舐められるのが、死ぬほど嫌いなの
「なんとまぁ、こざっぱりとしたものであるな、身辺整理であるか? ふむ、立つ鳥跡を濁さず、感心なことである」
「うるさいよ」
うるさいな、伝説のカリスマ主婦だって、こんな片付けはしませんからね! 分かってて言ってるんだろうけど、今はそんな冗談に付き合ってられません、ケツキックの刑に処します。
「おほぅっ! 」
あれから、我が家の敷地にイムエさんとハロっくんの遺体を埋葬し、ひと段落したところで、旧テンプル騎士の皆さまが現れたのですが……なんか、狙ってたようなタイミングだけどね、まさか片付け手伝うのが嫌だったのか? などと一瞬だけ考えたのですが、彼らの連れてきた人物を見て、その予想はきれいに霧散したのです。
「あ、アシナガさん! どうして……も、もしかして」
「テンプル騎士が同道するならば、我々が遠慮する必要も無いと考えました……ハナコ様、蜂番忍者衆が足長グループ、アシナガ、キアシ、セグロの三名、サクラ様の警護任務に復帰したく、こうして参上つかまつりました」
ぼいんぼいんのボンテージスーツに身を包み、アシナガさん達三人は、うやうやしく跪くのです。やった、そうだよね、ここまできてお別れは寂しいよ、またお世話になりたいよ、ねぇ、ハナコさん……ハナコさん?
「アシナガ、身の証は立てられようか、あれは、戦者ごときに抵抗出来る呪いとも思えませんわ、今のままでは、信用なりません」
「え、そ、そんな、ハナコさん、だって、アシナガさん達は……」
言いかけたところで、私は首根っこを掴まれて後ろに引っ張られた、うげ、誰だ、まだ首はやめて、まだ不安だから、というか色々あって首はトラウマになりそうだからやめて。
「サクラ、黙ってろ……俺としても、こいつらは斬りたくない」
「サクラ先輩は、もう少し人の心を理解する力を身に付けるべきですよ……まぁ、他人を思い遣ることのできるサクラ先輩を、はたしてサクラ先輩と呼べるのかどうかは、疑問の残るところでもありますけれど」
「なんやと」
なんやと……はい、ごめんなさい、私が短慮でございました……そうか、よく考えてみたら、アシナガさん達はおろか、ビッ毛のおじさまや栗原さん達だって、操られる可能性は依然として残っているんだもん……となれば、それはつまり、敵になるかもしれないということであって……そうだよね、ロボ君やハナコさんは、彼女たちを殺したくないのだ……でも、うぅん、ハナコさんの為に働きたいっていうアシナガさん達の気持ちも分かるし、難しい。
「それはご安心ください、三人共に精神干渉に対する検知器を埋め込んであります、もしも反応した場合には、四肢と頸椎の剥離断裂装置、及び心臓と脳の強制停止装置が作動、更に対戦者用超筋弛緩剤と身体器官溶解剤も連動して自動注入されるように改造してあります」
「……最初から、その施術を行う為に離脱したのですね、見事ですわ……分かりました、ならば再び、サクラさんの盾となりなさい」
「了解しました、この花弁の散る前に」
……なんだか、少しばかり、いや、かなり恐ろしげな対策をしてきたみたいだけど……そっか、みんなそこまでして、ハナコさんの為に働きたいんだね、お華族様の生活とか忍者さん達の仕来りなんて、東京育ちの私にはよく分からないんだけど、でも、多分これは、忠誠心とか、義務感ばかりでは無いよね、アシナガさん達は、本当にハナコさんの事が好きなんだ。
「館から装備もお持ちしました、剣も骨董品ではありますが、大戦時の騎士達が使用していた物です、お役に立つかと」
がらごろとサイボーグ牛に引かれて現れた荷車には、丸腰状態な私達の為に、戦闘服や各種武器防具が満載されていたのです。うぅん、私には意味のない物ばかりだけど、服だけはありがたく頂戴します、朝からボロボロになっちゃったしね、助かりますわ……でも、なんで私の分だけサイズピッタリなんだろう……ロボ君達のは自動調整機能付きの戦闘服だけど、おかしいね、相変わらずおかしいよハナコさん、もう慣れたけどね……あ、ちなみに私の服は、白いミニスカートと七分袖のジャケットに、白のブーツと黒タイツ……なんか学園島の、というより、テンプル騎士の制服に近いかな、ちょっとだけカッコいいかも、ハナコさんやシャーリーくんも似たような意匠だね、シャーリーくんのはズボンだけど……あと、ロボ君だけは、真っ黒なライダースーツっぽい戦闘服……これはなんで? あ、天領で着てた奴なんだ、へぇ。
「このような事もあろうかと、わたくしが復元させておいたのですが……ふふ、きっと良くお似合いですわ」
「そ、そうなんだ」
なんか、ご機嫌ですねハナコさん? ……まぁいいや、早く着替えよう、家が壊れちゃったから、即時展開型の簡易衝立の中でだけど……なんか衆人環視の中だと落ち着かないよ、パパっと手早く済ませちゃおう、あ、ロボ君はそこらで着替えてね、なに入ろうとしてんだ、許さへんぞ! もう、いくら決戦前だからってテンションおかしくなってない? そういうのは帰ってからにしてください……ん? い、いや、帰ったら良いって訳でもないけどね! もう! ……お? あれ……なんか、ちょっとだけインナーがキツイような……はは、まさかね、あのハナコさんが私のサイズを間違えることなんて……たぶんこれ、防刃防弾素材だからピッチリしてるだけだよね、うん、ですよね、そうに違いない。
「ちょっとちょっとー、いいかげん待ちくたびれちゃったよー、早くしてよー」
「ギャース! 」
く、栗原ァ! まだ開けんじゃないよ! 着替え中やぞ! 閉めろ閉めろ、なにやってんだこいつ、おいこら、入ってくんな。
「いひひ、良いじゃん、減るもんでもなし……んん? サクラちゃん……さてはキツいのかな? それならむしろ、見せて減らした方が良いんじゃないの? 」
「うるさいよ! 」
うるさいな、なんやこいつ、昨日のしおらしさはどこいったんだ、えぇい、お腹を触るな! 着替えらんないだろ。
「ワハハ、むにむにだー」
「栗原さん、おふざけが過ぎますわ、サクラさんのお肉を弄ぶ権利は、貴女にありません」
ハナコさんにも無いけどね。
「……色々と考えてみたんだけどねー、団長達はどうか知らないけど、やっぱり私はさ、捨て石とか、ごめんだし、華村ちゃんにもサクラちゃんにも、仕えるとか、あり得ないから」
ピタリ、と衝立内の時間が止まる。ハナコさんと栗原さんは、視線こそ合わせなかったものの、両者の間には、殺気にもにた緊張感が確かに通っているようで……おい、シャーリーくん? なに着替えを続行してんのよ、きみも少しは気にしようね? 相変わらずマイペースなんだから、そんなとこはロボ君そっくりだよ。
「でも、とりあえずはさー、サクラちゃんをどうこうしようなんて思ってないから、それは心配しないでいいよ……私はさぁ、ただねぇ」
かはぁっ、と息を吐き出し、栗原さんは……これ、笑ったのかな? 空を見上げてるから、よくわかんないや……背も高いしね、でも、嫌な感じはしないんだよね、ある意味、この人も純粋なんだろう……ちょっとだけ、怖いけど。
「舐められるのが、死ぬほど嫌いなの」
あ、訂正、訂正します、笑ってないや、これ、笑ってないよ、私の目の前に戻ってきた彼女の顔は、確かに歯を見せてはいたのですが、それは笑いとは程遠い表情であり、なんというか……そう、威嚇だ、これは、うん、ちょっとだけってのも訂正するよ、これはね。
すっごい怖い。




