あ、アシナガ、さん
漫画やゲーム、映画や小説なんかではね、たまに見かけるんですけどね、これ、なんていうの? 無双? チート? 圧倒的な力の主人公がね、群がる敵をばったばったと倒していくさま。まぁ、映画なんかだとね、爽快感もあるんだろうけど……でもそれをね、リアルにこの目にするとね、なんというか……やっぱり、怖い。両軍の激突直前、ぐいん、と加速して皆の前に飛び出たロボ君は、そのまま300人の騎士達に吶喊したのです。
「サクラさま、失礼します」
「うわわっ」
もいん、とアシナガさんの肩に担ぎ上げられた私は、2メートルの特等席から、それを眺める事になったのですが……うわぁ、強い、ロボ君強いよ……いや、もちろん彼が、とんでもなく強いってのは知ってたんだけどね、まるで電磁芝刈り機だよ……分かるかな? 棒の先っちょに円型の刃が付いてるやつ、ロボ君の通った後には、枯れ草のように倒れた白騎士達が、壊れた人形のように重なるばかりで……い、いや、相手だって赤い血の流れる人間なんだけどさ……なんだか、こう、現実味の無い光景というか、作業的な蹂躙というか……こんな感想、浮かべちゃいけないとは思ってるんだけど……ちょっと怖いよ、ロボ君が。
無人の野を征くがごときロボ君の進撃だったのですが、それを阻むのは、やはり、白銀の鎧に身を包んだウォーレン先輩でした。
「辛島ァ、好き放題じゃないの! 全部ひとりで殺るつもりかよ、遠慮の無い男ってのは、モテないぞぉ! 」
「気にするな、俺には一人で充分だ」
「そりゃ、どっちの意味かいねぇ! 」
がっき、と両者の武器が打ち合わせられる、白騎士達は彼等を避けるように二つに別れ、それを迎え撃つ為に、ハナコさん達も二手に分かれて戦い始める……左手からの敵はハナコさんと栗原さん、そしてビッケさん以下テンプル騎士さん達が、右手からの敵はシャーリーくんが一人で支えているよ……うぬ、シャーリーくんも強いなぁ、また四人に分身してるけど、あれってどういった理屈なんだろう? 高速移動の残像にしては、てんでバラバラに動いてるし……おばあちゃんが、先端呪術との合わせ技とは言ってたけど、他の人が使わないところをみるに、両方ともに、恐ろしく高いレベルを要求されるのでしょう。
「あ、アシナガさん、左側が押し込まれそうだよ、私のことはいいから、手伝ってあげて」
「それは……いえ、抜かれるのも問題ですね、キアシとセグロは左翼のフォローに回れ、遺伝子毒の散布を許可する、直接戦闘は避けるように」
ど、毒かぁ……なんだか物騒だけど、そうも言ってられないのか、何しろ数が違い過ぎるのだ、ハナコさん達は頑張ってくれてるけれど、このままじゃ、あっという間に。
「天帝陛下に! 捧げるのだ! この剣と忠誠を! 」
白騎士達の向こうから、聞きなれない声が上がる……なんだろう、まさか敵の増援? 新手でしょうか、それ、不味くない? これ以上は、とてもじゃないよ、勘弁してください……でも、妙だよね、この白騎士さん達は、決められた台詞以外にまったく言葉を発しないのだから、うん、正直ね、気持ち悪いよ、みんな人形みたいに死んだ目をしてるしさ……もしかしたら、彼らも操られてるだけなのかな?
「新生天領騎士が十八人衆、 並びに奉公基準監督署職員、真なる主の元へ馳せ参ずる! 道を開けよ人形どもが! 」
ドコドコと蹄鉄を鳴らし、校舎の方から戦闘用のサイボーグ騎馬と戦車群が現れた……あ、これ、ラーズさんとイムエさんのお仲間たち? あ、あ、そっか、300人の白騎士のインパクトで忘れてたけど、この人達もサーラのところへ……え? どゆこと、敵なの、味方なの?
左翼後背を騎馬軍団に突かれ、白騎士達の動きが鈍る、あ、これ味方だ、なんかよくわかんないけど、これ味方だよ! でも良いの? サーラは天帝なんだよ? あっちが本物だよ? 真の主とか言っちゃって……いや、違うか、厳密に言えば、彼らが信じてた天帝と、サーラは別モンなのか……騙されたと感じてもおかしくはないのか、それに、多大な犠牲を払ってまで学園島にやって来てみれば、天帝を守るのは強力な白騎士達とウォーレン先輩だもんね、蔑ろにされちゃったのかな、それは面白くないだろうね。
「サクラさま、サクラさま、声をかけてください、好機です、得意でしょ、男を誑かすのは、奴らは主人を求めているのです、騙すなら今しかありません」
「なんやと」
なんて事言うんだよ、忍者だからって汚いことが許されると思うなよ! とりあえずはエクスカリバーや! ……で、でも確かに、言うなれば勝手に参戦してきた余所者な訳で、微妙に不安とかもあるんだろうか? そりゃ、皆んな真面目そうだし、色々と考えて自分達で決断して、こうして命がけで戦ってるんだろうけど……ありがとうくらいは、お礼くらいなら、言ってもバチは当たらないんじゃ……うぅん、よし、言ったる!
「み、みなさん、感謝します! ありがとう! だから、お願いします、どうか一緒に戦ってください! 」
アシナガさんの上から、私は目一杯の声にて叫びました、とはいえ、目一杯振り絞ったけれど、そこはただの女子高生、戦いの中にまで届くとも思えなかったのですが……うわ、なんだこのボリューム、さては拡声の先端呪術か、おのれアシナガ、は、恥ずかしいぃ。
「おお、聞こえたか! 皆の衆! いぃィのちをォ、捨てよォ!! 」
うひぃ、なんか盛り上がってしまったご様子……や、やだなぁ、終わってから、絡まれないかなぁ……でも、そうか、他の仲間が私に味方すると決めたから……だからイムエさんは、ハロっくんと二人で乗り込んできたのか……いまさら、ではあるんだけど、他の道とか、見つからなかったのかなぁ……もう少しだけ、二人とお話ししてれば良かったよ。
「……向こうにも、補助の呪術を……サクラさま、おみ足が汚れてしまうかも知れませんが、許してください」
「え、なんで? 」
問いかけた私への返事という訳ではないのでしょうが、ぶぴっ、とアシナガさんの耳から血が噴き出した……あ、ちょっと、無理は……いや、無理は承知なのか……肩車されてる私の太ももに彼女の血が飛び散り、その暖かさと反比例に、私の背筋は冷えて行くのです。
「あ、アシナガさん、ありがとう、だから、もう少しだけ頑張って! 」
「感謝の言葉など必要ありませんよ、私達には、これが当たり前なのですから……ですが、そうですね、不思議と気分は……ごぼぅ」
少しだけ首を捻り、こちらに視線を送ったアシナガさんだったのですが、彼女の気分がどうであったのか、私に伝わる事はなかったのです。
なぜならば、アシナガさんは、言葉の代わりに大量の血を吐き出してしまったのですから……だけどこれは、決して、先端呪術の使い過ぎなどではないのです。
「あ、アシナガさんっ!! 」
彼女の胸から銀色の長剣が、その切っ先をのぞかせていたのだから。
ふわり、と私の身体は宙に浮き上がり、そのまま戦場の中央を駆けてゆく……あまりの事に、あまりに突然の事態に、私の脳は正常な判断ができなくなってしまっていたのですが。
「アルタソ! サクラを放せ! 」
ロボ君の声と、視界の端に揺れる白金髪が、私を運ぶ者の正体を教えてくれていたのです。
「あ、アシナガ、さん」
急速に遠ざかってゆく景色の中、彼女が地面に倒れるのと、無意識のうちにこぼれ落ちた私の声が重なったのは、ほとんど同時でした。




