デートに行くぞ
結局、次の日はお休みしました。だってね、もうね、流石に疲れちゃったよ、だから、ふっかふかのベッドで私が目を覚ましたのは、時計の針が二本とも、真上にそそり立った頃だったのでした。
ぐぅぅ。
「うふ、おはようございますサクラさん、もうお昼の用意は出来ておりますわ」
卑しくも、空腹にて覚醒した私の視界いっぱいに、超絶美少女の画像が映り込みます。優しくオデコを撫でられると、なんだか、もう一度眠ってしまいそうな心地良さ、うぅん、もうすこし……あと五時間……ん?
いやいや怖いな! なんだよ、いつから見てたの? ずっと? ずっとなの? まさかね、たまたま起こしに来たところだよね、もう、ハナコったら、うっかり八丁堀なんだから。
「お、おはよう、ハナコさん、えと……辛島、くんは? 」
そうなのだ、ロボ君の姿が見えない、あの野郎、わたしを守るなんてドキドキワードをねじ込んでくるクセに、警備が甘いではないか、こんな危険人物の侵入を許すなんて、王子さま失格だぞ。しかし、私の口から出た名前を聞いて、ハナコさんの機嫌は、あからさまに悪くなるのです、もう、いい加減に仲良くしてよ、野獣どうし相性は良いはずでしょう。
「ふん、あの方ならば、もう昼食をとられてますわ、はしたない、サクラさんが起きるまで待てないなんて」
なんだと、急がねば、食べるとこ見た事は無いけど、おそらくロボ君は大食いだろう、下手をすれば、私の分まで食べ尽くしてしまいかねないのだ、ハナコさんちのご飯は高級に違いない、たとえ一品でも味わい損ねるなどと、悔しさのあまり、夢に出てお布団かじる羽目になってしまうのだ。
「わ、わたしも、食べたい、お腹すいたよ、ハナコさん」
「あら、うふふ……大丈夫ですわ、サクラさんの分は別に取り分けてありますからね、先に着替えてからにしましょう」
もちゃもちゃと布団から這い出し、私は慌ててパジャマを脱ぎ捨てる、すこしお行儀は悪いのだが、一度空腹を意識してしまうと、どうにも我慢できないのだ、仕方ないよね、だって食べ盛りだもん。しかし、よくよく考えてみたら、なんでこのパジャマ、私のサイズにぴったりなんだろう……いや、よそう、ハナコさん程のお嬢様ならば、友人知人は数知れず、突然の来客など日常茶飯事のはずなのだ、あらゆるサイズのお召し物、常備して然るべきなのだ、うん、だから、着替えは手伝わなくて良いからね、触るんじゃないよ、見るのもダメ。
「やっと起きたか、早く食えよ、行きたい所がある」
はい、朝から頭きた、なにこいつ、おはようの挨拶が先だろう、一からか、イチから常識というものを教えなければならないのか、おのれ、山出しの野蛮人め、まぁいい、見ていろ、私がお手本を見せてやる、優美で典雅やぞ。
「お、おはっ、おはよ、う、からっ、から」
はい、無理。
ぐわー、気にしないように言い聞かせてはいたのだが、これは無理、だめ、恥ずかしい。なんだよ、私がヘタレだとは説明したはずだぞ、仕方ないやろ、マッパやぞ、見られたんだぞ、乙女の柔肌を! 余すところなく! ……あ、いかん、ヤバい、顔面があり得ない発熱を、深呼吸、深呼吸して、考えるな、さり気なく着席して、さり気なくお水を飲むんだ、クールダウンしなきゃ。
ごくり。
「ああ、おはよう、今日も可愛いな」
ぶぅっふゥーッ!!
な、ななな、なな、ななな。
「な、ななな、なな、ななな」
お、おおう、シンクロした、なんか感動……いやいや、いやいやいや。
いやいやいやいや! なんやこいつ! なんっやコイツ!!なんて言った? いま、なんて? おかしいでしょ、ロボ君そんなキャラじゃなかったよね? さては双子の弟か、生き別れの! あ、ほら、隣でハナコさんがすんごい顔になってるから、謝って! とりあえず皆んなに謝って!!
「辛島……さま? いま、なんと? 」
うわぁ、もうなんかカマキリみたいな形相になってるよ、まさにハナカマキリだね、キチキチ言ってるし、歯ぎしりかな? こわいね。
「そうだ、華村にも頼みがある、協力すると言ったなら、尽力しろよ」
「……ええ、それは勿論ですわ……騎士として、最期の頼みごとくらい、慈悲をもって、聞いて差し上げますことよ? 」
うわぁ、殺気に満ちてるなぁ、なんか、おかげで落ち着いちゃった、あ、ハム美味し、合成肉じゃないんだね、久し振りに食べたよ。
「剣を遣いたい、俺の限定を解除しろ、華村なら出来るだろう」
「っ、それは……」
おや、なんでさ、ハナコさんが困ってる、騎士なら剣くらい使うでしょ? あ、そうか、そういや敗残兵がどうとか言ってたな、ロボ君も天領出身なんだね、衛星凍結されてるのかな。
「出来ないならば、それでも構わないが……その場合は強引に抜くぞ? 目視の居合抜きだからな、何百人巻き込まれても責任は持てない、俺の知ったことか」
「……分かりました、私の権限で長級刀まで……」
「弩級刀だ、俺は、それしか持っていない」
「どっ、きゅう!?」
わーい、物騒だ。戦争でもする気なのかな? というか持ってるの? すごいなぁ、見たことないや、ばーちゃんはいつも素手だったし。
「……サクラさんが狙われている、という話が本当ならば、次は、あの二人よりも格上の戦者か……騎士の投入も、ある、という事ですか」
「さぁな、俺はこいつを守るだけだ」
ひぃ、何かの間違いであってください、お願いします、わたし、なんにも悪いことしてないよ? ……してないよね?
「……辛島さま、貴方は、誰の命にて、動いていらっしゃるのですか? 」
「誰も、これは俺の個人的な働きだ、彼氏が彼女を守るのは当然だろう」
……聞こえない、聞こえないよ、そんなんでキュンとくるわけないじゃん、あたしゃ、そんなにチョロくくないんだからね、ご飯おいしい、ご飯おいしい。
「……分かりました、しかし、鍵はサクラさんに預けます、サクラさんの身に危険が及んだ場合にのみ、抜刀線固定光を打ち上げる、それで構いませんね? 」
「ああ、それで構わない」
ハナコさんは、なんとも苦々しげに、形良い眉を寄せ、ナイフとフォークを皿に置きました。あのね、この二人ね、さっきからね、話しながらモリモリ食べてたの、真面目な顔つきで、パックパク食べてんの、なんか笑っちゃうよね、ご飯おいしい。
「サクラさん、これを……わたくしの抜刀機ですわ、後で辛島さまに刀の登録と、使い方の説明を受けてくださいね」
ふわり、と柔らかな灰金髪をかき上げ、ハナコさんが首飾りを外しました、ちらりと見えた白いうなじに、思わず、ドキッとしちゃうよ、ううん、色っぽいなぁ……私も後でやってみよう。受け取った首飾りには、紅い石が嵌っていました、確か、これに刀の鍛刀番号と持ち主の遺伝子情報を入力して……使う時は、握ったらいいんだっけ? まぁいいや、あとで聞いとこう、とりあえずご飯が美味しいから、それでいいのです、しあわせ。
なにやら必要以上に時間をかけて、ハナコさんが首飾りを着けてくれたのですが、うぅん、意外と嬉しいかも、アクセなんて初めてだし、彼女の趣味なのかな、可愛らしいデザインだし……でも、細い金鎖の割に、重たいのが気になるけどね、なんか肩こりそう。でも、乙女だからね、やっぱりね、綺麗に飾りたいのだ、ありがとハナコさん、なんだかよく分からないけど、私の為に色々として貰ってるのは分かるよ、何か恩返ししたいなぁ。
そんな感じの事を、たどたどしくも伝えたところ、彼女はひどく喜んだようで、椅子をぴったり寄せて、アーンを要求してきたのです、アーンですよ、アーン。しかし、初アーンが女の子相手というのもどうかと思うのだが、まぁ、これも恩返しの一環だと思えば、私も喜んでアンアン言わせてやろうかという気持ちにもなろうかというものですわ。
ほぉら、口開けろよ、このいやしんぼめ。
とはいえ、朝から、いや昼からか、なんとも濃い事態ではあるでしょうか、起き抜けに爆弾発言も聞いた事だし、なんか今日も疲れる日になる予感がするよ、はぁ。……そういえば、さっきロボ君が、行きたいとこあるとか言ってたな、なんだろ、買い物かな、おいおい、まさかおデートですか? 早いですわ、わたくしはガードが固いのでございますわよ、もっと段階を踏んでからお誘いくださいませのことよ。
なんてね、知ってる、どうせ物騒なお店とかでしょ?
「あ、あの、あの、辛島くん、さっき、行きたいところって……」
「ん? ああ、そうだな」
てか、よく食べるよね、やっぱり騎士だから? ハナコさんも大概だし……いや、しかし、意外と言っては失礼なのかもしれないけど、ロボ君って、なんかテーブルマナーはしっかりしてるよね、私はよく知らないけど、なんか慣れてるというか……おのれ、山出しは私の方でしたか、すんません、田舎モンですんまへん。
「はい、サクラさん、お返しですわ……うふふ、はい、あーん」
にっこにこのハナコさんは、スプーンで掬った海老風味のプティングを私の前に差し出してくる。うわぁ、すっごい良い笑顔だ、輝くようですよ、これで息づかいが荒くなければ、惚れてるまであったよ、不覚にも。
なんとなく照れながら、私も、逆初アーンに挑戦するのです。
ぱくり。
あ、美味し、滑らかで、ふわっと溶けて、なんだろ、茶碗蒸しっぽい味がするよ、私、これ好き、しあわせ。
「デートに行くぞ」
ぶぅっふゥーッ!!
海老風味の茶碗蒸しっぽい何かは、ハナコさんの顔面に張り付きました。
でも、彼女はなんとなくしあわせそうだったので、私は放置する事に決めました。
……んで、いま、なんて?
なんて!?