あれは裏切りますね
「我々は、戦う所存である」
目を閉じて鼻から息を抜き、ビッ毛のおじさまは、ゆっくりとそう宣言しました。その表情からは確かに、彼の揺るぎない意志を感じとることもできたのですが……でも、どうなんだろう? 戦うって言ったって……ねぇ? 大丈夫なの? それにさ、そもそもが。
「戦うといわれましても、団長、天帝の強制力は恐るべきものですわ……わたくしも体験したのです、承知しております……あれは、生半な事では抵抗できませんわ」
音ひとつ立てず優雅に紅茶を啜り、ハナコさんがカップの紅い水面に目を落とす。うん、そうだね、私も未だに信じられないよ、吸血鬼や死体まで土下座させるんだもんね、ハナコさんが復帰できたのは奇跡だよ、でも、なんとなく怖いから少しだけ自重してくださいね……そういや私はともかく、なんでロボ君やシャーリー君は平気だったのだろう? 単純に精神力? それとも、おばあちゃんが言ってた『別の力』とやらなんだろうか。
「うむ、しかしな、我らにとて意地はある、騎士の誇りと、矜持があるのだ……突然現れた天帝などに、祖国を捨てて仕える事は、やはりな、出来ぬのである……例えそれが、亡国であったとて、な……しかし皮肉であるなぁ、宿敵たる天領騎士と、今は立場が入れ替わってしまった」
むはは、と笑うおじさまには、いつもの太々しさが、少しばかり足りないようで……まぁね、戦が始まる前から、ずっとテンプル騎士だったんだろうしね、いきなりこんな事になっちゃって、やっぱり寂しいって気持ちもあるだろうし……家族とか、居るのかなぁ……心配だろうなぁ。
「なれば、なにか掲げる御旗のひとつも欲しいところであるのだが……さすれば、気合も違うであろう? あの怪しげな術にも抵抗できるやも知れん」
「……爪の垢を掲げても、士気は上がらんぞ? 」
「なんやと」
おいこら、なんとなく言わんとすることは理解できたぞ、いや、もちろん神輿に乗るつもりはありませんけどね? でもね、ちょいちょいディスってくるよね、ロボ君はさぁ、仮にも自分の彼女をさぁ……なんなの、照れ隠しなの? 言っとくけどね、それが通じる人なんて居ないよ、なんとなく嫌な気分になるんだからね、積もり積もって離婚事由だよ、釣ったフィッシュにもちゃんと餌は与えるべきなんだからね、その辺りをよーっく考えてから発言する事をお勧めするよ、ふんだ。
「サクラは、俺専用だからな」
……ぐゅぅ。
「むはは、若いであるな……しかし、彼奴らに対抗する為とはいえ、西京騎士が天帝を奉ずる訳にもいくまい……なので、どうだ華村よ、いまさら議会を気にすることも無いのだ……100年ぶりに『花の王』でも名乗ってみるか? 」
「……そうですね……それも良いかもしれませんわ」
「ほう? 少々意外であるな、いや、半分以上は冗談であったのだが」
そうだね、意外だよ、もちろん意味はよくわかんないけど意外だよ、ハナコさんってば、そういったことに興味なさそうだったもんね……んで、シャーリーくん、ロードなんとかって何?
「西京がまだ戦国期だった頃の王様ですよ、今の御三家が最後に残った三国です、100年前に西京連邦という形で終戦した……サクラ先輩、ちゃんと授業、受けてましたか? 」
「い、いたい、いふぁい、ごめんなひゃい」
だからなんで抓るのよ、私は東京育ちなんだから仕方ないじゃない、はい嘘です、真面目に勉強してなかっただけですごめんなさい、ほっぺた取れるからやめてください……うぬぬ、なんかさり気なく隣に座るから、デレデレだなこいつめ、可愛い奴めと思ってたのに……まさか、この為に? 最初からツッコミが目的だったと? ……シャーリー、恐ろしい子……うぅん、でも、そうか、ハナコさんってば、世が世ならお姫様だったんだね、なんか憧れちゃうなぁ、ドレスとか似合いそうだよね、ぼいんぼいんだし。
「これから死のうというのです、わずかなりとも拠り所になるのであれば、なんだって構いませんわ……私は、サクラさんを無事にお届けできれば、それだけで充分ですもの……皆さま方には捨て石になって頂きます」
「ぐっ、ははは、なんと、新しい主人は冷酷非道であるか……だが、それで良い……天帝の居場所は聖十字学園、そこまでの露払いは我等が請け負おう、本物のテンプル騎士がどちらであるか、奴らには教えてやらねばなるまいし、な」
ばりばり、と煎餅を丸齧りに、ビッ毛のおじさまは立ち上がる。心なしか、目の光が強くなったような気もするよ……ううん、これは責任重大だ、サーラを止めるつもりではあるんだけど、正直ノープランなんだしね、そもそも、私が彼女に会ったところで、何が出来るって訳でもないんだけれど……でも、やらなきゃ何も変わらない、昨日みんなで決めた事なんだ……やるぞ私は、あんなちんちくりん、ひっぱたいて説教してやる! エクスカリバーだ!
「うほん……では陛下、明朝お迎えに上がります、それまではどうぞ、ごゆるりと」
「よしなに、取り計らえ」
ひとつ咳払い、少しばかり大袈裟に、おじさまはうやうやしく頭を下げる……でも、顔は笑ってるね、ハナコさんもね、ふふ、なんか可笑しいの。
「ち、ちゃんと話し合いできた、ね、良かったね」
立ち去る二人の背中を見つめ、私はすとんと胸を撫で下ろす……はいはい、うるさいよ、ストン系女子の佐倉サクラですぅ、ぴーすぴーす。でも、ほんとに良かったよ、なんだか、なんとかなりそうな気もしてきたよ……ふふ、シャーリーくんの予想も外れちゃったね、ざまぁないね、あ、いたた、やめてやめて、心を読まないで。
「ええ、そうですわね、これもサクラさんのおかげですわ……正直、最初はわたくしも、信じるつもりなどありませんでしたが……ねぇ、辛島さま」
広がったもこたんを畳みながら、くすりと笑うハナコさんは、再び夏の陽光に照らされ、まさに輝かんばかりの美少女っぷりなのです……うぅん、お姫様だなぁ……可憐だよ、おいこらロボ君、見とれてんじゃ……ん? どったの? 難しい顔しちゃって、あ、さては頭がオーバーヒートしたのか、まぁ仕方ないよね、私だってモクモクしてるもん、カロリー消費しすぎたよ、お昼は何食べよっか。
「あいつ、最後まで喋らなかったな」
あいつ? あいつってーと、誰? ……あぁ、ひょっとして栗原さん? そういや、全然存在感が無かったね、でも、それは仕方ないんじゃないの? 色々あったしさ、彼女だって考えてるよ、たまには大人しくしてることくらい……あるのかな?
なんだろう、そう言われてみれば、なんか変な感じも……最初に剣を抜きかけてたし、元気がない訳じゃないと思うんだけど……ちょっと、もう、変なこと言わないでよ、なんか気になるじゃん、せっかく良い気分で締められると思ってたのに、なんか急に不安になってきたよぅ。
「……考え過ぎ、だと思う、けどなぁ」
「あれは裏切りますね」
おいこらシャーリー! 変なこと言うな、やめてよ、立ったらどうすんのよ、御旗にょっきにょきやぞ。
……やめてよぅ。




