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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第4章
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おばぁちゃんが、大好きだから

「サクラ、そろそろ起きな……まったく、相変わらずに寝坊助だ」


 私は死にました……はい、それは間違いありません……だって、ここは天国だもん、ゆるゆると目を開いた先の視界には、懐かしくも見慣れた景色……煤けた粗末な板の天井と、同じ剛性杉の薄い板壁、六畳程の狭い部屋には、いつも二人で寝ていた大きなベッドに桐の箪笥、そして小さな鏡台と。


「うにゃ……おはよう、おばぁちゃん……」


「あれ、なぁに言ってんだい、もうとっくに日は暮れちまったよ……やれやれ、よっぽど疲れてたのかねぇ」


 うん、疲れたよ、とっても……疲れちゃった……もう、休んでもいいのかな? いいんだよね、だっておばぁちゃんも居るんだし、おウチもあるし、何も変わらないよ、元に戻っただけだもん、また、ふたりで一緒に暮らせるんだよね? そうだよね、おばぁちゃん。


「なんだいなんだい、今度は甘えん坊かい? あはは、しばらく振りなんだ、少しは大人になったかと期待してたのにさ……変わらないねぇサクラは……でも、よく頑張ったよ……アタシはちゃんと、見てたからね」


「っ、お、おば、おばぁちゃん……わた、たわしっ、おばっ、ぐひっ……ゔぅ、おばぁちゃん、おばぁちゃん! 」


 がっちりと、おばぁちゃんにしがみついて大号泣なのです、もうね、なんもかんも忘れたい、あれやこれや考えたくないよ……このまま、おばぁちゃんの温かさに包まれて、ふたりでずっと……あぁ、やっぱりあったかいなぁ……おばぁちゃんの手……まるでロボ君みたいな……そういえば彼も、私が泣いてるときには、よく頑張ったなって……ぎゅって、して……くれて……うぅ、なんで、わたし。


「……どうしたんだい? なにか言いたい事があるんだろ、ふふ、見れば分かるよ、今さら遠慮もいらないんだ、ばーちゃんに言ってみな」


「お、おばぁちゃん……わたし、ごめんなさい」


 ごめんなさい、ごめんなさいおばぁちゃん……やっと会えたのに……すっごく嬉しいはずなのに……私、寂しいと思ってる……もう、ロボ君に会えないのが、悲しいって思ってしまってる、ハナコさんの笑顔を見られないのが、シャーリーくんの声を聞けないのが、辛いって、思ってしまってる、おばぁちゃんが居るのに、みんなに逢いたいって願ってる……ごめんなさい。


「あっははは、なんだいそんな事、そんなの当たり前さね……むしろばーちゃんは嬉しいよ、それは、サクラにも大切な人が、たっくさん出来たって、事なんだからね」


 うん、ごめんなさい、ありがとう……でも、私はもう、あそこには帰れないよ……だって、私は。


 すぱん。


「うぴっ」


 な、なんだ、突然に顔面をサンドイッチされた! いや、これはあれだ、私が夜更かしして寝坊した朝の、地獄のフルコース!


「そぉい! 」


 ベッドでぐずる私を天井まで担ぎ上げ、そのまま大回転、ぐわー、や、やめろ、なんか久しぶりで懐かしくもあるけども! 回る、目が回るから、やめて、私はシーリングファンじゃないから、高級ホテルのリビングか!


「からのー」


 ぽーい、と私をベッドに放り投げると、仕上げはおばぁちゃん。パッシーン! と高らかな音を響かせ、お尻に強烈な一発をお見舞いしてくれるのです。


「ギャース! 」


「ワハハ、水着だから叩きやすいねぇ、いい仕事したよ」


 野郎、なんて非道な真似を! この鬼! 悪魔! 年甲斐もなくミニスカート! ……痛ったぁー!


 うぐぐ、二発目まで……相変わらずだ、相変わらずだよばーちゃん……というか、いま気付いたけど、なんで水着なんや、死んだ時の姿のままか、神さまサービス悪いな! 冬になったらどうすんのよ、でも、三途の川はさぞかし渡りやすかったでしょうね!


「でも、サクラはまだまだ、頑張りが足りてないよ、ここに来るのは、もう少し後でいい」


「ふぇ? 」


 え、だってさ、私は死んじゃったんだよ? 刺さったもん、シャーリーくんに刺されたもん、思いっきり……あ、よく考えたら刺されたんだった! おのれシャーリーめ、さっき会いたいとか思ったのは勘違いにします!


「ふふ、ようやく調子も戻ってきたじゃないか……それで良いんだよ、最後まで笑って生きるって、 約束しただろ? ……さ、アタシの話を聞いとくれ、時間もあんまり無いことだしね、甘えるのはまたの機会だよ……お互いに、さ」


「う、うん、よくわかんないけど、私って、まだ死んでないの? ひょっとして」


「そうだね、まぁ、確かに死んではいるんだけど……上手いこと『くっ付く』ように斬ってあるよ、ありゃ、アタシの技さ、どっち経由でコピーしたのかね? なかなか見事なもんさ、後で褒めてやんな」


 いや、褒めないよ? 褒めません、どこの世界に『うわー、上手に殺してくれたんだね、ありがとう! 』なんて言う奴が居るのかってことですわ、ないわー、むしろエクスカリバー案件やぞ、お目覚めからのいきなり折檻だからね。


「ふくく、まぁ好きにしなよ……ねぇサクラ、寂しい神様のお話を覚えてるかい? 」


 ん? 覚えてるよ、何回か聞いた気がするし、あの、友達居ない神さまの事でしょ……あぁっ! もしかしてあれか、ロボ君が言ってた爪切り神さまの事か……ひょっとして、そうか、あの手輿に乗ってたちんちくりんの巫女が、そうなのか。


「うはは、そうそう、そのちんちくりんだよ……その子はね、ただ、友達が欲しかっただけなんだよ……この世界に国を作って待っていたのさ、自分と同じように、行き場のない神様が、神の国を追われて宇宙を彷徨って、途方に暮れた時……そのときに、この世界に迎え入れてあげようと思っていたのさ」


 ううん、なんだか遠大な計画……いったい何十億年越しの神さまホイホイ……いや、それでも桁が足りないかも……確かに、ちょっと、いやかなり可哀想。


「でも、流石に待ちきれなくてねぇ……だから、なんとか自力で神様を作れないかと考えた……んで、生まれたのがばーちゃんだ」


「なんやと」


 なんやと! ばーちゃんは神さまだったのか? え、えらいこっちゃ、た、棚、棚を作って祀らなきゃ……いたっ。


「まだ、拝まれるほど歳はくってないよ、ほんの500歳さ……そう、アタシは、たったの500年しか生きられなかったんだ、寿命が来ちまった……まぁ、アタシは納得してたんだけどね……でも、あの子はそうもいかなかったみたいでさ、代わりの容れ物としてね、身体を複製して、ばーちゃんの魂を移そうとしたんだよ、もちろん断ったけどね……それがアルタソマイダスさ『剣姫』なんて呼ばれちゃって……まぁ、ばーちゃんは美人だからね」


「はい、ちょっと待って、追いつかなくなってきたよ」


「あれには気を付けな、アタシの技も完全にコピーしてある、まともにやりあったら勝ち目はないよ、まさに最強ってやつさ、ただね、ひとつだけね、付け入る隙があるとするなら……」


「おい聞けばーちゃん」


 相変わらずだ、相変わらずだよばーちゃん! 唯我独尊か、強引ぐマイウェイだよ、ちょっと整理させてよ、シャーリーくんじゃないけど、私は脳みその容量少ないんだからな!


「奴には心が無い、空っぽなのさ、所詮は人形だよ、剣に魂を込められる筈もない……」


 だから! おい、聞けってば、なに笑ってんだよ、さてはからかってるだろ! 齧るぞこのやろう、私にも少しは考えさせろ……でも、神さまの気持ち、少し分かるなぁ……寂しいから友達は欲しいのに、でも、人間はすぐに死んじゃうもの、仲良くなればなるほどに、辛い別れをする事になるんだ……それも、何度も何度も……何度も何度も繰り返して、そんなの、私だったら耐えられないよ。


「だからさ、辛島の坊主なら、可能性はあるんだよ」


「ん? ロボ君が? なんで? 」


 いや、確かにロボ君は超強いけど……さっき負けちゃって、いや、負けてはいないけど、なんかヤバそうだったよ? 怪我もしてるし……もう、剣も折れちゃったし、ばーちゃんの。


「あれはね、神様の作ったものじゃないんだ、あの子の知らない力が働いてる……まぁ、あの子は否定してたけど、頑固だからねぇ……ふふ、そんなところは、サクラと一緒だよ」


 くすくすと笑うおばぁちゃんは、とても優しい目をしていたのです、私に向けるのと、おんなじ目……なんか、ちょっと妬けちゃうなぁ。


「それを、分からせてやりたかった……もっと早くにね、気付いてやりたかった……でもね、私がそれに気付いたのは、もう、サクラが生まれてしまった後だったんだよ、それだけが……私の後悔さ」


 ため息をひとつ、視線を下げたおばぁちゃんでしたが、直ぐに私を見つめると、その温かい両腕で包み込んでくれたのです。


「まぁ、悪いことばかりでもないか、そのおかげで、こうしてサクラに逢えたんだからね……そうだねぇ、これが運命なんだろうねぇ……アタシみたいな化け物が、最後には人になれたんだ、いくら感謝しても足りないくらいか」


「おばぁちゃん……」


 うん、私も、感謝してる、爪を切ってくれて、ありがとうだよ……自分勝手な考えかも知れないけどね、素敵な人に、たくさん逢えたよ……おばぁちゃんの、孫になれたよ。


「……神様は、別にいるかも知れない、もう、すぐそこまで、来ているかも知れない……だけど、あの子はもう、この世界を作り変えるつもりなんだ……友達を作れないのは、自分が弱いから、世界が不完全だから……なら、弱い部分を切り捨てようと、強い自分だけで世界を作ろうと、そうすれば、完全な世界が作れると思ってる……サクラを切り捨てて、でも、自分で自分は殺せないから、だから、自分の子供に、親殺しをさせようとしてるんだよ……まったく、酷い話だね」


 うぐぐ……なんとか、なんとか理解出来たような、気も、しないこともない……でも、でもさ、それ、なんかおかしいよ? だって、強いとこも弱いとこも合わせて全部が自分でしょ? ほんとに爪なら良いかも知れないけど……切って捨てたのって、私だよね? 私、ここに居るよね? 考えてるし、(あし)じゃないよ、本体というか、あの巫女さんには……心とか、あるの? そんなんで世界とか作れるの? なんか、可愛げの無い生き物ばっかりになりそうなんだけど……もこたんとか生まれてきそうにないよ。


「だよねぇ……そこんとこが、あの子には分かってないんだよ……弱いものが不要とは限らないのにさ、サクラだって、ほら、こんなに可愛いじゃないか……馬鹿で頑固で生意気で、いつまでたってもおねしょが直らなくってもさ、ちゃんと生きてるんだ、一所懸命に、輝いてるよ」


「なおったよ! 」


 もうなおってるからね! 失礼なこと言うんじゃないよ! ……うるさいよ!寝てる間に漏らしたことはありません、だからセーフです、セーフ!


「でも、それでも、アタシはね、あの子も守ってやりたい……サクラと同じさ、おんなじくらいに愛してるんだ……だからこれは、ばーちゃんのお願いだよ、聞いてくれるかい? ばーちゃんの代わりに、サクラが、あの子を助けてくれないか」


「もちろん、だよ……だって」


 私は、力いっぱいに、おばぁちゃんを抱きしめた……だって、そろそろお別れだから、それが分かったから、おばぁちゃんが、寂しそうに笑うから。だけど、安心しておばぁちゃん、私があの子なら、あの子も私なんだもの、強い弱いは知らないけれど、ここだけは、おんなじなんだよ、それは分かってる。


「おばぁちゃんが、大好きだから」



 いってきます。




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