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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
最終章
80/98

イムエ、さんだ

 明けて翌日、私は随分と早くに目を覚ましました。外壁透過交換型調温機により、室内は快適な温度に保たれていたため、こんな状況にも関わらず、すっきりとした寝覚めができたのです。


 むくりと身体を起こし、目を閉じて軽く伸びをすると、視覚聴覚の焦点が定まってくる……薄暗い部屋の中には、夜の間に止まった空気が満ちており、かすかに上下するお布団の盛り上がりがいくつかと、皆の立てる静かな寝息、家の外からは早速に鳴き出している合成セミのシャワシャワとした声……まだ早朝だからか、なんだか遠慮気味なボリュームだけど、うぅん、この鳴き方だと、今日も暑くなりそうだね……でも、なんだか変な感じ、街には人が居ないらしいのに、相変わらず島の機能は生きてるんだね、電気も止まってないし、合成生物も予定通り動いてる……いったい、誰が調整してるんだろう。


「んんっ、考えても仕方ないか……はふ、朝ごはん、何にしよっかな……」


 実は、私が早起きしたのは、このためなのです、だってさ、たぶん私は、今日もね、なんの役にも立たないよ、他のみんなは、300人からの敵を相手に戦ってくれるというのに……だから、せめて美味しいご飯くらいはね? 作ってあげたいのです。うぅん、奮発して買っておいた六角牛が、まさかこんな形で役に立つとは……あ、でも朝から重たいものは……いや、こいつらなら食うな、むしろ喜びそうだよ。


「……やっぱり、牛丼かなぁ? ハナコさんも好きだしね、そうしよっかな」


 お、良いね、我ながらナイスアイディアだよ、早くて安くて美味しいもんね、さっすが私だよ、私もそう思ってたよ、よし、ならパパっと作っちゃおうか、お味噌汁は短冊の大根ね、二人でやれば時間短縮できるよ、みんなを起こさないように、そっと……でも、ふふっ、どうせご飯の匂いで起きだしちゃうだろうけどね、あ、その前に顔洗おうよ、なんだか私、酷い事になってるよ? 髪の毛モッサモサだし、目だってしょぼくれてるよ、もう、なにがすっきりお目覚めだよ、こんな顔、ロボ君が見たら……ん?


『あれ? 』


 なんかおかしいな? おかしいよ? こんなとこに鏡なんてあったっけ? ……無いよなぁ、というかお布団の中に姿見持ち込むとか、どんだけのナルシストだよ、そんな自信ないよ、もっと可愛くなりたいです、ひとつ上の女になりたい、こんなちんちくりんじゃなく。


 むにっ。


『……ほがぁっ!? 』


 さ、触れる? 触られてる? なんやこれ、なんだこれ、え? なに? 私じゃん? これ私だよね? いやいや、私はここにいるよね? これ私だよね……じゃ、じゃあ、目の前のこの子は誰? まさかサーラ? 乗り込んで来た? 掟破りのラスボス参上?


『だ、誰? あなた』


 またハモった! うわ気持ち悪い! ち、ちょっと待って、脳みそが追い付かないよ、なんだこれ、ほんとになんだ。


「なんだサクラ、朝から大声出し、て……」


「ふぁ、サクラさん、おはようございます、今日も……」


 首を鳴らすロボ君も、口元に手をやり、可愛らしく欠伸をするハナコさんも、私の姿を見るなり、そのままの姿勢で固まってしまうのです……まぁ、そうですよね、なにしろ。


「うわぁ……サクラ先輩が二人居る……ひとつ潰して良いですか」


『よくないよ!? 』


 よくないからね!



 リビングの掃き出し窓を解放し、エアコン網戸を通した涼やかな風と、シャワシャワと鳴き続ける合成セミの音楽を背景に、私達は円座になって会議中なのです、すでに朝ご飯は済ませており……あのね、馬鹿みたいな話なんだけどね、えぇ、二人で作りましたとも。正直楽でした、だって私が二人だよ? 完璧なコンビネーションですわ、一糸乱れぬ統制でございますことよ……でも、役割り分担が可能だと言うことはね、それってつまり、目の前の私は、私の動きを真似てるだけのコピー人形なんかじゃなく、確かな自我を持った存在であり、まさしく『もう一人の私』なのです……なんだこれ、本気で分かんないから何度も言うけどね、なんだこれ。


「僕の結界に反応しなかったという事は、少なくとも敵意を持って侵入してきた訳では無いですね、ですが、せんぱいも気付かなかったのですから、これはかなり高度な隠形を遣ったのか、もしくは」


「……この場で、昨夜のうちに自然発生したものだと、シャーリーさんはそうおっしゃるのですか? 」


 うぐ、なんかそう言われると微妙なんですが、わたしゃハエの幼虫か、いつのまにか現れるんか、というか目の前に自分が居るのって、なんかすごい居心地悪いね……でも、よく見たら意外と可愛いかもしれないね、美少女だよ、はいすんまへん、調子に乗りました……うぅん、この子が偽物なのは間違いないんだけどなぁ……でも、相手も自分が本物だと主張してるし、うぐぐ、映画だとよくあるパターンなんだけど、彼女はかなりクオリティが高いのか、色違いの目印もついていないのです、裸に剥かれてシャーリーくんに呪術走査までされたのに、全然まったく分からないらしいのです。


「それはあり得ません、偽物を創り出すのにも芯は必要なのです、肉の身体と魂が必要です……こちらの方が可能性としては高いですかね、サクラ先輩にあらかじめ変化して、この家に入り込んだのでしょう、遺伝子が一致しているなら防御機構もすり抜けられますし、せんぱいも違和感を覚えないでしょう……とはいえ、サーラならば、それらも問題なく可能なのかもしれませんが……ですが、儀式の最中にサクラ先輩の分身を創り出すなど、それこそ無駄です、意味がありません」


 まぁね、確かにね、今さら爪切るのは無意味だよね、私を消したいはずだもんね、増やす訳がないよね……でも、だったら、これはやはり私を暗殺……いや、それならもうやってるか? 寝てる間にチャンスあったもんね、うぅん、わかんないなぁ。


「でしたら、やはり何者かが先端呪術で……しかし分かりませんわ、これ程に精巧な……瓜二つ……見た目はおろか声も肌触りも、匂いも味も、癖や仕草や呼吸のタイミング、リップシンクの粘り気、行動パターン、牛丼の味付け、歩幅、秒間瞬きの回数、脈拍、皮膚常在菌、虹彩、睫毛の数まで、全てサクラさんと同じ……あぁ、すてき」


『しばくよ』


 はいこわい、こわいからね、過去最高記録の更新だよ? ダブルエクスカリバー炸裂やぞ? ……でも、あのハナコさんにまで見分けがつかないなんて……うぬぬ、しかし、それでもロボ君なら、ロボ君ならば、なんとかしてくれるはず、彼氏なら、可愛い彼女を見間違うわけないもん……ね? そうだよね、そうだと言ってよロボ君や。


「……先端呪術で化けるにしても、ここまでやるには魂を寄せる必要があるはずだ、どこかで遺伝子情報も抜き取ってるな……間違いなく、サクラと面識がある奴の仕業だ」


「ですね、かなりの遣い手ではありますが、それでも、ここまでしたならもう長くはありません、自分の魂を食わせたのでしょう、二日と持たずに崩壊します」


「そんな、どうしてそこまで……」


 ん? あれ、いまのどっちだ? 私が言ったの? いや、言ってないぞ、私言ってない。


「さてね、ただ、夜のうちにサクラを殺さなかったのは、俺に止められるからだろう、殺意を発した瞬間に吹き飛ばされるだろうことも、理解してたようだな」


「なるほど、ならば、辛島さまの実力も知っている……」


「華村先輩、念のため言っておきますが、僕じゃありませんよ」


 いたく真面目な顔つきで言うシャーリーくんだったのですが、ハナコさんの方はしかし、くすくすと笑い始めるのです、あはは、流石のシャーリーくんも、少し焦っちゃったのかな? でも、ここまできて疑う訳ないよ、仲間だもんね……でも、だったら犯人は誰だろう、敵さんの狙いは何だろう? 混戦になってから、ロボ君達の目の届かない瞬間を狙ってるのか……うーん、遺伝子情報を抜き取られてたなら、私に直接接触したことがあって、ロボ君の事も良く知っていて、なおかつ腕の立つ……先端呪術の遣い手、かぁ……もしも生きてたなら、ケン先生が怪しかったんだけど……他に……あ、そうか。


『イムエ、さんだ』


 今度の声は、重なりました。




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