大丈夫じゃないよぅ
えっちらおっちらと、森の中を走る私とハロッくん。背後からは、爆音が何度も追いかけてくるのだ、その度に逃げ惑う野鳥達が頭の上を通り過ぎて行き、早くも息切れし始めた私は、翼が欲しいと神様に願うのです。
「ぐひぃ、なんっ、で、人には、羽が無いんだろう、ねっ! 」
いや、悪態か、リニアギプスのおかげで、普段よりも速く走れてはいるのだが、何故だか背後の戦闘音楽は、ちっともボリュームを下げてくれないのだ……ぐぬぬ、位置を把握されてるよ、これ、付かず離れずじゃん、なんだよ、何でそんな余裕あるんだよ、もっと本気で戦いなさいよ。
「さくら、さくら、終わったから、こっちに来るよ、もう大丈夫だよ」
「大丈夫じゃ、ないよね、それ! 」
確かに、ひときわ大きな爆音を最後に、音楽が途絶えたような気もする、結果がどうなったのかは分からないが、ただひとつ確かな事は『どちらが勝ったとしても、私が逃げる事に変わりない』という事なのだ。どっちも私を狙ってる以上、捕まる訳にはいかないのだ……まぁ、危険度が高いのは西京騎士の方だろうけどね、命的に。
なので、そっちが来るのは最悪だよ、さっきのダレンスなんちゃらなんて、見るからにゲス野郎だ、あんなのに捕まったら、いったいどんな目にあわされるか知れたもんじゃないんだから、来るなよ、絶対に来るなよ! フリじゃないからね!
「やれやれ、紐付き女が、手間をかけさせるな……変態ならば、大人しく飼い主に従っていれば良いのだ」
「はいきたー! 」
もうやだ! 何でくんのよう! いや、分かってたけども、イムエさんより強そうだったけども! あと私は変態じゃ無いぞ、首輪とリードは、これ、私の趣味って訳じゃないからね、そこんとこ間違えんなよ。
「待て! サクラ様に手出しはさせぬ、俺が相手だ『からすき』のダレンスバラン! 」
どぉん、と背後に着地したのはラーズさんだ、うぐ、前後を挟まれた……ちょっとハロッくん、こっちにおいで、さり気なく移動しよう、巻き込まれたら大変だからね。しかし、互いの相手を片付けたのだろう、対峙する二人の騎士であったが、両者のダメージは全然違うよ……ラーズさんは全身ボロボロで、片目が塞がってしまっているのに対して、ダレンスの方は全くの無傷なんだもん、こんなの勝負は見えてるよ、どうしよう。
「ほう、ナカジマを倒したのか……噂には聞いていたが、下郎にしては中々やるな……よし、名を名乗れ」
「新生天領騎士が第三席、ラーズリット……いざ」
ぱん、と音が弾け、二人の位置が入れ替わる。私の目では、良く追えなかったのだけれど、めきめきと倒れ始めたブナの大木が、彼らの間で、何かしらの攻防があったのだと告げていた。
「やはり、その程度か……ふん、怪我は言い訳にならんぞ、戦場ではそれが当然なのだ、まぁ、さっきの女よりはマシだがな」
「イムエの事か! 貴様ッ! 」
二人の装備は、ごくごく標準的なサイズの長剣だったけれど、ダレンスの方は、なんか豪華な感じがするね、随分とお金かけてるんだろうなぁ……あ、ちょっとハロッくん、こっちにおいで、もう一回走るからね、いい、行くよ?
ぱんぱん。
「ふはは、そうか、貴様の女か? なに心配するな、殺してはおらぬぞ、あれ程の器量良し……ふふ、騎士を犯すのは初めてだ、具合はどうだ? おい、きちんと仕込んでいるのか? 」
「貴様ァ! 」
うわー、なんたるゲストーク、最悪や、ゲスの極みだよ、ぐぬぬ、でも、イムエさんは生きてるようだし、ここはなんとか、ラーズさんに頑張って欲しい。あと、逃げ道を塞ぐのはやめてほしい、なんなの、そんなスピードで戦って、さらに会話しながら、こっちもちゃんと見てんの? 騎士こわい。
「うう、どうしよう、なんとか逃げなきゃ……せめて端末があれば、ロボ君に連絡出来るのに……」
「ろぼくん? なに? ……もしかして、あれ? あれのこと? きてるよ、もうきてる、さくら、大丈夫だよ、ほら」
「えっ、嘘!?」
ハロッくんの指差す方を見た私は、たぶん、すっごい笑顔だった筈だよ、なんだったら駆け寄って抱き着くまであったんだけどね……うん、でもね、世の中そうそう都合良くはいかないよね……だって、そもそも、ハロッくんは、ロボ君のことなんて知らないもんね。
まぁ、確かにね、見た目はね『ロボ君』って感じかなぁ……ガッチガチの、ゴッテゴテだもんね。
「最悪だ……」
思わず、私の口から漏れた言葉は、最悪でした、最悪の上に最悪を重ねたような、真っ黒な最悪。
今もなお戦い続ける騎士二人、しかし、まるで、それが見えないかのように、真っ直ぐに、一直線に歩いてくるのは、全身真っ黒の、恐ろしげな鬼の面。
「大丈夫だよ、さくら」
「大丈夫じゃないよぅ」
うぅ、ロボ君、早く来て、このままじゃ……漏れる。




