はんぶん殺すよ
はい皆さんこんばんは。てくてくと、森の中をお散歩中の佐倉サクラです、ばっちこい。
いやー、久し振りの大自然ですわ、なんとなく懐かしさすら覚えますよ、もっとも、こんな夜更けに東京の森なんか歩いてたらね、あっという間に、ウロコ狼か手長熊に襲われちゃうところなんですがね、学園島には、そんな動物兵器なんか棲んでませんし、ちょっと薄暗いのは残念ですが、リニアギプスの調子も良いし、なかなか快適な、夜のお散歩と言えるでしょう……紐で繋がれてなかったらな!
「サクラ様、もう少しで到着します、あと僅かご辛抱ください」
ちくしょう、このバカップルめ、手なんか繋いで歩きやがって、妬ましい……というか私は犬じゃないぞ、リードは必要ないから、早く外してください……はぁ、どうしよう、端末はイムエさんに奪われてしまったし、そもそも彼女の側に居ると通話が撹乱されるみたいだよ、先端呪術かな? でも、これじゃ打つ手がないなぁ、なんか本気で不安になってきたよ……うぅ、ロボ君はやく来てよぅ。
ほうほう、と合成フクロウが鳴き始める、なんともご丁寧なことである、もしかして、雰囲気を盛り上げてくれているのだろうか。
「……どうなっちゃうの、かなぁ」
思わずため息を零しそうになり、私は慌てて首を振る、いやいや、弱気になっちゃ駄目! きっとロボ君とハナコさんが助けに来てくれるよ、それに、私だって、このままでいるつもりはないんだ、隙を見つけて逃げ出してやる、絶対に諦めないからね! ……よし、自己暗示完了、元気出た、上を向いて歩こうの精神やぞ!
顔を上げる私の目に、月明かりに照らされた環状山脈の、薄くぼやけた稜線が飛び込んで来る、もう随分と島の端っこまで来ているようだ。この学園島は、直径50キロ程の丸い島で、周囲は切り立った崖というか、リング状の山に囲まれている、元々は人工火山を利用した、大規模な噴火発電基地であったのだが、有り余る余剰電力を利用する為、その巨大な噴火口に町が作られ、なんやかんやを経て、今は島全体が聖十字学園の敷地となっているのだ。
確かに、この環状山脈は守りに向いているし、下界と隔絶し、なおかつ何不自由ない暮らしもできるのだから、上流階級の子女を教育するには、うってつけの環境かも知れないね。
「イムエ、入り口を確認してくれ……中に、誰かいる」
「ぐぇ」
ふと、足を止めたラーズさんが、私のリードを手繰り寄せる。おいこら、首が絞まったぞ! 雑ゥ! 扱いが雑! なんやこいつ、姫さまっつったやろ! もっと大事にしてください、まともそうな言動だから油断してたけど、そうだね、騎士ってのはこんなんばっかだったね! ……んで、中に誰が居るって? というか中ってなに? 目の前にはでっかい岩壁しかないよ?
「……走査……交点……えっ、きやっ! 」
突然に、岩壁を突き抜け、人影が現れた。うわ、なんだこれ、あ、壁自体が幻だったのか、これ、幻視の呪術? イムエさんもなかなかやるじゃない……って、危ない、なんか来てる!
「イムエ! 」
ぴょいんとジャンプし、イムエさんに飛び付いたのは、素っ裸の男でした、うわ、また変態か、こんなんばっかか、ここは変態島か。でも、隠れ家にて待ち伏せしていた敵かと思われた、その変態さんは、ラーズさんによって簡単に制圧されてしまいました……ありゃ、よわい、普通の人間だったのかな?
「う、うぅー! 痛いよ、はなしてー」
じたばたと暴れるその男は……なんだろう、なんと表現して良いものか……まず、見た目はイケメンさんだね、素っ裸だからよく分かるけど、かなり体格はいいよ、ラーズさんと同じくらい、185センチの78キロってところかな? 年の頃も同じくらいだと思う、たぶん二十代前半、色白の肌は生傷だらけで、まるで、さっきまで森の中を、転がりながら走ってたのかと思うほど、あとはそう、髪の毛が真っ白だ、これは生まれつきというよりも、何かのショックで白くなったんだと思うよ……だって。
「い、いたいー、ママン! たす、助けて、ママぁーン! 」
なんだろう、まるで子供みたいな喋り方だよ、錯乱してる? よっぽど怖い目にあったのかな? ちょっとラーズさん、やめたげなよ、なんか可愛そうになってきたよ、多分この人は敵じゃないよ、だから離してあげて、あと、服をくれ。
「……サクラ様が、そう言われるのでしたら」
しぶしぶ、といった態で、ラーズさんは身を離したのだけれど……あのさ、私が止めなかったら、どうするつもりだったの? ……うーん、この人も結構、過激そうだなぁ、あと、服をくれ……そしてお前はくっ付くな、離れろ! 全裸やろが!
すぱん、と私のエクスカリバーを脳天に受け、ぺたん、と座り込む全裸マンは、まるで子供か犬か、きょとんと、目を丸くするばかりだったのです。
「そ、それ、で、あなたの、お名前は? 」
「はろっく……せ、せー、せー、せーるでなんど」
「そう、なんだ、ハロック君、だね……私はサクラ、よろしくね」
ラーズさんとイムエさんの隠れ家は、岩穴に呪術でフタをしただけの簡素なものでしたが、中は意外と広く、そして快適でした。空気解凍の保存食でお腹を満たし、今はこの、服を着せて、ようやく人間らしさを取り戻したハロック君に尋問中なのです……いやね、なんかね、妙に懐かれちゃってさ。
「さ、さくら、さくら、優しい! すき! 」
横座りした私の膝に頭を載せて、ぐりんこぐりんこ回転中のハロッくんなのです。あ、あたた、ふくらはぎが痛いからやめろ、なんやこいつ、落ち着きの無い奴め、とうっ。
「いたい、あはは、いたいー」
「サクラ様、この人……廃棄戦者ですよ、改造痕がものすごい……おそらく、かなり過剰な……なにかの実験体だったのかしら」
食後のコーヒーを淹れてくれたイムエさんが、小さなちゃぶ台ごとに移動してくると、何やら沈痛な面持ちにて教えてくれました。騎士と比べて戦者の数は多いのですが、それでも割合で言えば、人口10万人に対してひとり居るかどうか、例え三級戦者といえども、そんな簡単に使い潰すなんて……まさか、泥鬼とかいうやつ? ぐぬぬ、なんかムカつく話だよね、まぁ、私なんかに出来る事はないだろうけども、それでも、あまり気分の良いものじゃないよ。
「西京では、人体改造が盛んだと聞いています……確かに、西京の戦者は手強い、昼間に戦った先頭戦闘執行官、あれなどは、騎士にも劣らぬ力を持っているのです、生体蓄電池を利用した日常兵器と補助筋肉は、抜刀もせずに、凄まじい戦闘力を発揮できるのです」
うぅん、なんか怖いなぁ……シャーリーくん、ほんとに大丈夫かなぁ……お腹空いたなぁ……おかわりしちゃ駄目かなぁ。
「さくら、お腹すいてるの? 外にいのしし居るよ、取ってこようか? 」
「とってきて」
わかった、と飛び起きるハロッくんを、ラーズさんは片手で押さえるのです、じたばたと暴れる彼でしたが、しかし、やはり廃棄されたという事は、そういうことなのです、彼はもう、戦者と呼ぶには、余りにも非力なのでした。
「サクラ様、ご自重ください、明日にはここを離れます、ここまできて余計な危険を冒すような真似は……」
「だ、だから、離れないったら! 私は、家に帰ります」
それには答えず、ラーズさんがイムエさんに目配せすると、部屋の隅から、彼女は二本のリードを抱えてくるのです。
がちょん。
再びお縄となった私達は、鉄柱に繋がれ、吠える事しかできませんでした。うぬぬ、おのれ、絶対に逃げ出してやるからな……いまにみてろよ。
「さくら、さくら、怒ってるの? あれのせい? 殺そうか? あとで、ぼくが、殺しておくからね! 大丈夫だからね、だから、もう怒らないで、こわいよ」
両手を縛られている為に、ぐりんこぐりんこと頭を擦り付けてくるハロッくん。ううん、なかなか可愛い奴かもしれないけれど、なんか発言が過激だよね……まぁ、私のために言ってくれてるのは分かるんだけどさ、ちょっと素直過ぎるかな……よし、ここはきちんと言っておかないと、彼の社会復帰の為にもなるだろうしね。
「いい、ハロッくん、殺すとか、簡単に言っちゃ駄目、だよ? 私のために、言ってくれたのは分かるし、それは嬉しいけどね? でもだめ、分かった? 殺すのはだめ、おーけい? 」
ゆっくりと、子供に言い聞かせるように、私は説明した、でも、なんで駄目なのかを教えてあげらんないのが悔しいね……だって、私だって自分を守るために殺してるもん、ロボ君が手をかけた、なんて言い訳できないよ、彼は、私が助かる為に、そうしてくれたんだから。なんだか、落ち込んじゃうね、こんな事、私はちっとも望んでないのに。
「さ! さくら、さくら、元気出して! 悲しそう、笑って、さっきみたいに笑って、ぼく、もう殺さないから、笑ってるほうが、さくら、すき」
そう言って、にっぱり、とハロッくんは笑顔を見せるのです、無邪気で、純粋そうな笑顔、それは、きっと、大切な事だ、そうだね、私が笑ってなきゃ、他の人まで落ち込んじゃうよ、ロボ君やハナコさんの為にも、私は笑ってやるぞ、見ててねばーちゃん、約束は守るからね。
「えへへ、ありがとねハロッくん、なんか元気でたよ! 明日は一緒にイノシシ獲りにいこうね! 」
私も笑顔を返すと、ハロッくんは再びぐりんこを開始するのです。うお、ちょっと、手加減しろよ、大型犬か! ハナコか! ハウスハウス!
「うん、やくそく! ぼくも、やくそく、あいつはね」
ぐい、と私に押し返されたハロッくんは、足の先でラーズさんを指し示す。こら、お行儀悪いぞ、エクスカリバー案件だぞ。
「はんぶん殺すよ」
うん?……うーん、まぁ、いや、うーん。
ギリ、セーフ……かな?




