豚は、肉になれ
むかしむかし、まだこの世界が生まれる前のこと、ひとりの神様がおりました。この神様は、他の神様と比べて力が弱く、皆からいじめられて、いつもひとりで暮らしていたのです。
ある日、とうとう大神様から、神様の国を出ていくように言われてしまいました、この神様は、神様と呼ぶには、あまりにも小さ過ぎて、そして弱過ぎたのです。
果てしなく長い時をかけ、ひとり旅を続けた神様でしたが、ついに、まだ誰も手をつけていない、まっさらな世界を見つけたのです。神様は思いました、この世界に空と海と大地を作り、そして生き物を作って、友達にしようと。
ここに、新しい国を作ろうと決意したのです。
「おばあちゃん、それで、かみさまは、どうなったの?」
「うぅん、それがねぇ……やっぱり、その神様は力が足りなくてねぇ、友達を作ることができなかったんだよ……人間や動物は作れても、自分と同じモノは、作れなかったのさ……」
「え、なにそれかわいそう、じゃあ、そのかみさまは、いまもひとりぼっちなの? 」
「どうだろうねぇ……ひとりとも言えるし、そうでないとも言えるかねぇ……」
「なにそれわかんない」
ワハハ、と豪快に笑うおばあちゃんは、私の頭をかき混ぜて、もう寝なさいと、電気虫を追い払うのです。ちくしょう、いつもこうだ、なんとなくモヤモヤしたまんまに、私を寝かしつけるのだ、今にして考えれば、わざとやってたとしか思えないね、腹立つね、まぁいいか、もう寝ちゃいます、なんか疲れたしね、はい、おやすみなさい。
「……サクラ先輩、現実逃避はそこまでにしておいた方が良いですよ、ちゃんと話、聞いてましたか? ラーズとイムエとか言うらしいですよ、二人とも新生天領騎士だとか……はっ、笑っちゃいますよね、こんな雑魚どもが十八人衆を気取ってるんですから、身の程をわきまえろと、誰か言ってくれる人は居なかったんですかね」
「うん、黙ろうか」
ハウスだよ、シャーリーくん、なんか二人ともビキビキしてるからね、怖いからね、刺激しないでね。でも、怖いからそちらも帰ってください、人違いですから、あたしゃただの村娘でございますから、路傍の馬糞ですから、バフンウニですから、そこいらの浅瀬に行けば、ゴロゴロしてますから。
「ともかく時間がありません、イムエの探知防御も長くは持たないのです、サクラ様、どうかご同行ください、私達は、貴女様をお救いに上がりました、全ては祖国復興の為、皆、サクラ様のお帰りを心待ちにしているのです」
「ち、ちょっと、なに言ってるのか、分かりません」
ラーズとかいう名前の、黒金髪イケメンさんは、両手を振り振り説明してくれているのですが、でもね、いきなり一緒に来てくれなんて言われてもね、行きませんよ、そりゃね、子供でもついてかないよ? だって知らない人だもん。
「ラーズ、もう時間が無いよ、抱えて行こう、ぐずぐずしてたら囲まれちゃうよ」
こちらはイムエさん、短めの灰金髪に丸顔のかわいこちゃんだ……たぶん、私よりは年上なんだろうけど……なんか童顔というかね、失礼だけど、ちんちくりんだよね、うん、親近感わくよ、失礼だけども、あ、でもついては行かないよ? 怖いから。
「……サクラ様、無礼はどうか、ご容赦ください、西京の騎士に見つかれば、いらぬ血が流れます故に」
ぐい、と手を引かれた、うわ、ちょっと! なにすんの、やめて、怖い! というか目の前に西京の騎士居るんですけど、あわわ、や、やめろ! 人さらい、た、助けてロボ君!
「や、やめっ! って! 話なら聞くから! ま、まず、ろ、辛島君と、ハナコさんに! だから、待って」
「辛島ぁ!?ふざけないで! あいつのせいでアドルファス様は! 田上様だって! あいつの、あいつのせいで、天領は! 」
うわ、な、なんだ、丸っこい顔なのに、なんかすごい迫力が……ちょっとロボ君、何したのよ、早く謝って、なんか本気で怒ってるよ、というかそろそろ助けにきてよう!
「……辛島ジュートは信用なりません、奴は裏切り者です、サクラ様を騙して、何をするつもりなのか……知れたものでは無いのです」
じたじたと暴れる私を抱え上げ、ラーズさんは、摺り足でバックしていきます、ん、なんでだろ? あ、一応シャーリー君の事を警戒してんの? なんだ、やっぱり騎士だとは気付いてたんじゃ……シャーリーくん? そ、そうだ、ちょっと、見てないで助けてよ! おいこら、お願いします、このままドナドナされちゃったら、どこまで連れ去られるか分かったもんじゃないよぅ! 助けてアピール! 助けて光線!
「別に、僕はサクラさんがどうなろうと知りませんけど……興味ないし」
「ふがっ? ちょ、シャーリーくん、おね、がい、たすけて! どなどなされる! 」
ぐわー、なんだよちくしょう、ちょっとは仲良くなったと思ってたのに! 可愛い後輩だと思ってたのにぃ! ……いや、そうか、よく考えたら2対1、なのか、ぐぬぬ、シャーリーくんに無理を言う訳にも……仕方ない、せめて、ロボ君とハナコさんに伝えてもらおう、そもそも、私の駄目さ加減が招いたピンチなのだ、彼女をピンチにしてまで尻拭いしてもらう訳にはいかないよね。
「し、シャーリー、くん! ろぼ……」
「イラっ」
え、なんで、なんで今、苛立ちを口に出したの? ひょっとして、その表現、気に入ってるの?
「……サクラ先輩、いま、僕じゃ勝てないとか、危ないから仕方ない、とか、考えたでしょう? そういうの、イラつくからやめてくださいって、言いましたよね? 」
えぇ……言ったかなぁ?
「ラーズ! 私が押さえるから、先に山を越えて! 」
「分かった、気を付けろ……愛してる! 」
あ、そういう関係でしたか、でも、肩に担いだ私のお尻ごしに言わないでください、なんか微妙な気持ちになるから。あと、これは忠告なんですけどね、そーゆーこと言われると、動揺するタイプじゃない? イムエさんって、なんか感情の起伏激しそうだし……あ、ホラ、シャーリーくんに踏んづけられちゃったよ、言わんこっちゃない。
「逃がすわけないじゃないですか、三下風情が、僕を抑えられるとで、ごぐっ!?」
イムエさんを踏み台に、くるくると回転ジャンプしたシャーリーくんは、軽々と私達の頭を飛び越え、華麗に着地したのです。ですが、しかし、なんたることか、彼女がこちらに振り向いた瞬間、その脳天に、背後から、何かが振り下ろされたのです。
ごすっ、と鈍い音。そして鮮血。
崩れ落ちるシャーリーくんの影から現れたのは、黒ずくめの……あれ、何か既視感……なんだろ、どこかで見た事あるような……と、というか、シャーリーくん大丈夫なの! すごい血が出てるんだけど! ちょっと、ねぇったら!
「……人は奉公、騎士も奉公、そんなことも出来ぬならば、それは豚だ」
ピクリとも動かないシャーリーくんを踏みつける、この黒づくめの男は、右手に握った、鉈の様なものを肩に乗せ、ゆっくりと宣言するのです。
「豚は、肉になれ」
な、なんだろうコイツ……なんか、怖い。
とっても、怖い。




