でも、なんか、どっかで見たような……
「おほーっ! 」
海! 海だー! これ、ほんまもんの海ですわ! ギラギラと照りつける太陽、まっさらな白浜、ぷん、と独特な潮の香りと、寄せては返す波の音色。四頭だての高燃費サイボーグ牛車に揺られること1時間弱、私達は華村家所有のプライベートビーチに辿り着いていたのです。
もっとも、流石に外洋で泳ぐ訳にもいかず、海とは言えど、ここは学園島環状山脈の内側であり、定期振動波と塩化風の発生装置を備えた、人口の海岸なんだけどね。でも、すっごい綺麗なの、合成ウミウシ君たちが頑張って掃除してるんだろうなぁ……流石は学園島だね、東京じゃこうはいかないよ、子供の頃なんかは、ばーちゃん無しで海に近付いたら、あっという間に水蛇や河童力士に襲われちゃうからって、泳ぐのはもっぱら川や池だったもん。
「ハ、ハナコさん、すごいね、行こうよ、走ってみて良い? 」
「うふふ、構いませんよ……ここは、わたくしがサクラさんの為に新しく造成させた内海岸ですから、心配は何も要りませんわ」
……なんかちょっと変な話も聞こえたけれど、うん、気にしない、今日は気にしないよ! とりあえず砂浜ダッシュや! おいでもこたん、一番乗りだよ。
砂浜に侵入した途端、きゅっきゅっ、と足元の砂が鳴る。うわ、何これ、あ、知ってるよ、聞いたことあるよ……なんだっけ、星砂? なんか、金平糖みたいな形の砂が擦れあって歩くと音が鳴るんだよね? 違った?
「だよね、シャーくん! 」
「イラっ」
ビーチサンダルで足蹴にされた私は、盛大に砂浜へ突っ込んだのですが、うん、まるで痛くないよ、すごいね、フワッフワの砂浜なのです。転がりながらも音楽を奏でる鳴き浜に、私は感嘆の声を漏らしていたのですが。
「サクラ先輩、おかしな略し方をしないでください、見下されてるようでイラつきますから……あと、その砂はただの弾性硅砂ですよ、下の層に砂状スピーカーが沈んでるだけです」
「なんやと」
的確に心を読んでの夢ぶち壊し……おのれ、やるな、相変わらず怖いぞシャーくん。でも、今日は気にしないよ、全部許すよ、だから全部許してね。
ワハハ。
「……ずいぶん、機嫌が良さそうですね」
「そ、そう? かな」
そうかな? でも確かに、ウッキウキだからテンションは高いかもね? でも、それだけだよ、なんもないよ、他に理由なんてありゃしまへんよ、ああ楽しい。
……ふひっ。
「いたたたただっ、しゃ、シャーリーくん、痛い、いはい」
「イラつくから、そのにやけ顔、やめてくださいって、言いましたよね……卑猥……男を誑かす、ビッチ……淫売……傀儡女……」
い、言ってない、言ってないよ、聞いてないよ、やめ、やめて、ほっぺた取れるから! 小太り爺さんになるから! ……いや太ってはないぞ、後で見せたるわ、今日の為にご飯の量を減らしてきたんだからね、泣きながらお布団噛んで我慢してたからね! あと、傀儡女ってなに?
「おーい、サクラちゃーん、もういいでしょ、早く着替えよ、待ちきれないよ、遊ぶのは水着になってから、家に帰るまでが海水浴だからねー」
はーい、よく分からないけど分かりました、シャーリーくんも行こ、カニみたいにカチカチしてないで、私のほっぺたは頑丈だぞ、あ、もこたんは見張りお願いね、けだものが二匹も居るんだから、ハレンチな覗きしないとも限らないからね、というかやりそうだからね。
「あぁ、もうサクラさんったら、慌てなくても海は逃げたりしませんわ、ふふっ……ささ、お着替えを致しましょう、わたくしがお手伝い……」
「いらないよ」
無駄に豪華な海の家には、広々とした更衣室とシャワールームも完備されていたのです、開放的なテントの下では、早速に屋台食の準備も……ん、なんだあの店員さん、妙にデカイな……あ、もしかしてあれ、アシナガさんか? こんなことまでさせられてんの? 忍者かわいそう。
まぁいいや、後で誘ってあげよう、人数は多い方が楽しいもんね……うぅん、またテンション上がってきた! あはは、なんだろ、ついこないだまであんなに情緒不安定だったのにね、凹んでたのにね、案外簡単だなぁ、わたし。
でも、冷静になって考えてみれば、仕方ないとも思えるんだよね、私なんか、ただのちんちくりんな女子高生だし、頑固でしぶといだけで、決して強い人間じゃないんだもん、分かってるよ……みんなが居なきゃ、笑うことも覚束ないよ、もっと、ありがとうって、感謝しなきゃ。
「……うひっ」
「イラっ」
い、いたたたた! や、やめ、どっから来た! アグレッシブなワタリガニか! ごめんなさい、浮かれてごめんなさい、というかシャーリーくん、今日はちょっと攻撃的なんじゃございませんか? やめてください、コブ取り婆さんになるから。
「はぁ、まぁ良いですけどね……どうせすぐに先輩の貧相な肢体は皆と比較されて、その気持ち悪い笑いも顔から剥がされてしまうでしょうから」
「おいよせ、やめてください」
うぐぐ……確かに、戦力差は絶望的だよ……シャーリーくんの水着はシンプルな黒のビキニ。約束どおり、ヒモッヒモの際どいやつだよ……でも、なんだろう、全然いやらしくないの、細くて真っ白な、お人形さんボディとの見事な対比、うぅん、きめ細かい、さらっさらのスベッスベ……これを日焼けさせるなんてとんでもない、ちゃんと対策してる?
「サクラちゃーん、海、海いくよー! とりあえず死ぬほど泳ごうぜー! ……おっと、その前に、ぬふふ、野郎どもを悩殺していこっか」
ぽいん、と跳ねながら、着替えの済んだ栗原さんも現れた。こちらは見事に引き締まった体育ボディ、青い水着には斜めに赤いラインが入ってて、いかにもって感じだね、その下には腹筋が浮いてるけれど、ムッキムキって訳でもないし、ギリギリ女の子らしい健康美、絶妙で見事なラインを攻めていると言えるでしょう……でも、胸はないね、あれ、これ、私の勝ちじゃね? やったんじゃない? よっし、心の中だけで、小さくガッツポーズや!
「お待たせしましたサクラさん、さ、参りましょう、もこたんを浮き輪にすれば、2人で端の方まで泳げますわ、行きましょう、今日はのんびりと語らいましょう」
「かたらないよ」
海だからね! てかちくしょう、私が勝利宣言した瞬間に殺しにくるとは……鬼か悪魔か怪獣か……いや、怪獣だこれ、凶悪やでぇ……ぼいんぼいんの……やだ、なんかやだ、説明したくない……白のビキニに薄緑のパレオが似合ってるね、うん、他に言うことないよ、そのまま撮影会でもできそうだよね……やってみる?
うん、でも許します、海だからね! そんな些細な問題は、波にさらわれ流されてアイランドなのです。いくよシャーくん、はよ入ろ、学園島の荒波が私達を呼んでるから!
抑えきれない興奮を、両手を広げて開放した私は、波打ち際目指してダダッと突撃したのですが。
「うお、なんだサクラ、いきなり飛び付いてくるな」
「おおぅ、今日は大胆だねぇ、攻めるねぇ、一夏のアバンチュールかい? アバンティかい? それとも、もう越えちゃった? やだ、お兄さん興奮してきたよ」
おり悪く、着替えを終えた男性陣に衝突してしまったのです。
「あわ、ご、ごめ……あわわわわっ」
ロボ君は、そのまま、ひょいと私を抱き上げ、何事も無かったかのように、海に向けて歩き始めるのです。
「うわぉ、だいたーん……いいなぁ、1人だけ彼氏持ちとか、サクラちゃんずるいなぁ、ねぇ、私にも貸してよ」
おいこら、勝手なこと言うな、そして助けろ、ドナドナされる、アバンチュールされる、だ、誰か。
「栗原先輩は、ウォーレン先輩辺りを使ってればいいでしょう、気持ち悪い者どうし、相性が良いかもしれませんよ、もし相性が悪くても、そのまま潰し合いしてれば、みな幸せです」
「いえ、シャーリーさん、案外良い考えかも知れませんわ、辛島さま、栗原さんをしばらくお任せします、色々と打ち合わせもあるでしょう、ビッケ団長が合流される前に、その辺りを詰めておくのは合理的だと、わたくしはそう思いますの」
おいこら、勝手なこと言うな、そして助けろ、なんかこのムッツリガッパ、さり気なく色んなところ触ってくる! ……でも、ロボ君やっぱりガッチリしてるなぁ……傷だらけだし、ほんとに同級生なんだろうか? あ、なんか傷痕ぷにぷにしてる、なんだこれ、こんな感触なのか、なんか面白いね。
「おいサクラ、あんまり触るなよ、まだ明るいぞ」
「まったく、サクラちゃんはいやらしいなぁ」
「ふごっ? 」
え、なんで私がいやらしい事になってんの、おかしいでしょ、冤罪やぞ! 私はただ、ロボ君の身体を触って……あ、これ変態だ、私が変態だった、ごめんなさい。だから見ないで、皆、そんな目で見ないでください、ぐぬぬ、悔しい、他はともかく、ウォーなんとか先輩には言われたくないよ……でも、この先輩も良い身体してるなぁ……ロボ君より少し細く見えるけど、その分背も高いしね、なんというか、しなやかな感じ、ロボ君がトラなら、チーターってところかな? 2人とも肉食系だね、うん、正直、カッコいいと思うよ、素直にね。
「まったく、サクラちゃんはいやらしいなぁ」
「なんやと」
なんですか、冤罪ですよ、私はただ、2人ともイイ身体してるなーって思って見てただけ……あ、これ変態だ、私が変態だった、ごめりんこ。
「そうか、浮気者の彼女には、罰が必要だな……そら」
「え? う、うわわわっ! 」
ぽいーん、とロボ君に投げられた私は、10メートル近く飛行して、海の中へと落とされ……え、ちょっと、これ危なくない? 加減知らずかこの男! ちょっと待って。
ぽいーん。
あばばばっ……ん? なんだこれ、ふんわり着水した……あ、もこたん? なんか、まん丸になってるけど、空気入れたの? ありがとね、助かったよ、おのれ、あのDVロボめ、許さへんぞ!
ぶんぶんと両手を振って抗議する私に、しかし、皆は笑顔を向けていました。おのれ、いくら海だからって皆んな浮かれすぎじゃないの? そうか、そっちがその気ならやったるわ、戦争だ!
早速に駆け込んでくるハナコさんと栗原さんに、海水をかけて迎撃する。ロボ君とシャーリーくんは、のんびりと近づいて来ているよ、参加する気は無いのかな? まぁ、射程距離に入ったら攻撃してやるんだけどね、うひひ。
「やぁ、みんな楽しそうだなぁ……お、かわいこちゃん発見、うーん、お兄さんも楽しんでこようかなぁ? 」
ただひとり、マイペースなのはウォーなんとか先輩だ、少し離れた場所を歩く水着の女性にフラフラと近づいて行くのです……うん、いいけどね……楽しみ方は自由だけどね……何しに海に来たんだよ、もっとこう、アレしようよ。
少しばかり距離があった為に、私には判別がつかなかったのですが、先輩の追いかけていった女性は、小柄だけれどスタイルも良く、確かに可愛い感じに思えるのです。しっかし目ざといなぁ、さすが変態先輩……でも、あれ誰だろう? このビーチはハナコさんの持ち物らしいし、アシナガさんの仲間かな? お使いかな? 忍者大変そう。
「でも、なんか、どっかで見たような……」
首を傾げた私に、栗原さんの放水攻撃が命中する、たぶん、手加減はしてるんだろうけど、まるでお風呂の水を全部ひっくり返したような水量なのです。なのでひっくり返った私の思考は、そこで途切れました、疑問も海に溶けてしまうのです。
結局その日、先輩は帰って来ませんでした。




