終わるってのは、そういうことだ
「やぁやぁ、みな壮健であるな、善哉である」
シャーリーくんの予測通りに現れたビッ毛のおじさまは、先日と変わらぬ和かさであり、私は、本当にただの挨拶ではないのかと、一瞬だけ安堵したのですが……でもねぇ、格好がねぇ……ほんと、完全武装だよ、カッチカチやん、テッカテカだよ、テンプル騎士用のプロテクターかな? 超高硬度発泡樹脂の白い鎧は、照り返しを防ぐ為にかマットな仕上がりにて、その威容を私達の前に晒していたのです。
「とりあえず話は聞くが、そこから先には入るんじゃないぞ……一歩でも踏み込めば、首をもぐ」
あのね、ロボ君や、前にも言ったと思うけど『もぐ』ってなんなのさ、ちょっと生々しいからやめてください、可愛い彼女からのお願いだよ、あと、思ってただけで口に出してはなかったね、ごめんねごめんね。
「なんと、茶の一杯も出さぬつもりか? いかんな、いかんぞ、若いからと礼儀を疎かにしては、将来に差し支える、いや、年寄りの繰り言と聞き流すなかれ、それがしはな、そこもとの為を思えばこそ、こうして苦言を呈しておるのだ、後進の育成にも余念の無い男、ビッケ=パイパンである」
「うるさいよ」
相変わらずうるさいよ、でも、その人数はウチに入らないからね? 何人居るのさ、みんなテンプル騎士さんなの? ……あ、ひょっとしてダゲスの手下? なんとなく見覚えのある顔もちらほらと。
我が家に訪れたテンプル騎士の一団は、ビッ毛のおじさまに栗原さん、お付きの女性騎士がひとりに、テンプル騎士が六人ほど。皆がみな、白い戦闘鎧に身を包み、腰には揃いの長剣を……ん? んん? あれ、なんで佩刀してんの? まさかもう抜刀して……いや、そんな筈ないか、手を放したらお空に飛んでっちゃうもんね、なんだろう、これがテンプル騎士の正装とかなんだろうか。
「ともかく、我々は話がしたいのだ、今のところ戦闘の意思はない……む、しかし確かに、この人数は少々威圧的か……麻里恵、他の者と下がっておれ、そうさな、1キロほどで良いか」
振り返って指示を出すおじさまに、お付きの女性が頭を下げる……あ、ほんとに物騒なことは無いのかな? みんな帰っていくよ……残ったのはビッ毛おじさまと栗原さんだけか、まぁ、この二人だけなら、多少は安心かな? 昨日も最後まで味方してくれてたし……うん、良かった、これでなんとか穏便に済ませられるかも。
「おい、止まれ、中に入れるとは言ってないぞ、そこで話せ……お前らは、いつまた土下座を始めるか、知れたものじゃないんだからな」
だから! 言い方ァ! おいこらロボ君、お前はいつもいつも、いい加減にしなさい、お母さん怒るよ、いくら信用できないからって、こっちが喧嘩腰になることないでしょ、はいはい、やめやめ、栗原さんも剣を抜かない! ハウスハウス……もう、お話くらい、ちゃんと聞いてあげてもいいじゃない。もういいです、間をとってお庭で話します! はい決定、もこたん、テーブル出しといて、私はお茶の用意してくるから。
「どうせ碌な話じゃないんだ、まともに聞く必要もないだろうに」
「いいから、もこたんの手伝いしなさい」
「ぬはは、さしもの黒猫殿も、おなごには勝てぬか、尻に敷かれて形無しであるな……ぬ? さては騎乗後であったか、調教済みか、佐倉くんもなかなかやるな」
「うるさいよ! 」
ほんとにうるさいな! このセクハラおやじ! 熱湯こぶ茶出してやろうか! いいから座って待ってなさい。
展開式のガーデンテーブルにベンチを二つ、短辺にはチェアが二つ、私達6人は、瞬間発酵の紅茶とお煎餅を囲み、ちょっとしたお茶会を開くことにしたのです……仕方ないだろ、お煎餅好きなんだから……ちなみに、足を伸ばしたもこたんが、薄く広がってシェードになってくれてるよ、可愛いでしょ? 彼女は万能なのだ、まさに一家に一匹だよね。
「まぁ、とりあえず話は聞くが……そんな格好してるんだ、一戦交えるつもりではあるんだろう? どちらを相手取る気なのかは知らんが……どちらにせよ、死ぬ事になるぞ」
「むは、そう結論を急ぐでない、この格好は、ただの意思表示よ……不退転の決意である」
だから、なんでそんなにピリピリしてんのさ、今日のロボ君は少しおかしいよ、いくらなんでも……あ……もしかして。
(……やっと気付きましたか? サクラ先輩は馬鹿なんですから、余計な口出しをしないでくださいね、折角、間合いを取っていたのに)
そ、そうか、ロボ君には余裕が無いのだ、剣姫さん以外なら問題ないとは言ってだけれど、戦えば以前より苦しいことも、また事実であったのだ……そうだよ、それに、こんなに近付かれたら、私を守る事だって難しくなっちゃうんだ……あぁ、なんて馬鹿なんだろ、私、また足を引っ張ってるよ。
「……このように想定外の事態である、それがしも直ぐにバランタインに連絡を入れたのだがな……つながらぬのだ」
「そ、それは、ダゲ……ダレンスバランとかいう騎士が、その、反乱とか、起こしたせいですか? 」
こうなったら、ちゃんと聞こう、そしてきちんと考えるのだ、馬鹿な私なりに、ちゃんと判断してみせる、いつも迷惑かけてる分、自分の出来る事はやってみせなくちゃ。でも、やっぱり、議長さんは殺されてしまったのだろうか……ううん、私には関係ない人っぽくはあるのだけど、いくら本体はウォーレン先輩だと言われても、お父さんカッコカリ疑惑もあった人なのだ、なんだかこう、微妙な気持ちになるね。
「ダレンスか……いや、今となっては些事に過ぎぬな……佐倉くん、連絡がとれぬのは、なにも議長ばかりではない、超電磁通信、海底連絡線、抜刀衛星経由、合成ジェット鳩、全て試した……しかし、全てが不通であった、西京の全て、この島の外すべて、一切であるのだ……」
「まさか、そんな? 」
怪訝な表情のハナコさんは、端末を取り出して何事か操作していたのですが、直ぐにその顔が強張ってしまうのです……う、なんだろう、すっごい嫌な予感がするよ。
「……駄目です、実家にも、共用空間にも……この島以外のあらゆる連絡網が、完全に断絶しています……抜刀機まで、起動しない」
なにそれ、完全に孤立してるってこと? この島が? た、確かに学園島は元々独立性の高い場所だけど……これは一体、何が起こってるんだろう? あとハナコさん、ひょっとしていま抜刀した? 怖いから、そーゆー事するのは、なにか言ってからにしてください。
「我々も直ぐに動いた、環状山脈を越え、直接に西京へ向かったのであるが……佐倉くん、そこで、何を見たと思う? 」
「……祈りの塔、ですか」
「知っているのか、シャーリーくん……あ、いたた、やめ、やめて、まだ完全に繋がってないから! くび取れちゃうから、リアルに世界と断絶しちゃうから! 」
うぐぅ……緊張をほぐすためだと思って……よかれと思ってやったのに……酷いと思い……あ、すいません、酷くないです、完全に私が悪いです、ごめんねごめんね。
「むう、祈りの塔とは、気が利いておるな……いや、確かに塔であるか……佐倉くん、現在この学園島はな、大気圏外にあるのだ」
「ふぇ? ……大気圏って、あの、大気圏ですか? 」
うむ、と大きく頷くおじさまは、至って真剣な様子なのです、これは、いつもの冗談とも思えないよ……で、でも、おかしいよ? そんな事があり得るの? 信じらんないよ、だってさ、私、ちっとも揺れた記憶ないよ? そんな高さまで島ごと移動したなら、かなり揺れるんじゃない? というか、そもそも、ぜんぜん息苦しくないし、空だって普通だし、雲あるし、お日様だって昨日と変わんないよ? おかしくない?
「……まぁ、当然であるな、それがしもな、我が目で見ても未だに信じられぬ……環状山脈の真下には、土くれの壁が伸びるばかり、大地は遥か遠くありて、故郷の形すら覚束ぬ」
なにそれ、なんだそれ、一体なにが起こってるんだろう……もしかして、サーラが『儀式』とやらを始めてしまったのだろうか? ね、ねぇ、どうなのシャーリーくん、その辺り詳しいんでしょ? なんか知ってるっぽいじゃん、教えてください。
「祈りの塔は、神が最初に作った大地だとか言われてますね、僕もそこまで詳しくはありませんが、ひょっとしたら、塔が伸びたのではなく、星が縮んでいるのかもしれません……こうなると学園島がここに造られたのは、最初から計画されたもの、作為的なものだったのでしょうね」
え、なにそれ、縮んじゃったの? え、え? それってどうなの? 外の人はどうなるの? 西京も、天領も、東京だって。
「サクラ、今は気にするな、サーラは世界を作り直すつもりなんだろう、作り直す為には、今あるものを壊さなきゃならない」
そ、それは、そうだろうけど……いや、そうだけども! そんな簡単に? いやいや、おかしいでしょ! そんなのあり得ない、気にするよ! 覚悟がどうこうって話じゃないよ、そんなの、そんなのって。
「終わるってのは、そういうことだ」
……そんな、簡単に言わないでよぅ。




