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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第4章
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……二言、同だぬき

「い、いやー! だーっ! 」


 はい嫌ですわ、てか嫌に決まってんだろ、突如として反旗を翻したシャーリーくんから、私は全力ダッシュで逃げ惑うのです、いや訂正、迷っては無いね、一直線だよ、ロボまっしぐらだよ。しかし、頼みの綱の我らが王子様は、焼けた砂浜にて折れた剣を握りしめ、震える膝は今にも崩れてしまいそう、まさに青息吐息といった有様なのです。


「ろ、ロボ君! だいじょうぶ? 」


「来るな、足が焼けるぞ、お前はシャーリーに……」


 言いかけたロボ君だったのですが、ガチビビリな私の引きつった表情と、背後から悠々と近づくシャーリーくんの姿を見て理解したのでしょう、おばあちゃんの形見ともいえる刀を放り投げ、未だ絶賛土下座中のハナコさんに近寄っていくのです……ちょっと、なんか扱いがぞんざいだよ? それ、おばあちゃんに貰ったんだよね? もう少し……うぐぐ、この状況でそんな事も言ってられないか……私はハナコさんの方へ移動するロボ君を追いかけ方向修正、しゅんしゅんと溶け始めた強化リゾート用合成樹脂製のビーチサンダルで駆けてゆくのです。


「なにやってる華村ァ! お前が(かしづ)くならサクラだろうが! それとも、お前のゴリラ愛はその程度のものか! 」


 だから、言い方! そしてぞんざい! アンド雑ゥ! おいこらロボ君、ハナコさんも大怪我してんだから、髪の毛引っ張ってんじゃないよ! 女の子やぞ! いちおうな、これでもな、あとゴリラ愛ってなんだ。


「……う、ぐ、さ……サクラさん……」


 土下座のなかにも、どこか気品溢れる見事な姿勢にて、ぷるぷると震えていたハナコさんは、焼けた地面から、ベリっと額を剥がし、一瞬だけ虚ろな視線をこちらに向けたのですが、何か強い力で、まるで見えない巨人に押え付けられたかのように、再び赤い岩浜にキスするのです、うわ、痛そう!


「は、ハナコさん! 」


「……ぐぅ、わ、わたくしは……ぎ、ギギギィッ! グゥ、ぐぅるるる! 」


 う、な、なんか獣じみた唸り声が……相変わらずに海の家の向こうからは、聖歌と音楽、そしてなにやら、大勢の人間と思われる足音までもが響いてきていたのですが。


「さぁ……っくらさぁぁあぁぁん! アァァッー! サクラさぁあぁぁん! ぅ、うごアァァッー! アアァァーッ! 」


 天に吠えるハナコさんの雄叫びは、びりびり、と大気を震わす程の大音声……彼女は、そのまま振り上げた拳を地面に叩きつけたのですが、右手が喪失しているために、バランスを崩して右肩から倒れ込むのです。


「うガァッ! ガッ! ガッ! ぐぅる、ギイッ! うごぅ……ふしゅっ、ふぅーっ、ふぅーっ」


「トカゲの類か」


 手負いのゴリラのごとく、ひとしきり暴れ転がり回ったハナコさんは、剣姫に千切られた自分の右腕を見つけると、それを切断面に押し付けていたのですが……あの、ちょっと、もしかして、くっついたの? ……うわぁ、びっくらこいた……いくらなんでもそれは無いよ、流石に人間……いや騎士か……騎士離れし過ぎだよ、まさかとは思うけど、眼の色が赤くなってたりしないよね? あとロボ君、トカゲだってしっぽ切れちゃったらくっつかないからね? 勘違いしないでね、トカゲさんに失礼だから。


「ふうっ、ふう……ふうぅー……」


「は、ハナコ、さん? えっと……大丈夫? なの? 」


 恐る恐る声をかけたのですが、胸に手をやりしばし深呼吸していた彼女は……うぬ、しかしでっかいなぁ、完全にめり込んでるよ……おのれ……というか土下座してた割には水着も焼けてないね、そうとう頑丈な素材使ってたんだね、ポロりの心配もなさそうだよ、健全だね……などと、心配のあまり思考の逃避していた私に向けて、ゆっくりと立ち上がったハナコさんは。


「あぁ、サクラさん、ご無事でしたか……良かった、少しばかり力が入り過ぎてしまいましたから、心配しておりましたの、本当に良かった……ですが、後は残敵の掃討を残すのみ、ご安心ください、すぐに片付けてまいりますわ、その後でお風呂にいたしましょう……うふふ、また一緒に」


「切り替えはやいね」


 ほんとに早いね、見事なワザだよ……もうなんとなく分かってきたけど、普段のお嬢さま的言葉遣いや、優美で典雅な立ち居振る舞いは、血の滲むような特訓の賜物なんだろうね、ちっちゃな頃は、かなりの腕白幼女だったんだろうね。


「その抑圧された破壊衝動や、自らの生まれに対する不満や怒り、久しく空席であった御三家たる華村本家筆頭騎士としての重圧、そしてその強さ故に誰からも距離を取られた寂しさなどが、いまは全てサクラ先輩に対する変態的欲求に転化されている、という訳でしょうね……いまの、吸血鬼化しても不思議では無かったんですが……なんでしょう、純粋なんでしょうか、良くも悪くも……でも、まぁ、仕方ありませんよ、こうなったのもサクラ先輩のせいですから、不用意に近づいた先輩が悪いんですから、馬鹿のくせに……いえ、馬鹿だからこそ、心安いのかも、しれませんけれどね」


「ひぃ」


 あばば、いつの間に背後を取られた、や、やめろ、放せ、シャーリーくんの裏切り者! ぐわー、動けない、がっちり捕まってしまった。


「その手をお放しなさい、シャーリーさん! これはどういう事ですか! 説明なさい! 」


 そ、そうだそうだ、もっと言ってやれハナコさん。


「シャーリーさんの指から、サクラさんの鼻腺の匂いがいたしますわ! 何をなさっていたのですか、わたくしの居ないところで、何をしたのですか! ことと次第によっては……」


「だまって」


 はい、もう言わなくていいです、いつも通りだよ、まったく変わりないよハナコさん、なんかもう逆に安心したよ……というかこの状況、はたから見たら、すんごいシュールなんだろうね、聖歌をバックに土下座してる人達の真ん中でね、何やってんだって話ですよ、ちょっと、ロボ君もなんか言ってやってよ、完全に緊張の糸がプッツンだよ、私、もう知らないよ。


「……本気か、シャーリー」


 ですが、彼の方は、まだまだガッチリとワイヤーが繋がっているようで、肉食獣のごとき威圧感たっぷりの視線をシャーリーくんに向け、これまたドスの効いた声にて、彼女に問うのです。


「ふふっ、今日は良い日かも、せんぱいが何度も名前で呼んでくれる……あぁっ、もしかして、焦ってます? 慌ててるんでしょ? うっふふ、そうですよねー、せんぱいって、そうですもんね、結構可愛いとこ、ありますよね」


「いいから答えろ、時間がない……それによっては、最期の言葉を聞く事になる」


 う、なんか、耳鳴りが……アシナガさんに個人結界は張ってもらってるんだけど……この気当たり……息苦しいぃ。


「うーん、どうしょっかな? 一応、もう決めてはいるんですけどねー、でもでも、せんぱいが言うなら、心変わりしちゃうかも……あ、いま、ときめきました? 健気な後輩でしょ? ときめきませんか? そうですか、つれなーい……ん、でも、まぁ……とりあえずは、ですね」


 息苦しさと居心地の悪さに、私は、じたじたと暴れていたのですが。ちゅっ、と可愛らしい音と共に、いきなり周囲の空気が重くなるような感覚をおぼえて……ん? あ、あれ、これってもしかして。


 ふわり、と、私のまわりから、今度は一瞬だけ重さが消えたと思ったら、シャーリーくんの右手には、一振りの刀が出現していたのです。華奢な彼女には似つかぬ重厚な、そして飾り気のない実践刀……というか、今の、シャーリーくんの抜刀? え、抜いたの? 今のが? 全然、余波が無かったよ、まるでロボ君が抜刀したみたいに。


「……二言、同だぬき」


 透明感のある彼女の声、しかし、その人形の様に美しい(かんばせ)には、まるで人形の様な、冷たい笑顔が張り付いていたのです。




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