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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
最終章
87/98

消されるのは、サクラの方ですよ?

「ちょいとサクラ、見てごらんよ、面白いのがいるよ」


「はたらいて」


 まったく、おばあちゃんは落ち着きが無いんだから、私は今忙しいのです、合成椎茸(なば)のタネコマ君をコンコンしてるのです、来週にはお鍋に入れるんだからね、いいからおばあちゃんは、ちゃんと原木に穴開けといて……あ、もう終わったの? おい、指で開けたのか、相変わらず適当だなぁ……まぁ、サイズはピッタリだけどね、コンコンしやすいよ、てか終わったんならこっちを手伝ってよ、もう……んで、何が面白いって?


 突然に裏山から大量の合成コナラを切り倒してきたおばあちゃんが、シイタケが食べたいと駄々を捏ねるので、私達はせっせと栽培準備を進めていたのですが、どうにも集中力に欠けるこの祖母は、何か『本人的には』面白いものでも見つけたのか、地面にしゃがみ込んで私に手招きしているのです。


「もぅ、子供じゃないんだから、ちゃんと……ん? なにこれ、アリンコ? 」


 おばあちゃんの背中に勢い良くのし掛かり、彼女の見つめる地面に視線を落とすと、そこには小さな黒い生き物が、列をなして行進中だったのです。なんだよ、合成蟻なんて何処にでも居るでしょ、なんも珍しく無いよ? 私はてっきり、昆虫兵器の生き残りかと期待してたのに、これ普通の合成アリンコじゃん、美味しくもないし、興味ありません。


「そうだね、ただのアリンコさ……本物の、ね……こいつは本物のクロヤマアリだよ、遺伝子改造されてない……まだ、生き残ってたんだねぇ」


「へぇ、そうなんだ……普通のアリとなにか違うの? 」


 見た感じ、違いなんて分かんないけどね、でも、天然生物なんて学校の教材標本でしか見たことないよ、確かに珍しいっちゃ珍しいのかな、もし美味しいなら食べてみたいけど。


「……どうせそのうち、合成アリに駆逐される運命さ、そっとしといておやり……ねぇサクラ、知ってるかい? 天然のアリンコってのは、群れの中にサボリ魔がいるんだよ」


「おばあちゃんみたいに? 」


 のしっ、と体重をかけながら私が文句を言うと、おばあちゃんは笑いながら、私の頭を後ろ手にかき混ぜるのです……おいよせ、クシャクシャになんだろ、でも、こんなに沢山居るんだし、何匹かサボっても分かんないよね、それはそれで仕方ないんじゃないの?


「ははは、まぁそうかもねぇ、人間とおんなじさ……なら、そのサボリ魔達を群れから取り除くと、どうなると思う? 」


「うーん……それは……みんな頑張るんじゃないの? 」


「それがねぇ、そうするとね、今まで頑張ってたアリンコの中から、新たにサボリ魔が生まれてくるんだとさ」


 なんだと……ううむ、でも、よく考えてみたらサボリ魔ポジションは楽チンだもんね、やりたがる人も多いかもね、虎視眈々とチャンスを狙ってたアリさんが居たのかな? ……んで、それがなんなの? 何かの教訓? それともただの豆知識自慢? おばあちゃんのチェスト袋?




「そのアリンコが、私です」


「ほわぁっ!? 」


 おばあちゃんの首に手を回し、報復としてグリグリと頬ずりしていた私に、突如として背後から声がかけられる。な、なんや! 誰だ? いつからそこに……え? あれ? 誰も居ない?……おばあちゃんも居ない……あれ、ここどこだ? ……いや、そうだ! 私はさっきまで。


「馬鹿みたいですよね、弱い自分を切り捨てたのに、強くなったはずなのに……いつのまにか、また弱い部分が生まれてしまっているのですから」


「あ、あ、なに? ここ……あれ? ここって……私の部屋じゃん」


 きょろきょろと見渡せば、慣れ親しんだ景色、ここは倒壊したはずの私の部屋だったのです、荷物はほとんどないけれど、畳んだお布団に、おばあちゃんの形見の小さな鏡台……ああ、良かった、これ、潰れちゃったと思ってたけど、無事だったんだね……ロボ君は刀を捨てちゃったし、鏡台まで無くなったら、おばあちゃんの形見がゼロになっちゃうところだったよ……んで、ここはどこ? まさか私のウチじゃないよね? ひょっとして私の部屋だけ移動したのかな、もうね、そのくらいの事じゃ驚かないからね。


「祈りの間です、サクラが居るから部屋ができたのでしょう」


「うん、よくわかんないけど、もういいや……って、ロボ君達は!? どうなったの? というかなんのつもりよ、いいから止めなさい、今すぐやめなさい、エクスカリバーしてやんよ、おいこら出てこい、折檻してやるからね! 」


「もう諦めました、サクラと私は、既に別の存在になっています、戻れません、なので止まりません……成功もしません、手遅れです、手詰まりです、あと、観たいなら自分で観てください」


 んん? と私が首を傾げると、六畳マイルームの四方の壁がぱたりと倒れ、天井も消失したのです、そして、部屋の外側に現れたのは……なんだこれ……丸い部屋?


 目の前に広がる空間は、周囲と天井が石造りの大広間でした、いや、天井は漆喰かな? お椀を伏せたようなドーム型、あちらこちらに太い石柱と、その下には騎士の像……なんか映画で観たことあるな、昔の王様とかが居たような、謁見の間? でも、それにしちゃ質素というか、装飾不足というか、なんだか冷たい感じがするよ。


「別に良いでしょう、ここまで手が回らなかったのです、なにしろ最初に作ったのだし、不慣れだったのです、色々と不備があるのは仕方ありません、なんですか、何か文句があるのですか、そこまで言うなら自分でやってみれば良いでしょう! 」


「えぇ……いや、別に文句は無いんだけど」


 なんか、こないだから勘付いてたけど、割と怒りっぽいよね、サーラってさ、もっと心を広く持ちなさいよ、仮にも神さまでしょ? わがまま言うんじゃありません。


「サクラにだけは言われたくありません! ……良いです、もう良いです、なんだか疲れました、よく考えてみたら、自分と言い合いしたって不毛ですし」


 まぁ、それはそうかもしれないけど……とりあえず、世界の終わり的な儀式は中止してくださいね、白くなっちゃったところと、縮んじゃったところを元に戻して、あとウォーレン先輩達は引き上げさせて。


「さっき言いましたよね? もう無理です……ですが、どうしてもというなら、あれを消せば良いでしょう」


 つい、とサーラが指差した先は……いや、彼女の姿は見えないんだけどね、なんていうか……気配? みたいな、そんな感じ、存在感だけの存在というか、とにかくサーラの指差した方に私は視線を送ったのですが。


「あれを消せば、サクラが世界に干渉できますよ……やりたければ、やってみれば良いのです、まぁ、サクラの力では何も出来ませんけどね……それに」


 そこにあったのは、質素な部屋に見合わぬ大きな玉座……私の畳部屋から、いつのまにか、そこへ向かって伸びた赤い絨毯の先には、金色の仮面を外し、私と同じ素顔を晒したサーラの本体と。


「消されるのは、サクラの方ですよ? 」


 銀色の剣を携えた、赤い騎士服の剣姫さんであったのです。




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