終わってないし! 終わらない!
「し、静かだね……」
「なーんか、やな感じだよねー」
「というか、嫌な感じですよ」
おいこらシャーリー……うぐぐ、確かに嫌な感じではあるのですがね、そうはっきり断言されると、こちとら不安が増すばかりというかね……ううん、なんだろう、緊張だけが理由じゃないよコレ……やけにすんなり到着できたしさぁ。
われわれ、反神さま連合軍は、ついに聖十字学園の正門前まで辿り着いたのですが、私の不安をよそに、ここまでの道のりは、なんとも平穏なものであったのです、待ち伏せ不意打ち罠や呪術攻撃、そのくらいは覚悟していたのですけどね……なんだろね? ほんと、目の前の校門は見慣れたものであったのですが、そこから見える敷地にも、敵の姿は見とめられないのです。
「……せんぱい、これを使ってください、そんな玩具じゃ、せんぱいの『斬鉄』に耐えられないでしょうから』
「ん? 良いのか、俺は助かるが……」
足を止めて小休止中の私達だったのですが、いや、休憩というよりも、なんだろ、中に入るのをみんなが躊躇ってるって感じ……んで、シャーリーくんは何してんの? 自分の刀をロボ君にあげちゃうの? でも、アシナガさん達が持ってきた剣だって、ハナコさん家の名品でしょ? まだ抜刀衛星が無かった頃の剣らしいけど、それだって騎士用の超硬ウルツァイト製じゃないの?
「この分だと、せんぱいが暴れる事になるでしょうし……まぁ、僕の方はもこたんに頑張って貰いますので、ご心配なく」
「そうか、なら、有り難く遣わせて貰おう」
そう言って、ふたりは互いの武器を交換するのです、華村家の家宝とかいう飾り気のない長剣と、シャーリーくんの同だぬき……別名『サクラ殺し』をね……あ、いかん、なんかトラウマが……んで、もこたんがどうしたって? まさかとは思うけど、武器がわりにして振り回そうなんて考えてないよね? 許さへんぞ。
「うふふ、もこたんもやる気充分ですもの、わたくし達も負けていられませんわ……さぁ、休憩は終わりにいたしましょう! 敵の姿は見えないのです、疑心暗鬼に怖じけるなどと、合成畜に笑われてしまいますわ! 」
どすん、と大剣を地面に突き立て、ハナコさんが宣言する、この剣も家宝らしいけど……なんだろう、すっごく似合ってるよ……先っちょも尖ってないし、分厚くて、なんというか、剣というよりも……金棒かな? ああ、鬼ですわ、これ。
「敵は失敗作のなりそこないとはいえ、全員が変性騎士です、抜刀せずとも高い戦闘力を持っていますからね、首を刎ねるか心臓を潰すまで油断しないでください」
「うむ、了解しておる、その辺りはアシナガ殿らにお頼み申す」
私にはよく分からなかったのですが、変性騎士ってのは、ウォーレン先輩というか、バランタインが研究していた新型騎士との事で、ようは騎士を突然変異させて戦闘力を上げようとしたのだとか……吸血鬼や剣鬼、それにロボ君の遺伝子なんかを混ぜて変異させるそうなのです……結局、なんとか成功と呼べる存在は、シャーリーくんとウォーレン先輩だけだったようなのですが……もしかしたら、これも神さまを造る実験だったのかな? 私とサーラが生まれてしまっても、バランタインさんは諦めてなかったのかも……友達が出来れば、何かが変えられると、彼女を変えられると、そう考えたのかもしれないね……ううん、色々とやらかしてくれた人ではあるんだけどね、なんだか、少しかわいそうかも。
「別に、同情する程の男じゃありませんよ……あれは、ただのストーカーです」
「そ、そういう言い方は……あと、こころ、読まないで」
ううむ、口下手な私にとって、ハナコさんやシャーリーくんは有り難い存在ではあるのですがね? 流石にシャーリーくんはね、ピンポイント過ぎて怖くなるからね、少しだけ自重してくださると、助かりますことよ。
「馬鹿なこと言ってないで行くぞ、アシナガ、中に入ったら全員に強化の呪いをかけろ、俺とシャーリー、あとサクラ以外の全員だ……途中で死ぬなよ、脳が破裂してでも、やり遂げてみせろ」
「了解です、死ぬのは最後にします」
だから、言い方! もう、アシナガさんを心配してるのは分かるけどね、ロボ君はもう少しだけ、女の子に対する……いや、他の人に優しくされても嬉しくはないけどさ、もっとこう、ね、適切な距離感というかね? 前から思ってたけど、ロボ君って他人に対して、突き放すかゼロ距離かの二択しか無いよね、極端だよね、そこんところ、勉強していこうね。とはいえ、抜刀できない騎士の為には、アシナガさん達の先端呪術が必須なのは確かなのです、事前の打ち合わせにて、三人の忍者さんは直接戦闘を諦め、皆のフォローに回ることになりました……すなわち、呪術での強化と、倒れた敵のトドメ係。
「さ、最後でも駄目だよ? みんなで一緒に、帰るんだからね」
「善処します、が……期待はしないでくださいね」
うぬ、顔が笑ってやがる……さてはからかってんな? おのれ、忍者ってのはもっとクールなもんでしょ、遊んでんじゃないよ、ちょっと背が高いからって、2メートルだからって調子に乗ってんな? だけど、私だってジャンプすればエクスカリバーくらい……あ、無理だこれ、届かない、ちくしょう、こうなったら、せめて笑い返してやるからね。
「いひっ」
「ぬふっ」
なん……だと……即座に対応してきた……おのれ、忍者てごわい。
「……何やってんだお前らは、もう少し緊張感をもてよ」
はい、お前が言うな! いや、私もごめんなさい、確かにそうだわ、なんかすんまへん……先頭を行くテンプル騎士さん達はすごい真面目そうなのにね、わたし達だけだよ、こんなぬるい空気をまとってるのは……申し訳なきことクレーム処理を後輩に押し付けたリーマンのごときだよ……はい、進みます、大人しく前進します、いや、ほんとは怖かったんですよ、やっぱりね、なんとなく入りたくなかったんだよね……転校生の私にも、もはや見慣れた風景ではあるんだけれどね、状況が違うってだけで、こんなに威圧感があるんだね、学校ってさ。
なんだろう、まるで廃屋のような不気味さ、人気の無い学び舎は、いつか映画で観た魔王の居城のような佇まいではありませんか……私は恐る恐る、ロボ君の服の裾をつまみながら、ヨチヨチと最後尾を歩いていたのですが。
「……あれ? ねぇ、は、ハナコさん、正面通路って、こんな長かったっけ? 」
「確かに……ですが、先程から近づいては……えっ? 」
首を傾げたハナコさんは、私の方を振り向くと、その赤茶色の綺麗な目をまん丸に剥いて、なにやら驚いたような表情を浮かべてみせるのです……え、なに? 私の顔、なんか付いてる? いや、後ろか、後方になにか……まさか、敵さんの攻撃とか。
「え、ええっ? なに、この……なに!? 」
慌てて振り向いた私の目に飛び込んできたのは、何も無い、そう、何も無い空間だったのです……先程くぐったはずの校門も、歩いてきた筈の石畳も、それどころか、地面も、空も、私の背後、目に見える範囲全てが、真っ白な世界であり……な、なんだこれ、どうなってんの?
「なんでしょうね……でも、たぶん、サクラ先輩がストッパーになってるのかな? ……そろそろ時間もなさそうですね、少しづつ広がってますよ、あれ……いや、こちらが縮んでるのかな」
「ふうん、世界の終わりってのは、こんな感じなんだな」
いやいや。
……いやいやいや! なにのんびりしてんだよ! 磯釣りに来た日曜の親子か! いや、ある意味親子かもしんないけど、はいはい、よく似てるよね! ってかなんだこれ、ちょっとこれはシャレになんないからね? マジか、マジなのか、さっきまで普通だったじゃんよ、なんでさ? ……いや、普通じゃないか、よく考えたら学園島以外は、もう無くなってたんだ……こ、これは本気で急がないと、サーラを止めないと、何もかも無くなっちゃうよ。
ジャーン、ジャーン。
と、前進全速を決意した私の耳に、何やら聞き覚えのあるような銅鑼の音……ああもう! なんで邪魔するのかなぁ、世界が無くなっちゃうかもしれないって時に! 分かってんの? みんな死んじゃうんだよ? 何考えてんのよ。
「おおぅ、雁首揃えてやってきたかい、いやはや、足掻くねぇ……でもさ、そういうの嫌いじゃないよ、お兄さんは」
300人の白騎士を従え、昂然たる口ぶり、白銀の鎧を身に纏ったその男は、白より白い、一番の騎士。
「出たな上書き野郎……先に言っておくが、お前の言葉は、もう聞いた」
「うへぁ、辛島はそればっかりだな……まぁ、田上のばーさんは、妙な事ばっかり教え込んでたからなぁ」
うん、それは否定しないよ、ばーちゃんの教育は偏ってたもんね、だけど今は時間が無いっぽいからさ、なんとか先輩はお帰りください。
「まぁ、分かっていましたけどね……結局は、真正面から強行突破ですか」
「そうですね……ですが、わたくし達らしいでしょう? 」
ため息を零すシャーリーくんとは対照的に、ハナコさんは大剣を構え、早速にゴリラめいた野生を発揮し始めるのです。でも、うん、こっからだ、まだまだここからだよ……私達は、まだ全然終わってないんだもの。
「さぁ、これで終わりだよ! 」
金色の前髪を搔きあげながら、高らかに宣言する白銀の騎士に向け、私は大きな声で反論するのです、ロボ君の後ろからだけどね、膝なんかカックカクだけどね、でも、負けるもんか。
「終わってないし! 終わらない! 」
私の声が開戦の狼煙となったのか、大小二つの軍団は、雄叫びを上げながら激突したのです。




