであったのですが、こちらの決着と、どちらが早いかは分からないのです。
剣姫さんは、また一歩踏み出しました。




