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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第1章
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たわしのために……争わないで

 重い女って、どうですかね? 愛が深い、なんて言えば聞こえはいいのですが、面倒くさきこと中小企業の経営者の如しですよ。


 今の私がまさにソレです。


「うぅ、ちょっと、まって、まっ、て……」


 欅の街路樹に手をつき、ついに私の足が止まる。重いわ、物理的に、何なのこの制服、白糸縅(しろいとおどし)か。


 女子寮までは、もう1キロ程だろうけど、今の私には、果てしない道程ですわ、もうやだ、お家帰りたい、帰ってるんだけど。もうね、最初こそ余裕こいてましたけどね、ちょっとだけ浮ついてましたけどね、だって男子の制服だもん、着る機会なんて無いもん『雨に打たれて彼の家に突然のお泊まりしたら当然に着替えが無くて男物のワイシャツ借りてちょっと嬉し恥ずかし』みたいな気持ちになったって仕方ないでしょ。


「どうした、早くしろよ、華村の所にも行きたいんだが」


 はい、かっちーん、あったまきた、なにこいつ、分かれよ、重いんだよ、重い女だよ、取り扱いには細心の注意を払ってください。お、お姫様抱っこ、とかさぁ! ……あ、いや、それは駄目、ちょっと憧れるけど今は駄目、だってあれだし、ちょっとね、ちょっとだけね、アンモニア臭が気になるというか、少ぅしばかり汚れてるというか、重い上に汚れた女とか、お姫様と呼ばれるのは申し訳ないでございます……おい待て、何する気だ、よせ、ヤメロ! こんな時ばっかり気を回すんじゃないよ! だ、駄目だったら!


「ふわ、あひゃい」


 うがー、軽々とやられてしまった。ちょっとやめて、マジで、臭いから、いや、普段はそんなこと無いけどね、フローラルやで、ホンマ、だから降ろして、お願いします、おーろーせーよー。


 じたじたと、必死の抵抗も虚しく、私は搬送されてゆくのです、どなどな。ぐぅ、恥ずかしい、目立たないように隅っこは歩いているものの、さっきから、なーんかチラチラと、さり気なく見られてる気もするし、噂になったらどうしよう、まぁ、悪い噂だろうけど。


 とにかく、下手に暴れて通報されでもしたら、それこそ問題だろう、ここはひとつ、全てを忘れて貝になれ、私はハマグリ、いや、シジミだ、肝臓のためになれ。


 なんて、そんな事を考えながら縮こまっているのは、この密着感を意識しないようになのです。はい駄目、もう意識しちゃった、乙女スイッチ入っちゃいましたよ、ちくしょう、こんなやつでも、至近距離で視界に入れるとドキドキしてしまう……くやしい……まぁ、ロボ君は決して造りが悪い訳では無いのだ、仕方ないね、いや、むしろ美形の範疇に入るだろうよ、整えてはいないのだろうが、良い感じに自然な流れの黒髪も、しかめ面の所為で分かりにくいけど、本来ならば涼しげな印象を与えるだろう目元も、斜め下から見上げて気付く、鼻から顎にかけての絶妙なラインも、私好みだと言えるでしょう……顔面の大っきな刀傷さえ無ければね! あぁ勿体ない、差し引きして72点、てところかな。


 でも、ほんとにすごい傷……左の眉毛から鼻柱を通って右の頬っぺたまで、いったい、何やったらこんな傷になるんだろう、ジャイアントパンダに引っ掻かれた程度じゃ、こうはならないよね。


「おい、触るな、うっとうしい」


「ふわっ!?……ご、ごめ、なさっ」


 あっぶな、無意識に触ってた、でも、傷痕(きっぽ)って、なんかプニプニして気持ちいいよね、分かんない? アゲハチョウの幼虫をつついた時の感触と言えば伝わるかな……ぷにぷに。


「触るな」


「ひぃ! 」


 おこられた、いかん、これでは私が変態みたいじゃないか、だめだめ、大人しくしとこう。今度こそアサリになった私は、ロボ君との距離を意識しないように、きゅう、と目を瞑り、縮こまったのだが、その頬を、するり、と薫風が撫で通る。


「……サクラさんっ! 」


 ずっしゃあっ、と盛大な擦過音、石畳みの街路に片手をついて、これはブレーキをかけたのかな? 随分と通り過ぎてから、声を上げたのは華村ハナコさんだ、さっき端末で連絡したのだが、これは、私を心配して迎えに来てくれたのだろう、相変わらず良い人だ。


「その手を! お離しなさい! 痴れ者が! 」


 ん? ハナコさん、何かご立腹でしょうか? ああ、私なら大丈夫、この通りロボ君に投げ捨てられて……なんだと!?


 ぽいっ。


 もう一度、なんだと! 何のつもりか、離せと言われたら離すんか、素直か、こちとら重い女やぞ! あ、重いから棄てられたのか、ははは、こいつは一本取られ……うっ、あいた、尻餅ついた。


 しかし、ご立腹の様子にて近寄って来るハナコさんを迎え撃ち、前に出たロボ君は、彼女の胸倉を掴み、ぐいっと捻るように持ち上げたのです。え、なんで、どうしてそうなるのさ、ちょっと喧嘩はやめて。


「華村、貴様の仕業か、何のつもりだ」


 はい、足りない、何もかんも足りてないよ、ロボ君や、ちょっと落ち着こう、ハナコさんが宙に浮いちゃってるから。


「何の、つもりとは、こちらの台詞、ですわ……わたくしのサクラさんに、ふしだらな真似を……」


 その、豊満なふたつの膨らみに、挟まれるように胸倉を掴むロボ君の右手首を、ハナコさんは更に掴むと、普段の彼女からは想像もつかぬ程の鋭い目付きで、額に青筋を浮かべるのです。白いミニスカートから伸びる、すらりとした白い足、宙に浮いたそれの先から、パリパリと火花が飛び散ると、何か不自然な動きで、ハナコさんの身体が、ゆっくりと地面にに降りてゆく。


 これは、強接地だ……あれ、ひょっとして、ハナコさんも騎士だったのかな? ううん、百万人に一人とかいう話を聞いた事あるけど、なんだ、案外たくさん居るもんだね。


「貴様の、仕業かと、聞いている、答えろよ……さもなければ」


「辛島さま、わたくしは、貴方の事を、野蛮なけだもの、だとは思っていましたが……哀れな敗残兵、駆除するには、偲びないと、そう思ってもいましたのよ……ですが、サクラさんへの不埒な行い……これは、許されざる、決して……なので」



『潰す』



 びりっ、と大気が震えた。いや、これは比喩では無いよ、ちょっと、ちょっと待って、シャレになんないから、なんか二人とも、盛大に勘違いしてるっぽい感じがしなくもないよ。


「や、やめてっ! 」


 咄嗟に、身体が動いた。我ながら向う見ずだとは思うのだが、私は多分、もう、この二人の事が、好きになってしまっているのだ、これはもう、仕方のない事だろう。


 ぱちぱち、と耳鳴りと共に、全身の毛が逆立つような感覚、あっという間に意識が遠のいてゆく。当然だろう、一般人が戦闘態勢の騎士の間に割り込んだのだ、気の当てどころが悪ければ、死んでしまう事だってあるのだ。


「ふ、ふたり、とも……」


 ああ、地面が近づいてくる、やだな、ぶつかったら、鼻が低くなっちゃう。でも、その前に、ちらりと見えた二人の表情は、驚きに満ちたものであり、これならば喧嘩は中断、それどころの騒ぎではなくなるだろう、良かった、一安心だよ、そうだ、せっかくだから、一言残していこう、いちど言ってみたかったんだよね、女の子だもんさ。


「たわしのために……争わないで」



 はい、知ってた、おっけおっけ。




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