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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
最終章
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サクラを守るだけなら、時間は充分に残ってる

 こちこちと、相変わらずに電磁時計は一定のリズムを刻み続ける。うにゅ……いま、何時くらいだろう、なんだか目が覚めちゃったよ……人間、疲れ過ぎると眠れないとはいうけれど、確かに最近、ハードに過ぎる生活を送り続けていたもんね……いまもぐっすりぐっすりの怪獣たちとは造りが違うのだ……んん? なんで、ハナコさん簀巻きにされてんだろう? あ、いや、思い出した、思い出さなくて良いということを思い出したよ、まったく、全身穴だらけになってたはずなのに、なんでこんなに元気なんだろう……ひょっとして、シャーリーくんよりタフなんじゃないの?


「……あれ、ロボ君、いない」


 六畳の部屋には、お布団が三つ敷かれていたのですが、私を中心にして出口側、ロボ君が眠っているはずの寝床には、枕がわりのもこたんが、すぴすぴと寝息をたてるばかりなのです……なんだろ、おトイレかな? ……なんか、私もお腹すいてきた……うむむ、まさか空腹で目が覚めたのか? はは、いやいや、まさかね、まさかまさか、いくら腸内膨張流動食しか食べてないからって、まさかね、そんなことないよ、こちとら花の女子高生やぞ。


「冷蔵庫、なんかあったかな」


 同じ布団に眠るシャーリーくんに触れないように、そっと身体を横にずらし、私はゆっくりと、注意しながら上半身を持ち上げる……もう、ほとんどくっ付いてはいるはずだけどね、なんとなく気持ち悪いからね、首無し騎士のお話は、おばあちゃんに聞いた事あるけど、あれってご飯どうやって食べてるんだろね、仲間にはなりたくないよ。


 かさこそ、と微かな音がした。キッチンにて大型冷蔵庫の中を物色していた私は、合成セロリを齧りながら、なんとは無しにその音のする方へ移動したのですが……あれ? これってロボ君の部屋から……珍しいね、自分の部屋には着替えくらいしか置いてないのに……トイレじゃなかったのか、何してるんだろう?


 ぺたぺた。


 ……いや、ちょっと待てよ。よく考えたらちょっと待て、ドアの前まで来ておいてから言うのもあれだけど、これ、あれなんじゃないかな……そ、そうだよね、ロボ君にだって、プライベートな時間は必要だもんね、お年頃だよ、ただでさえ美少女三人とひとつ屋根の下、はいごめんなさい、調子に乗ってました、言い過ぎました、美少女二人とちんちくりんですわ……ちんちくりんの方が彼女ですけどね! ごめんなさいね! でも、思い出すならハナコさんの方がいいよね! はい、退散します、あとはごゆっくり。


 がちゃり。


「どうした、腹が減ってつまみ食いか? 」


「うひょい」


 ほわっ! び、びっくりした、あ、いや、ごめんなさい、覗くつもりはなかったんだよ、ただ、何か音がしたなと……ご、ごめんね、邪魔しちゃったね? お母さん出てくからね、お部屋の掃除は留守の間にしとくからね、机の上に並べとくからね。


「……本当につまみ食いかよ、せめて流動食に……まったく、サクラは意地汚いな」


「なんやと」


 いや、確かにセロリ咥えてコリコリしてたらね、そう見えるかもしれないけどね? そこは小動物的な可愛らしさやろ、変換してください、補正してください、彼女は可愛いという前提あっての色眼鏡、今かけないでどうすんの。


「……そういや、俺も小腹がすいたな、一口くれよ」


「え、う、うん……もぐっ!? 」


 なっ、なな、なんでこっちに食い付くの! ちょっとロボ君、ふざけ過ぎでしょ、こないだから不意打ちが多いよ! いつも言ってるでしょ、もっとあれしてください! ムードとか! 言ってないけど。


「暴れるなよ、首が取れるぞ? 諦めて大人しくしておけ」


「な、そんなの……ず、ずるい」


 ずるいよ、ずっこいよ、なにその微妙に逆らい難い理由、そんなの逃げられないじゃん……ロボルームに引き込まれた私は、抵抗もできずに眼を閉じるのです。支えるように後頭部に添えられた手の平と、水着のせいで直に伝わる彼の体温は、口内と素肌の両面から、私の脳回路を焼き焦がし、あっという間に、心を溶かしてしまうのです。


 抜けた膝はマリオネットのように笑い始め、私は彼にしがみ付く事も出来ずに、ずり落ちてしまった……しかし、それを許さぬロボ君は、空いた右手で私の腰を抱き上げ、ぱくぱくと喘ぐ私の口を塞ぎ、酸素の代わりに、再び熱を送り込んでくるのです。


 たぶん、今の私は宙に浮いてしまっているのだろう、だって、こんなにフワフワしてる、ぼんやりしてる……こんなにはっきりと、求められているのだ、明らかな意思表示なのだ、ニュースや噂話なんかで聞いた事はある、確かにある、大胆だなぁとか思った事もあるし、まだ早いのに、とか、色々とちゃんとしなよとか、そんな簡単に許しちゃって、責任取れるの? なんて思ったこともある……でも、ごめんなさい、これ無理、もう無理、だってロボ君、本気なんだもん……拒めるはず、ないじゃん、むりむり、だってもう、私の方が。


「ん……ロボくん、わ、わたし」


 頭の中は、真っ白になってしまった、なんにも考えられない、これ、完全に蕩けてしまってるよ……でも、こんな状態じゃ、なんの記憶にも残らないんじゃないの? 明日になったら、あれは夢だったんじゃないの? って心配になるかも……などと私は、そんなことだけを頭の隅っこで、最後にちらりと考えたのですが。


 どがん。


「……何度目か……これで何度目でしたか……ええ、ですが、何度でも申し上げますわ……それ以上を、許した覚えはない、と……」


 ハナコきたー!


「首が繋がれば、次は男と繋がろう、ですか……大したものですね……いやらしい……男を誑かす、淫売……ビッチ……白首(しらくび)女……」


 シャーリーもきたー!


 はい、そうですよね、気付かれますよね、頭ん中真っ白に飛んじゃってたから分かりませんでした、ごめんなさい、でも、あのまま最後までしちゃってたら、次の日に恥ずかしくて死んでたところなので、ある意味助かりました……ところで白首女ってなに?


「おしろいの事ですよ……ああ、今は包帯でまさに白首ですね……ねぇサクラ先輩、知ってますか? 首無し騎士って妖怪が、どうやって食事してるのか……せんぱい? 」


 ん? どしたのシャーリーくん、ロボ君がどうかしたの? というか気になるから、なんか気になるから、その食事方法を教えてください。


「辛島さま? どこかお具合が……ひどい汗ですわ」


 え? そ、そうなの? 全然気付かなかった……部屋も暗かったし……いや、それよりロボ君大丈夫? 寝る前までは元気そうだったのに、てか、調子悪いなら調子に乗らないでよ、ちゃんと言ってよ、もう、いつもそうなんだから。


「気にするな、アルタソの爪が残ってただけだ……もう抜いた、寝てれば治る」


「爪? 魂爪ですか? いつの間に……でも、せんぱいがそんなもの被弾する訳が……いえ、そうか、足の怪我のせいですね」


 つめ? どこかに刺さってたの? でも、外傷は無かったような気がするけど……身体を置いて、とか言ってたけど、あれのこと? 魂的になんか刺さってたの? ねぇ、それ、ほんとに大丈夫なの?


「……まさか、辛島さま」


 ハナコさんの声が震えていました。そして、それを聞いて私も気が付いた。


「成り行きだ、気にするな……問題ない、それに、前にも言っただろう」


 たぶんロボ君の怪我は、昨日の戦いのとき……ハナコさんを剣姫から庇ったときに負ったものなのだ。ロボ君は、ハナコさんに余計な気を遣わせたくなかったから、平気なフリをしていた……シャーリーくんはそれに気付いて誤魔化した……でも、察しの良すぎるハナコさんは、直ぐに理解してしまったのでしょう。


「サクラを守るだけなら、時間は充分に残ってる」


 ハナコさんは、青褪めた顔のまま、唇を噛んでいました。


 ですが、私は噛めません……さっきまでの、たった今までの、甘くて熱い感触が、じんわりと温かかった胸の奥が、その気持ちが、その全てが、消えて無くなってしまいそうだったから。




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