さくら、さくら
自宅でも守っていたのだろうか、最後まで残っていた合成オナガが羽音を立てて飛び去り、森の中は完全なる静謐さをみせていた。いや、そんな綺麗な言葉で飾るのは相応しくないだろうか、なぜならば今、この森を覆い始めた静けさは、悪意と殺意に満ち満ちたものであったのだから。
「は、ハロッくん……なの? 」
ごくり、と唾を飲み込み、私は返答に備える。この黒い鎧の中に彼が入っていったのは、紛れも無い事実ではあったのだけど、でも、それを目にしたからといって、素直に信じられる訳もない……だって、あのハロッくんだよ? ちょっと過激で無軌道なところはあったけど、彼の目は、いつもとっても純粋で、純真で、それに、無垢だったんだから……こんな嫌な気配を撒き散らすはずなんかないよ、何かの間違いに決まってる。
「豚は、自らが豚であると気付かない、ただ、醜く口を開け、餌をねだり、糞尿と欲望だけを垂れ流す……奉公を嫌い、義務を果たさず、卑しく権利のみを主張する……選別が必要なのだ、そして、それをするのが執行官である……故に」
がぱん、とハロッくんの両肩に装備された、ナットランチャーの蓋が開く、ラーズさんとダレンゲスは同時に動いた。
「これより、屠畜を執行する」
ぶばっ、とばら撒かれるナット弾、二人の騎士は身を躱し、あるいは剣で弾き、それぞれ回避するのだが。
「うわ、うわわわわっ! 」
めきめきと響く嫌な音、そして頭上にかかる影にて私は理解した。たーおれーるぞー! えぇ、これ、大丈夫? 何本倒れて来てる? 避けられる? ええい、振り向いてる暇は無い、右か左か、どっちかに飛び込め!
すんでのところで主幹は避けられたものの、細い枝と葉っぱに押さえつけられて、私は地面に叩きつけられた、ぐふぅ、腐葉土が、口の中に……ちくしょう、私はカブトムシじゃないぞ! こんなん美味しくない。
「やはり壊れた人形か! 余計な手間をかけさせおって、奉基署には、しかるべき請求をさせてもらうぞ」
樹々の影を縫いながら、ハロッくんに向けてダレゲスは突進してゆく、ゲスのくせにやっぱり速い、木から木へと、まるで瞬間移動してるみたいだ。
「ダレンスっ! 」
と、樹上からラーズさんが降下してくる、いいぞ、ドサクサに紛れてやっつけろ! ……ああ、防がれた、ちくしょう、やっぱり隙が無い、ゲスのくせに生意気な。がちん、と剣をかち合わせ、しかし追撃する事なく二人は飛び退る、ハロッくんがナット弾を撃ち込んだためだ。
「うわ、うわわわわっ! 」
また来た! 避けろ、もう腐葉土はごめんやぞ! うぐぐ、この騒ぎに乗じて脱出したいところなのに……なんなのこいつら、さっきから絶妙に邪魔してくるんだけど、ひょっとして、これも計算してやってんの? やだ、騎士こわい。
盛大に森林破壊を続けながら、三人の怪物は戦い続ける、まるで遠慮なしだもん、もし、これをばーちゃんが見てたなら、全員しばき倒されて夜まで説教ものだよ。
しかしまるで三すくみ、この膠着状態はしばらく続きそう……いや、膠着というには、しっちゃかめっちゃかだけどね……この中で、実力的には劣るっぽいラーズさんだけど、ハロッくんを利用して上手く戦っている、一方で、そのハロッくんは、どっちも敵だと考えてるのかガンガン攻めてるよ、でも、こうなるとダゲスにとっては苦しいかな? 表情が少し歪んできたね、いい気味だ、いいぞもっとやれ。
「ええい、さっきからちょこまかと、流石は中京の騎士、姑息な戦いが得意であるな! 」
「どうしたダレンス! 強者の振る舞いが出来ていないぞ! 」
「腹立たしい……よく吠える! 」
打ち込んできたダゲスの剣を、ラーズさんは斜め後方に下がって躱す、そこへ入れ替わるように、ハロッくんが突っ込んできた、ううん、上手い、これ、ほとんど2対1じゃん、ダゲスの奴め、なまじ強いから連携して戦うのが苦手なのかな? いいぞ、これなら勝てるかも! もっとやれ。
ダゲスはラーズさんに翻弄され苦戦中、ハロッくんは二人をバラバラに狙っているのか、攻撃にまとまりが無い、しかし、ラーズさんの方にも、決して余裕がある訳でも無いのだ、やはり、他の二人に比べれば、実力的には一枚下なのだ、少しばかり決定力に欠ける様子である……うぅん、もどかしい、長丁場になりそう、そのくせ私に逃げる隙はくれないしぃ。
いつまでも終わらぬとさえ思われた戦いであったのだが、しかし、その均衡は突然に崩される。ダゲスの出足を止める為、ハロッくんを盾にして打ち込んだラーズさん、そのラーズさんを小石の飛礫が襲ったのだ。
「なんっ!?」
「あっ!?」
バシバシと、いくつものつぶてが彼の身体を叩き、バランスを崩したラーズさん、そして、そんな隙をダゲスが見逃すはずもなく、振り抜かれた奴の豪華な長剣は、ラーズさんの左手首を斬り飛ばしたのです。う、痛そう、でも、咄嗟に左手で防がなきゃ、きっと首を刎ねられてたよ……くそう、良いところで邪魔してくれちゃって! なんだ、誰だ、新手の敵か?
「ら、ラーズ……ごめんなさい! 」
ぐえ、イムエさん? 良かった、無事……いや、無事そうでもないな、両手両足ポッキポキじゃん、ブナの木に寄り掛かって、何とかここまでやってきたのか……そうか、今のはラーズさんを援護しようと、ダゲスに向けられた攻撃だったのか……でも、ちょっとタイミング悪すぎるよ、今のはマズイよ、そもそも、こんな乱戦に石弾を撃ち込むなんて。
「イムエ! 来るな! お前だけでも逃げろ! 」
「ふはっ、女の前で死ねっ! 」
ぶん、と振り下ろされたダゲスの剣は、ラーズさんの胸を切り裂いた。イムエさんの悲鳴が上がるが、今のはハロッくんにナット弾を撃ち込まれたせいだろう。
「ぐううっ! ダレンス! 貴様だけでもォッ! 」
まるで決壊寸前のダムのように、ラーズさんの胸の傷から、細く長く、しかし勢いよく血が噴出するのだが、彼は最後の力を全て振り絞り、ダゲスに向けて剣を振るう。ぴぃん、と高いガラスを震わせたような音は、彼が『斬鉄』を遣ったからか。
ラーズさんの最期の攻撃、それはまさに魂のこもった、見事な一撃であり、もしもダゲスに届いたならば、その防御を斬り裂き、憎き敵を地獄へ道連れにできたかもしれない。
しかし、それは無情にも、ダゲスに届く事もなく。
「お前は、はんぶん殺すと言った……」
どさり、と、彼の上半身が地面に落ちる。
「さくら、さくら」
森を劈くイムエさんの悲鳴は、今度こそ、ラーズさんに向けられていたのです。




