ぜーんぶ、殺しちゃってね
「久し振りだ、久しぶりだな、小娘ェ! 」
ぼふん、と砂埃のカーテンを割り……いや、これは先端呪術だ「帯電埃」かな? ……大規模戦闘用の目くらまし、さてはこれに光学迷彩を被せて接近したのか、でも、ビッ毛おじさまやアシナガさん達だって、かなりの呪術士なのに、対抗呪術も万全だったはずなのに、全く気取られてないなんて……新生天領騎士団もそうだったけど、ものすごい遣い手がいるのだろうか、ちょっと信じられないよ。
……ってダゲスだーっ! 泣きぼくろのイケメンゲス野郎! なんだこいつ、こんな最悪のタイミングで、来てんじゃないよ! おのれゲスい、やっぱりゲスいぞ!
「……サクラ先輩、さっきの話は、華村先輩を助ける、という事でしたよね? 僕はサクラ先輩がどうなろうと関係ありませんからね? そっちは自分でなんとかしてくださいよ」
「ほがっ」
うごご……言ったね、確かにそう言ったよ、でもね、あの時はハナコさんのピンチを想像しちゃってね、頭がいっぱいでね? 思わずね? 今は状況が変わったんだし、ここはひとつ臨機応変にね? 私達のことも助けておくんなまし、スリングショットくらいならいくらでも着てあげるから……うがっ、なんかダゲスの後からも騎士さんがゾロゾロ現れた……なんだこいつら、ビッ毛さん達と同じ制服だけど……もしかしてテンプル騎士団? なんで? 味方じゃないの? まさか別の派閥とかいうひと達?
「おい、逃がさんぞ下郎! その顔は忘れておらぬわ……思い出すも忌々しい……卑怯にも連戦の疲れと手負いの隙を突くなど、騎士にあるまじき行為……おのれ、前回は不覚をとったが、あの時の屈辱、ここで雪がせてもらおう! 」
んん? そうだっけ? なんか圧倒的な実力差でコテンパンにやられてたような……怪我は言い訳にならないとかも自分で言ってたような……というか、負けた相手に仕返しするのに10人以上仲間を連れてくるのはどうなんですかね? ありなの? いや無いだろう、このゲス野郎! なのでお帰りください、今はそれどころじゃないんだから。
「……なんでしょうね、ここまでゲス野郎だと、いっそ清々しいですかね? どう思いますか、サクラ先輩」
「え、すがすがしくは、ないよ? 」
だってゲスだもん。でも、さっき私の意識を飛ばした衝撃波は、たぶんこのダゲスが放ったものだよね、あれは百歩神拳だったのかな? ダゲスって、そんな高度な技を遣えたっけ?
「えぇい、相変わらずに忌々しい……しかぁし! 前回と同じだと思うな! あれから俺は、血の滲むような特訓を重ねてきたのだ! ふはは、見ろ! 鍛え続けたこの身体! 」
豪華な長剣を大きく振りかぶると、ダゲスの身体が、めぎめぎ、と軋み始める。積層プラッチック繊維の蒼い騎士服と、強化シルクの白いシャツが、引張力に耐えきれず、まるでトイレットペーパーのように簡単に引き裂かれてゆくのです。
「し、シャーリー、くん、あ、あれって、もしかして……」
「まぁ、そうですね……あんなゲス野郎ですから、今まで、こうならなかったのが不思議というか……あれはあれで、案外、満ち足りた生活を送っていたのかもしれませんね」
ダゲスの口から覗く、鋭い犬歯が腐臭を放ち始め、その瞳は血のように赤く濁ってゆくのです……あぁ、ダゲスも吸血鬼になっちゃったのか……同情はしないけどね、というか特訓関係ないだろ。でも、ロボ君は魂の変質だと言っていたけど、今までの人やダゲスをみるに、そうなる原因は、おそらく、強い……とても強い欲求、欲望、渇望。
「ふはぁ、議会など必要無い、愚民を導くのは、いつの世もたった一人の至高者であるのだ、それ即ち王である……地の王だと? 軟弱者に王を名乗る資格は無い、だから処分したのだ、真なる王はここにある、この俺が、俺こそが! 跪けぃ! 王の御前であるのだ! ダレンスバラン=バラン=ロードウォルテン、覇の王である! 」
は? 今、なんつった? 処分? え、まさか下剋上? ……いや待て、考えるのは後にしよう、とにかく脱出しないと、左は海、前と後ろには敵、なら、右に逃げるしか無いんだけれど……なんか嫌な予感がするんだよなぁ……先行したアシナガさんの同僚さん、大丈夫かなぁ。
「はぁ、御託はもういいです……サクラ先輩、なんでもするって、言いましたよね? このゲス野郎のせいで、なんでもランク、ひとつ上がりましたからね? 僕は知りませんよ」
ええ、そんなこと言ったっけ? ……はいごめんなさい、確かに言いました、その目はやめて、でも、こう、手心は加えてくださいね? シャーリーくんは優しい子だよ? 痛いこととエロいことは無しの方向でお願いします。
「サクラさま、乱戦になります、しっかりと捕まっていてください」
「うわっ」
ひょい、と抱え上げられた私は、アシナガさんに2メートルの肩車をされるのです、うわ高い、でもちょっと楽しい、ちくしょう、こんな時でなければ……また今度お願いします。
「小娘ェ……お前も逃がさんぞぅ……吸ってやろう、声を聞いたのだ、俺は王すら超えて、神になる……ふふぅ、毎日プリンを食っても、侍女の尻を触っても、親父に叱られる事もない……絶対の権力……超越者……」
「こどもか! 」
なんやこいつ! アホか! 急にスケール小さくなってきたぞ、えぇい騎士ってのはアホの集まりか、周りの手下も呆れてんじゃ……いや、みんな表情が真面目だな……まさか、ついていくのか、それで良いのかテンプル騎士団よ。
「ですから御託は……はぁ、もう好きにしてください……どうせ残すは、ひとこと、ふたこと……」
シャーリーくんが、左手の中指を持ち上げる、以前にも見たけど、あの指輪が彼女の抜刀機なのだろう。
「サクラ様ッ! お逃げっ……あぁっ! 」
突然、私達の右手、海の家の方から悲鳴が上がる……あれは、確かアシナガ同僚さんの声だ。な、なに、やっぱり罠だったの……うわっ!
じゃじゃじゃっ、と砂浜が悲鳴をあげる、スピーカーがオフになっているにも関わらず、この擦れるような音。私達とダゲス達の頭上から、何かが大量に降り注いだのだ、咄嗟に飛び退いたアシナガさんの肩の上で、私は大きく振られて目を回す。
振り回された視界の端、ずっしずっしと重い音を響かせながら、それは現れた、3メートル近い巨体に、真っ黒でガッチガチ、ゴッテゴテの戦闘鎧、そして、その顔には恐ろしげな鬼の面。
「……人は奉公、騎士も奉公、そんなことも出来ぬならば、それは豚だ」
え、この声……ちょっと、まさか、もしかして。
「豚は……ぶた? ぶたは……どう、どう…… する、の? どう……い、い、いむ、いむ、おし、おしえて」
は? な、なに、ちょっと、もう、いっぱいいっぱいなんだけど……これ以上は、またオーバーヒートしちゃうんだけど……ねぇ、なんで、なんで一緒に居るの?
「ふふ、そうね、いい子ね、ちゃんと聞いたね、ちゃんと聞いてね? ……あとでまた、いいことしてあげるからね? だからね」
なんで、イムエさんが……ハロっくんと、一緒にいるの?
なにか、ひとまわり大きくなった鬼の鎧には、様々な日常兵器が取り付けられており、今しがた私達に撃ち込まれたのも、肩を離れて中に浮かぶ、例の四角い箱の、その中身なのでしょう。
水着姿のイムエさんは、ハロっくんの黒い右腕に、素肌のままで艶めかしく絡み付いていたのですが、彼を最後にひと撫ですると、こちらに視線を送りつつ、妖艶に笑うのです。
「ぜーんぶ、殺しちゃってね」
まるで血のように、ドス赤い瞳にて。




