いやどす
「ば、バビルサかよ! 」
「……自分の牙が額に刺さるんでしたっけ、それ……なら違いますね」
はい、ごめんなさい、ごめんなさい、微妙なリアクションでごめんなさい、だから離して、広がっちゃうから!
ぱちくり、と目を覚ました私だったのですが、今回は慣れてきたものか、記憶に混乱も起きていないのです。でも、刺さってるから、シャーリーくんのアイアンクローが、鼻とこめかみに刺さってるから! というかなんで刺した! 意味ないでしょ、イジメはカッコ悪いよ、はなせはなせ。
小悪魔シャーリーくんは、私のプリティノーズから指を離すと、そのまま、どんと胸を押し、アシナガさんごとに、私を突き飛ばすのです。ぐわ、なにをするだ……あ、目の前をダゲスの剣が……ひょっとして助けてくれたのか、ありがとう! ……でも、さり気なく指を拭いてたよね? 私のお腹で、そこは許さへんからな。
「ふはは、向こうは片が付きそうだな、丁度良いわ、手間が省ける……あとは貴様らを始末して幕引きとしよう」
先程の変身と爆風で、上半身裸のダゲスが、牙を剥き出しゲス笑いをあげる。うぅん、相変わらずのゲスっぷりには安堵感を覚えるよ、清々しくは無いけどね……でも、分かってるのだろうか、彼の手下はもう半分も残っていない、ハロっくんとイムエさんのコンビに、随分とやられてしまっているのだ。
「その前に、自分の心配をした方が良いでしょう、あの黒いのにも手を焼いてるというのに、僕の相手が出来るとでも思ってるんですか、ゲスの分際で」
「なんだと! 生意気な! 真なる華族として、いや、王として目覚めたこの俺に……あふんっ」
口上途中のダゲスに、なにか丸太のような物が命中し、彼は錐揉みしながら跳ね飛ばされてゆく。いい気味だね、今のは、ハロっくんの肩から発射された日常兵器かな? ……以前の四角い箱の代わりに、羽無し扇風機の様なリングがふたつ据え付けられている……たぶん『圧縮砂杭射出装置』だね……でも、あんな物どこから仕入れてきたんだろう? イムエさんと一緒に居るって事は、天領から持ち込んだものだろうか。
確かに以前よりも、ハロっくんはとても強化されている。吸血鬼となったダゲスだって、かなりパワーアップしてるはずなのに、いくらイムエさんの援護があるからとはいえ、テンプル騎士10人相手に優勢なのだ、これは尋常じゃないよ……ほんとは声をかけたかったけど、以前のこともあるし、邪魔はできなかったよ、迂闊に呼びかけて、ハロっくんの動きが止まってしまったら、目も当てられないのだ……それ以前に、今の彼に、私の声が届くとも思えないんだけど。
「ハロック、あいつは、あいつだけは逃しちゃ駄目よ? あれは、ラーズの仇なんだからね、いま殺すの、半分よ、同じにするの……いや、四等分ね……そうね、そうしよう! いまやるのよ、上手にやるの、そうしたら、愛してあげる、ひとりにしない……だから、ひとりにしないで……」
びきびきと、イムエさんの童顔に亀裂が入り、そこから血が流れ出す……完全に『過剰酷使脳』だ、彼女は脳の限界を超えて先端呪術を行使している、おそらくハロっくんの肉体的な強化と、宙に浮く日常兵器のコントロールさえも、イムエさんが全て同時に行っているのだろう、いかに吸血鬼化したとはいえ、やはり限界というものは存在するのだ。
「……で、でも、今は、止められない、よ」
「へぇ、サクラ先輩も少しは成長しましたね、なら、こっちは放っておいて、当初の予定通り華村先輩を……」
ジャーン、ジャーン。
珍しくも私を肯定するシャーリーくんの発言は、残念ながら途中で遮られてしまいました……てか、なんだこの音? シンバル? なんで? 戦場だよ、ここ……あ、あれか、あれだ……なんだっけ、銅羅? なんだろう、何かの合図か、まさか伏兵か。
おお聞けよ息子たち、母は帰還する
さあ聞けよ娘たち、父は帰還する
天の座に、地の住まいに、お戻りになられるのだ
讃えよ、崇めよ、その歓びを歌とせよ、冷たき石の上にて眠る夜は終わりを迎えることだろう
素晴らしきよ、素晴らしきよ
その御許にたどり着かん、その御許にたどり着かん、ただひとり、我らの主、父にして母なる、ただひとり
……な、なんだ? 歌? どっから? 誰が、なんで、こんな時に?
疑問符でいっぱいになってしまった私は、ぷよぷよの腹筋を酷使してなんとか身体を起こし、物見やぐらの上からそれを確認するのです。神楽にも似たこの音楽と、聖歌のような合唱は、どうやら潰れた海の家の向こうから、発生しているようであり。
「……サクラ先輩、なんでもするって、さっき言いましたよね」
「え? う、うん、言ったけど……それより、これって……」
現れた謎の一団は、今までの混乱を更にかき回すものかと思われたのですが。
「うわわっ」
突然に、私は物見やぐらから放り出されてしまった。べちゃりと頭から砂浜に落下してしまい、口の中と、少しだけ広がってしまった気のする鼻の穴に、大量の砂が流入してくるのだ……うぐぐ、なんだいきなり、ここが溶岩地帯でなくて助かった、向こうでやられてたら顔面が大根おろしになっちゃうところだったよ……アシナガさん大丈夫? まさか、どこか怪我して……って、なんで土下座してんの?
そうなのです、彼女は砂浜に額を擦り付けて固まってしまっていたのです。しかし、その突然で奇妙な行動は、なにも彼女ひとりのものではなく……立ち上がって見渡せば、この戦場に居る全てのものが平服しており、それどころか涙を流して震えているのです。
「な、なん、なに? なにごと、なの? シャーリー、くん」
アシナガさん達やテンプル騎士はおろか、ダゲスやハロっくん、向こう側のハナコさんや、栗原さん達に、ピッチリ軍団と天領騎士まで……なんだこれ、なにが起こってんのよ? ……どうやら例外は私とシャーリーくん、あとは立ち上がってはいるものの、フラフラのロボくんだけなのです……なんたることか死体まで、バラバラになっても、焼け焦げていても、その音楽の方向に平伏し、そしてその表情は、なんとも穏やかなものに変わってしまっていたのです……あ、剣姫さんが居ない、どこ行った。
「さあ、どうでしょう……どうなるかな、どうしようかな」
私の問いかけには答えらしきものを返さず、ただ、シャーリーくんは、なにか迷っているような、でも、もう心は決まっているような、そんな、不思議な横顔を見せるばかりなのです。
「でも……そうですね……仕方ないか、仕方ないですよね……ねえ、サクラ先輩」
は、はい、なんでしょう……なんだか、とっても嫌な予感がしますけど、もう慣れちゃったよ、言ってください、なんでも言ってみてくださいませよ。
「死んでください」
はい、前言撤回、慣れてない、慣れてないからね、というか死んじゃったら終わりだからね、慣れようが無いからね……じゃ、久し振りに言ってみよかな。
「いやどす」
いやどす!




