自分でも、よく分かりません
「サクラは死にました」
はい、死んでません、死んでませんよ、なんとかどっこい生きている佐倉サクラです、ぴーすぴーす、いぇぃいぇぃ……んで、ここはどこ? というか、またお前か、誰だ、姿を見せろ、なんとなく可愛い声だから、さぞかし可愛い美少女なのだろうけれど、それはそれとして、ちゃんと出て来なさい、いいから出て来なさい、怖いことしないから、優しくしたげるから、うへへ。
「なので、もう始めてしまいます、構いませんね? いえ、聞くまでもありません、始めます」
おいこら、さっきも言っただろ、思い込みだけで暴走するんじゃありません、ちゃんと人の話を……あれ? ひょっとして浮いてる? ……いや、そうじゃないからね? ちゃんと溶け込んでるよ? 友達たくさんいるからね? ……そうではなくて、物理的に、なのです、なにか浮遊感があるのです、私、浮いてるのこれ? なんか足元に砂浜が広がってるんだけど。
「そっちこそ聞いてないでしょう」
いや、これを砂浜とはもう呼べないでしょうか……ふよふよと宙に浮かぶ私の足元には、爆心地のハナコさんを中心に100メートル程の範囲にて、赤黒い溶岩のような……よくわかんないけど、砂がガラス化でもしたのかな? うわぁ、足下熱そう……あちこちに立ち昇る煙と、波打ち際では激しい蒸気、元々は騎士か、それとも戦者であったか、原型を留めている死体とそうでないもの、それらはいずれも、苦悶の呻き声でも発しそうな歪んだ表情で……まさに、地獄絵図とでも言うべきか。
炎熱の範囲外も惨憺たる有様で、立派な海の家も、周囲の強化赤松防風林も、全てなぎ倒されてしまっていたのです。うぐ、やっぱり、ちょっとやり過ぎな気もするけれど……でも、こうでもしなければ、多勢に無勢、いずれ数の差で押しきられて、私達は皆殺しにされていたはずなのです……ロボ君にも言われたけれど、覚悟を決めなきゃ、いけないのです。
「そ、そうだ、アシナガさん達と、シャーリーくんは」
「覚えてないんですか? まぁ、もう一度見れば分かりますけど」
そうなのだ、なぜだか知らないけれど、私が空を飛んでる以上、あのとき何か起こったに違いないよ、ひょっとして私達は、爆風で吹き飛ばされちゃったのか。私はそう思い、最後に立っていた場所を確認したのですが……なんだあれ……え? あれって、あの、アシナガさんにぶら下がってるの、私じゃん……え? わたし、ここに居るよね? なんだこれ……うわ、ズームした! なにこれ映画か、なんだこれ? てか、シャーリーくん、鼻! 鼻に指入れないで、なんか私の顔が大変なことになってるから! 気を失ってる人間に、なんて酷いことを! 鬼! 悪魔! 白金王子! ……あ、ごめん、ごめんて、やめて、広がっちゃう! 力込めないで! なんやこいつ、まさか聞こえてんのか?
「うっぴゃー、ちょっとちょっとー、華村ちゃーん、そゆことすんの、先に言っておいてよー……んぐ、うごば」
ん、この声は栗原さんか? 良かった、あっちも無事みたい、というかなんだ、あっちもこっちも、全部同時に見える……声も聞こえるし、これは一体なんだろう、今の状況……夢にしてはリアルだし、ただの幽体離脱にしては、なんというか……万能すぎるような。
「私の視点が、少し被ってますから」
「ちょっと黙ってて」
しかし、栗原さんも酷い有様、水着はビリビリだし、血まみれだし、口からも血がドバドバだし、昨日の温泉のライオン状態だよ……それ、大丈夫なの? ほんとに。でも、ハナコさんも似たようなものか、身体が剣山みたいになってるよ、手足もさっきので折れちゃったみたいだし……ああ、無理して立たないで、プルプルしてるじゃん、なんか生まれたての子ゴリラみたいになってるから。
「先に言っては、意味がないでしょう、わたくし達は、あなた方を信用していた訳ではありませんのよ? ……ですが、そうですね、お二人がこの程度で死なないだろうことだけは、信用しておりました」
「うはは、華村らしいであるな、しかし助かった、見事な居合抜きよ……これでようやく、まともな勝負になるであろう」
ビッ毛のおじさまと、そのお付きをしていたテンプル騎士も立ち上がる……ひとりだけね……でも、どうやら敵は半壊したようだ、あれ程にひしめき合っていたピッチリヘルメット達は、後方で援護していた数名を残して全滅、執行官も立ち上がって来たのは三人ほど、天領騎士達は……戦えそうなのは五人くらいか……全員ふらふらだけど、それはこちらも同じである、ただ、先程までの絶望的数の差は、無くなったと言えるでしょう、シャーリーくんも手伝ってくれてるし、これは充分に勝ち目が見えてきたかも。
「……もう、私は行きますからね、さようならサクラ」
「ちょっと待って、いまロボ君探してるから、ちょっとまって」
あ、いたいた、良かった、さっきの場所に居なかったから心配したよ、海の中に入っちゃってたんだね……でも、相変わらず動いてないな、睨み合ってるだけにしか見えないんだけど……あれか、達人同士の戦いは、剣を打ち合う前に始まってるとかってあれか。
「身体を置いてるからそう見えるだけですよ、最初からずっと戦ってます……でも、もう行きますからね、剣だけ回収してください」
ん? なに? 誰に言ってんの? 私? 回収ったって届かないよ? クレーンゲームでもさせるつもりか。
「……華村! 剣を捨てろ! 」
久しぶりに聞いたような気もするロボ君の声は、鋭く、そして、ひどく慌てたものでした。何か嫌な予感を覚えた私が、意識をハナコさんに戻した時には、彼女の眼前に、赤い騎士服の女性が立っていたのです。
「な! くうっ! 」
手足が折れてるにもかかわらず、突然現れた剣姫に、見事な反応で銀の剣を振り下ろしたハナコさんだったのですが、それは簡単に受け止められてしまいました。そしてそのまま、彼女の右腕は、肘のあたりから、まるで彼岸花でも折り取ったかのように、ポキリと簡単に引き千切られてしまったのです。
「あ、っう! 」
「は、ハナコさん! 」
奪い取った銀の剣から彼女の指を引き剥がし、剣姫はそれを、その切っ先を、倒れたハナコさんに向けると、無造作にも思える動きで突き出した。
「サーラです」
「は? なに、今それどころじゃ……」
じわり、じわりと剣先が、ハナコさんの眉間に向けて進んで行く。な、なんだろ、ものすごいスローモーションだけど……とにかくハナコさん、避けて! お願い! ……お願い!
「最後ですから、名前くらいは……あ、でも、これは今決めました、私には必要ないものでしたし……呼ばれる事もありませんでしたし」
「うるさい! 黙ってて! は、ハナコさん……ハナコさん! お願い、助けて! ロボ君助けてぇっ! 」
ゆるゆるとスローモーな世界の中で、ついに、ぞぶりと切っ先が、ハナコさんの額に沈んだ……思わず両手を組んだ私だったのですが、意地でも目は閉じなかったよ、だって、信じてるもの。
「……ずるい」
次の瞬間、弾丸のように飛び込んで来たのは、やはりロボ君なのです、横に一閃、大きく振るって剣姫を引き離し、そして、そのまま組み付いて彼女を押し倒したのです。やった! 間に合った! 良かったぁ……ありがとう、ありがとうロボ君! 信じてたからね!
「縮地法は奥の手だったのに……もう、覚えられてしまい……よ、まっ……どうして……さんは……つも……つも……」
ん? 声が……あ、これ、意識が戻るやつだ……うぐ、ちょっと気合い入れとこう、あそこで復活するんだよね? これ、うぅん、鼻フックからの復活かぁ……なんかリアクション考えとかないと……あ、さよならサーラ、どうよ、ちゃんと聞いてたでしょ? というかあなた誰?
特に深く考えることもなく、いつもの調子で尋ねた私だったのですが。
『自分でも、よく分かりません』
その返答は、私の口からこぼれてきました。




