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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第4章
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……そんな日は、来ませんけどね

 特等席から見上げる夏の星空は、透き通る様な冬空と、また違った美しさがあるのです。天上を埋める輝きは、闇夜に浮かぶ幾多の篝火のようで、その仄かな光と暖かさは、こんなちんちくりんの私にも、やはり、胸に訴えるものがあるのです。


「き、きれい、だね」


「ええ……とても美しい……わたくし、こんな風に夜空を見上げるなんて、初めての事かもしれませんわ」


 少し温度を下げられた塩泉の中、フロートお盆に据えられたコーラフロートをストローで啜ると、私は再び生ロボ背もたれに身体を預けました。あれから、10分と持たずに退屈を訴え始めた栗原さんは既に退場しており、岩風呂の中で寛ぐのは、いつもの三人と、お湯に浮かぶシャーリーおじいちゃんのみなのです。


「サクラ、お前のほうが綺麗だぞ」


「ぼぅふっ」


 いった! 痛い、は、鼻から炭酸がっ! てかおかしいやろ、おかしいよね? なんでロボ君は、ちょいちょいね、そういった台詞をぶっ込んでくるのよ! またか、またばーちゃんの仕業か、言えば良いってモンじゃないぞ、椅子になってるから見えないけど、たぶんロボ君真顔だろ、知ってんぞ、呼吸が整ったら許さへんからな!


「もっ、もっふ、もっふ」


「あぁ、サクラさん、大丈夫ですか、気管に入ってしまったのかしら、いけない、お背中を……少し緩めましょうか、楽になりますわ、そうしましょうね、あぁ大変、たいへんですわ」


 おいこら、どさくさに紛れて水着を剥ぐな、良い感じに落ち着いてたやろ、今、珍しく穏やかな雰囲気やったろ、少しくらい保ちなさいよ、メリハリってのは大事なんだぞ、マンネリ化したらすぐに倦怠期がやってくるんだからね、映画で観たからね。


 とりあえずハナコさんの脳天に手刀を落とし、さり気なく水着を剥ぎ続けるロボ君の手をはたくと、私は害した気分を再び落ち着けるべく、フローティングしたバニラアイスを、ひとくちに頬張るのです。あ、これ美味し、舌触りまろやかでいて、なおかつとっても濃厚、なんだろう、普通の合成牛じゃないな、六角牛のミルクかな。



「……辛島さま、以前に貴方が、わたくしに向けて言われたこと、覚えておいでですか? 」


「ん? ああ、覚えてるぞ」


 なんとも上品にひとつ伸びをして、細く息を吐き出したハナコさんがこちらに顔を向ける。おや、なんだろう? なんか言ってたっけ、まぁ、そりゃね、色々言ってるけどね、この流れで出すような真面目な内容、何かあったかな? ……いや、よく考えたら真面目な流れではないけどね、そこはホラ、雰囲気というか、分かるでしょ、このタイミングでボケる人なんか、そうそう居ないよ?


「腹の傷だろう? なかなか綺麗に消してきたな、良いじゃないか」


 はい居たね! しばくぞ、もうしばく、むしろしばいたよ、身体が先に動いてたよ! なんやこいつ、合同水泳授業の中等生か! いつもそんなとこばっか見てんだろ、あったまきた、もう一発しばいとこう、はいしばいた!


「え、あ、ありがとうございます……いえ! そうではなくて……んんっ、辛島さま、念の為に伺いますが、今のは、お友達としての意見と受け取って良いのですね? 」


「よいです」


 はい、良いですからね! なんも立たないからね、気にせず先にお進みください……まったくもう、ロボ君はいつもそうだ、いつまでたってもロボっ気が抜けきらないよ、そんなことだからね、彼女から、ちゃんと名前で呼んでもらえな……っと、ナシナシ! また変なこと考えそうになった、あぶないあぶない、でも考えきってはないからセーフです! はい次。


「……お話を戻しますわ、辛島さまは、こう仰っておりました……わたくしに、サクラさんが殺せるのか、と」


 えっ、何それ、なんのこと? いや、なんか、そういえば、聞いたことあるような無いような……えっ?


 ハナコさんに、そう問われたロボ君の顔はしかし、私の頭の後ろに存在するため、こちらからは窺い知ること叶わないのです……少しばかり間を空けて、おそらく、彼が口を開いたのでしょう、私の首筋に、少しだけ吐息がかかったのですが。



「ハナコ様、失礼致します」


 突然に湯面が盛り上がり、どぷんと何者かが現れた。うわ、なんだビックリした! あ、アシナガさんか、脅かさないでよ、どっから出てくんの……って、何でスリングショット着てんだよ! 真面目にやれよ! 報告なら普通にしろよ、なんやこいつ、ひょっとして温泉入りたかったんか。


「ほほぅ」


「ほほぅじゃないよ! 」


 ほほぅじゃないよ! ロボ君! 鼻の下! 伸びてるだろ、見なくても分かるぞ! なんやこいつ、さっき私が丁度良いとか言ったやろ! なんや、社交辞令か、もういい実家に帰ります、ノー倦怠期からの緑の紙やぞ!


「件の侵入者を発見しました、おそらく天領騎士団かと思われます、第一席の金城(かねしろ)マッタンと、第二席のジュゼッペ=ハインツを確認、やはり総力かと……しかし、呪術探知したコアシが逆流を受け脳破損した為に、敵の現在地は不明、警戒が必要かと」


「よろしい、状況によっては、ここで迎撃する事にもなりそうですわね……ですが、釈然としませんわ、今の天領騎士に、それ程の先端呪術を遣いこなす者が、果たしていましょうか? 」


 え、え? どういうこと? ラーズさん達の仲間が、ここに攻めてくるの? もう来たの? というかみんなサラッと流してるけど、アシナガさんの同僚さん、大丈夫なの? なんか脳破損とか聞こえたんだけど……ちょっと、大丈夫?


「サクラさん、それが志能便(しのび)というものですわ、お気になさらず……むしろ、そういった同情は彼女らのプライドを傷つけます」


「で、でも、だって、その人は、つまり、私の為に……」


 どこか不安げな私の表情は、敵の襲来によるものとは違うと気付いたのでしょう……しかし、ハナコさんの言葉は、いつになく厳しいものだったのです。


 で、でも、だって……また、だよ、また、私、他の人に迷惑かけてるよ、こんな事、全然、望んでないのに……なんで、そっとしておいてくれないんだろ……私はただ、皆んなと笑って、これからも、普通に暮らしたいって、ただ、それだけなのに。


「……覚悟はしろと、言ったはずだぞ」


 後頭部に響くロボ君の声も、どこか冷たい感じで、なにか機械的で、ここが温泉だとは思えないほどの悪寒を、私は背中に覚えるのです。


「まぁ、お気になさらず」


 ただひとり、アシナガさんの声だけは、いつものように、あまり抑揚のない、平坦なものであったのですが。


「我々は死ぬのが仕事なので……それが命令ならば、誰の為に死のうとも、どんな死に様であろうと、関係ありません……まぁそれでも、そうですね、当たり外れは、確かにありますよ……ですが、ご安心ください、サクラ様は……当たりです」


 そう言って彼女は、2メートルを超える長身の先にある、その端正な顔に、歯を見せるほどの笑顔を浮かべると、そのまま湯気に溶けてしまいました。


「あら、珍しいですわね……アシナガが、あんな風に笑うなんて」


「そうだな、あれで中々良い奴かもな、まぁ、飼い主に似たんだろ……そういうことだから、サクラもあまり気にするな」


 いや、気にするよ、これで気にならなかったらね、どんだけの鋼メンタルだって話だよ……ぐぅ、こんなのに負けるもんかとは、思ってるんだけどなぁ、なかなか難しいなぁ……いや、笑ってみせるぞ、無理にでも、ガッツだ私、根拠はないけど、やったるぞ。


 小さく拳を握る私を、不意に抱きしめて、ロボ君は肩の上から顔を寄せてくるのです。うっ、ち、近い……なんだ、最近なんか多いぞ、スキンシップ過剰じゃない? あんまり耐性ないんだから、そういうのはやめて欲しいんですけど……もう少し慣れてからにしてください、慣れるとは思えませんがね、むりむり……おのれ、お風呂で助かったよ、赤いからね、もう茹だってるからね。


「まぁ、全部俺に任せておけ……サクラはサクラで頑張れば良いのさ、いつも通りだ、華村だっているんだ、簡単だろう? 」


「そうですわね、お任せください、かような理不尽、わたくしとて看過するつもりはありません……サクラさんとわたくしと……まぁ、辛島さまも、含めて良いかしら? 皆が安心して暮らせる日を、必ず手に入れてみせますわ」


「う、うん……うん、ふたりとも、ありがとう……私も、頑張るよ」


 ロボ君とハナコさんにサンドイッチされながら、私の身体は、じんわりと、中から温められていくのです……うん、大丈夫だよね、二人が一緒なら、私、頑張れるよ、負けないからね。


 不覚にも、少しばかり涙をこぼした私だったのですが、この湯気の中ならば、気付かれることもないでしょう、やっぱり、温泉で良かったよ。


「……そんな日は、来ませんけどね」


 ただ、ぷかぷかと湯面に浮かび続けるシャーリーくんが、何ごとか言っていたような気もしたのですが、今の私には関係の無いことなのです。


 私はただ、頑張って生きるだけなのですから。




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