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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第1章
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たわしは引っ込んでろ

「おはようございます、サクラさん、ご機嫌はいかがかしら」


 超上流階級の子女が集う『聖十字学園』といえども、やはり格差というものは存在するのだ、それも、歴然として。ここでは基本的に、どれ程の富豪や権力者といえども、歴史の無い家はあまり重視されていない。


 例えば、そこらの億万長者が金にモノを言わせて、自らの子供を厚遇するように圧力をかけたとしよう、すると、その億万長者さんは哀れにも、翌日から公園で、ハトに餌を与える仕事に就かねばならなくなってしまうのだ、あなおそろしや。なので所謂(いわゆる)成金さんや芸能人など、一代にして名を成した者達は、たとえ財力知名度では勝ろうとも、由緒ある華族の方々と比べれば、一段も二段も劣る扱いを受けてしまうのだという。


「……サクラさん? 」


 おっといけない、不審に思われたか、うぅん……この、どうにも余所事を考える癖を何とかしなさいと、よくおばあちゃんにも怒られてたっけ。でもね、今回に限ってはね、こんな思考の逃避をさせるのは、ハナコのせいだぞう?


 いやしかし、なんたる美少女か、六月の朝光を背負って立つその姿は、そこらのモデルさんやアイドルさんを、軽く轢き散らかして蹂躙しそうではあるよ……そういえば聞いたことは無かったけれど、ハナコさんもお華族様なのかな? 女子寮に住んでないって事は、島内に別荘を構えてるんだろうけど、いやはや、なんとも場違いな、こんな貧乏長屋に足を運んで下さるなんて、恐れ多い事でごぜーますよ。


「もしかして、どこか具合が悪いのですか? あぁ、いけない、今日はお休みしましょうか? そうですわ、わたくしの部屋には、サクラさんのベッドも用意しておりますし、少しそちらで休んでいかれてはどうでしょう、そうですわ、ええ、良い考えです、熱は無いようですけれど、油断は禁物ですし……」


「わ、だ、大丈夫だから、へいきだから! 」


 えぇい、どこから突っ込んで良いのか分からないぜ、とりあえず、他人の体温を唇で計るのはやめなさい! しばくぞ! マジで。


 私は、わたわたと暴れてガチハナコを遠ざける。ううむ、そろそろ本気で突っ込んでやらないと、逆に突っ込まれそうな気がするよ、色々と、てかなんで私のベッドがあるんだよ、怖いわほんまに。


「そ、そうですの? 本当に、調子は悪くないのですか? 」


「う、うん、大丈夫、おはようハナコさん……あの、心配してくれて、ありがと」


 そうなのだ、このタチハナコさんのタチの悪い所は『良い人』だということ。今の変態的な言動も、純粋に私の事を案じてくれているだけなのだ……たぶん、きっと。


 私の挨拶を受けて安心したものか、とびきりの美少女笑顔(スマイル)を浮かべ、しゃなり、と立つハナコさんの姿は、やはり、お嬢様という存在を体現したかの様な佇まいである。優しげな微笑みのままに、息づかいだけを荒げてるのは、ちょっとアレなんだけどね。


「あの、それで、その……横のひと、達は? 」


 ようやくに、私はようやくにして本題を切り出す事に成功した。最初から言えよと思われても、まぁ、仕方のない事なのであるが、ちょっとね、言い出せなかったのだ。


 だって怖いもん。


 超絶美少女の両隣りに控えるのは、ゴツい体格の二人組。顔の見えない黒いフルフェイスのヘルメットと、黒いライダースーツの様な物を着込み、さらにその上から、白いワイシャツと黒い背広を、ぴっちり、と着こなしている。


 ぱっと見、変態にしか見えないのだが、よくよく見てみれば、ド変態にも見えるであろうか。しかし、あのハナコさんが連れているのだ、彼らはただの変態という訳でも……ありうるな、うん。


「あぁ、サクラさんは気にしなくとも構いませんわ、この二人は、居ないものとして扱ってくださいな、奉基署の指導官ですから」


 ん? ほうきしょ? って言うと……つまりあれですか、奉公基準監督署? マジで? あの、泣く子も物理的に黙らせるという、死んだばーちゃんが大嫌いだったという、あの人達ですか、ぐわー、初めて見た、怖っ、何ですか、わたし、なんにもわるいことしてないよ。


「あ、の、ハナコさん、私、悪いこと……」


「え? ……あぁ! いえ、違います、違いますわ! サクラさんには関係ありません、むしろ、貴女をお守りするために呼んだのですから」


 ん? 私を? 何でさ、なんかあったっけ。


 おそらく、私の頭の上には、沢山のハテナが浮かんでいた事だろう、それを見てクスリと笑ったハナコさんは、とりあえず行きましょうか、と私の手を取り、歩き始める。全くに普段通りの彼女は、確かに、背後から付いてくるピッチリ黒スーツの事など、これっぽっちも意に介していないようである、しかしコイツら、なんか喋れよ、怖いなぁ。


「……どうにも、最近、学園内に不穏な空気が流れているのです、行方不明になった者も居るそうですし……わたくしも、少し調べごとをしなければなりません、なので、サクラさんの身に、何かあってはいけないと思いまして」


「そ、そうなんだ、でも、調べごと? 気をつけてね」


 なんとなく、深く聞くのは怖い気がするのでやめとこう、でも、できればこのピッチリさん達は、早めに森に帰してくださいね。


 何故だか機嫌を良くしたハナコさんと手を繋いだまま、一般女子寮から校舎へと続くケヤキの並木道を、私は登校する。




 思えば、ここで無理を言ってでも、ピッチリさん達は追い返すべきだったのかも知れません。ん、いや、何も変わらないかな?


 だってこの二人は、今、現にこうして、私の目の前に立って居るのだから。





「なぁ、どうすんべ、順番」


「あ? んなもん、ジャンケンでいいだろ、いつも通りいつも通り」


 それは、三日後の事でした。何か大切な用事があるからと、珍しくハナコさんは先に帰り、ぼっちの私は、一人で並木道を逆走していたのですが。


「馬っ鹿、そうじゃねーよ、犯るのと、殺るのと、吸うの、どうすんの、順番」


「……処女じゃないと駄目、とか、あったっけ? 」


 突然に担がれた私は、人工林の奥に連れ込まれ、今はこうして地面にへたり込み、見上げるばかりなのです。


「しらね、でも、良く聞く話じゃん? 」


「……でもなー、俺っち、泣き喚かれるの、好きなんだよなー」


「わかる」


 ゲラゲラ、と笑う黒い二人組を、どこかボンヤリとした、(もや)のかかったような頭で、見上げるばかりなのです。さっき、思いきり殴られたからでしょうか、逃げなきゃ、とも確かに思うのですが、どうにも足が動きません。


「まぁいいや、やっちゃおうぜ」


「どれを? 」


「俺、前がイイ! 」


「そうじゃねーよ……あ、それね、ハイハイ」


 これは、恐怖と混乱と諦めと、そのほか色んな感情が、ない交ぜになってるせいなのかな? どうしよう、ちょっと、現実離れし過ぎというか、なんというか、理解が追いつかない。


「はいはーい、お嬢ちゃん、しっかりして、さっきのハナシ、ちゃんと聞いてた? 」


「おう、ガキなら元気が取り柄だろが、しっかり、そしてちゃんと喚けよ」


 バシン、と頬を叩かれたところで、ついに私の脳が追いついたのだ。



 殺される。



 一気に飛び起きて走り出した、広い公園は人が少ないとはいえ、まだ夕方にもなっていないのだ、誰か居るはずだ、声が届くはずなのだ。


「や、やだ! 誰か! たす、けって! 」


 珍しくも、声の限りに私は叫んだのだが、ひりつく程に喉を絞っても、何の反応もない、遊歩道にも、人影すらないのだ。何で? 誰か、いないの? お願い!


「うほほ、頑張れよ、誰も居ないけどな」


「馬っ鹿、まだ言うなよ、面白くねーだろ」


 おかしい、おかしい、人が居ない、誰も居ない、こんな事あり得ない。


「正解はー、結界張ってまーす、お前も走れてませーん、指導官なめんなよ」


「安心してください、ちゃんと痛くするから、作法、だいじ」


 まるで、ルームランナーの上でも走っているかのように、私の両足が空転していた、それに気づいてしまった。両肩に載せられた黒い革手袋が、左右から覗き込む黒いヘルメットが、私の小さな心臓を鷲掴みにするべく現れた、死神に思えた。


 いや、この卑しい二人組は、死神ですらないだろうか。本当に死神ならば殺すだけだろう、こんな、厭らしい真似は、しないはずなのだ。


 抵抗する力もない女の子を、地面に引き倒し、衣服をむしって、厭らしい笑い声をあげるはずは無いのだ。


 怖い。


 悔しい。


 こわい。


 私の乳房に食らいつく為にか、男達はヘルメットのバイザーを上げた。サングラスの様に真っ黒なそれの下から現れたのは、生皮を剥がれたかのような、むき出しの肉と欲望と、赤黒く輝く丸い目玉。


 これは、人間じゃない。


 きゅっ、と最後に息を吸い込み、私は最期の悲鳴を上げる、それが、奴らを喜ばせるだけとは知っていたのだが、これは、もうどうしようもないのだ。私はそんなに夢見がちじゃない、少女漫画とは違う、現実は残酷だと知っている、都合よく、助かる事なんて無いのだ。




吸血鬼(ウプイーリ)か」



 突然、声がした。


「なあっ!?」


「おっ、ぐっ、なんだ、テメ! 」


 私の声は、出なかった。


 もちろん、驚いたのは同じだったのだが、何しろ、たった今まで、死と陵辱を覚悟していたのだ、あの二人組の様に、飛び上がって誰何(すいか)する事などできはしない。


 ただ、何か聴き覚えのあるような、恐ろしげな、しかし、どこか懐かしいような、そんな声の持ち主を、首を捻って確認する。


 そこに居たのは、黒髪黒目、中肉中背、顔面を斜断する向こう傷以外には、特に目立つ所も無い、クラスメイトの男の子。


 本人曰く、私の王子さまなのだとか。


「あ……あ、わ、たす、わた、たわ、たわし」


 もう、涙が溢れて、上手く言葉が出てこない。


 ヒロインのピンチに、颯爽と現れる王子さま、いや、王子様と呼ぶには、少しだけ物騒な人だけど、でも、だけど。



「たわしは引っ込んでろ」



 今は、許してしまいそう。





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