ほんとうに、おかしな方ですわね
「んぅっ……サクラさん、お、お願いします、後生ですから、もう、堪忍してください……堪忍、んっ、許し、て」
「だ、だめ、だよ、大人しくして……大丈夫だから、すぐに、終わるから、痛いのは最初だけ、だから」
……いや、違うよ? 変なことはしてないよ。これは、そう、れっきとした治療なのですからね。ワハハ。
下着姿にひん剥かれたハナコさんは、ロボ君と私の二人掛かりに押さえつけられており、目の端に涙を浮かべながら、まるで子供のように懇願し続けているのです。……うぅん、でも、やっぱりなんかエロいな、あ、ロボ君は見たら駄目だからね、ちゃんとあっちを向いてなさい! 知ってるぞ、さっきからチラチラと、横目で見てるだろ! 許さへんぞ、そんなにおっぱいが好きか、やっぱり男子か、このムッツリー二将軍め!
「んんっ! いやっ! もう、もう……お願い……堪忍……さ、サクラさん……」
「うるさい奴め、いい加減に諦めろ、これは罰だと言った筈だぞ、ハラキリくらいで許されるとでも思ったか」
めぇめぇ。
にゅるんと伸ばされた、もこたんの舌が、ハナコさんの傷口に侵入する度に、彼女はその肢体を仰け反らせ、くねらせ、悲鳴とも嬌声ともつかぬ叫びを漏らしていたのです。うーん……私の時は、端部麻酔してたから良く分かんなかったけど、なんか気持ち悪そうだなぁ……でも、ハナコさんには麻酔も効かないし、仕方ないよね、もうちょっと我慢しててね、最近は慣れてきたと思ったんだけど、やっぱり動物、苦手なのかなぁ。
これは、彼女の中に撃ち込まれた、遺伝子毒を取り除く為の、なんというか、民間療法とでも呼ぶべき治療でありました。そういえば、ばーちゃんも良くやってたな、毒なんかに汚染された体組織を、合成家畜に食べさせると、回復が早いとかなんとか……東京には、危ない生き物もいっぱい居たからね。
でも、変なもの食べて、もこたんお腹壊したりしないのかな? ……というか、食べ過ぎちゃ駄目だからね? 念のため言っとくけど、いつもいつも、食べられそうになってたからって、仕返しとか考えてないよね? ホントに大丈夫?
あれから、私達はオーセン先輩を担ぎ出し、例のお風呂に放り込んだのですが、流石の最新機器も、全身の血液を入れ替えるのには、随分と時間がかかるらしく、首の治療が終わったならば、彼女は国許に送り返される事になりそうです。でも、ハナコさん家の忍者が調べてみた結果、身体の造りは人間と変わりないそうで……ロボ君は、なりそこないとか言ってたけど、吸血鬼って、一体なんなの? そろそろ教えてくれても良くなくない?
「ん? 吸血鬼ってのは、魂の変質だからな、普段の見た目は変わらんぞ……だからこそ、性質が悪いんだが……こればかりは、どうしようもないんだ、判別法が無いんだからな、まぁ、あまり気にするな」
「いや、気にするよ、そこは気にしようよ……あ、でも、さ、最初の二人組も、エリアさんも、見た目、違ってたんだけど、あれ、は? 」
そうだよ、あの三人は完全に化け物だったんだよ、あれが人間と変わらない、なんて言われても、流石に信じられないよ? 全然違うじゃん。
「泥鬼の事か? あれは西京の合成人間だ、吸血鬼を真似て改造したのさ、あれも、戦闘態勢にならんと見た目では分からんな……だが、そっちは斬ったら溶けるんだ、怪しいと思ったなら、腕でも斬り落として確認しろ」
はい、物騒だ。あのね、ロボ君や、もう少しね、常識とね、あとは……その、乙女の扱い……ぐぐぅ、恥ずかしい、思い出しちゃった、いかんいかん、考えるな! ハウスハウス!
「決めましたわ! 」
うわ、びっくらこいた! なんだよハナコさん、急に起き上がらないでよ、あ、治療終わったの? もこたん、ご苦労さま……今日はご飯いらない? ハナコさんでお腹いっぱいになっちゃったかな? なでなで。
「ぐすっ……わたくしは、まだ、考えが甘うございました、次からは手加減いたしません! 」
「おう、ようやく気付いたか、まぁ頑張れよ、あと、一度傷を消しに行け、綺麗な腹が勿体ない」
「えっ、あ、ありがとうございます……ではなくて! 」
ではないぞ! そーだそーだ! なんやこいつ、腹フェチか! じろじろ見てんじゃないぞ! このエロ河童! 尻子玉ぬいてやろうか。
「辛島さま、貴方もですわ……これで二回目です、結界に遮られてなお、サクラさんを守れたのは、偶然に他ならないのです、もっと、サクラさんの側に居てあげてくださいまし……甚だ不本意ではありますが、わたくしひとりの力では、確実に、サクラさんをお守り出来ると、言い切れません……なので」
あ、ハナコさん、そんなに落ち込まないで、私、感謝してるよ、ハナコさんに、ありがとうって、たくさん言いたいよ、いつも助けられてるんだもの、今回だって、私は守られてばっかりだよ、だから元気出して。
ぎゅう、と手を握ると、この気持ちが伝わったのか、彼女は下着姿のままに、私を押し倒してくるのです。おいこら、調子にのんな、なんで全身穴だらけなのに、そんな元気なんだよ……だから胸を押し付けるな! なんとなく腹立つって言ってるだろ! あと、ロボ君は見てんじゃないよ! いやらしい、ハナコ! ロボ君に尻を向けるな! 尻を振るな! 見られてるぞ、晩ご飯にされちゃうぞ!
「……俺は、サクラに『普通の』暮らしをさせてやりたい……もちろん全力で守りはするが、四六時中張り付くのは、違うだろう」
ちくり。
「それが……や、約束、だから? 」
約束、ロボ君は、誰かと約束をしてる。それは、私を守るという誓いだそうだ、だから、彼は私を守ってくれている……こんな事、本当は考えちゃいけないし、今の言葉だって、すっごく意地悪だ、なんか、自己嫌悪だよ。
でも、だって、それはつまり、ロボ君はあくまでさ、その約束を守ってるだけであってさ、それって、なんていうか、ほんとうに、私を守ってくれてるって、言える、の、かな……ぐぅ、最低、こんな考え、最低なのに……どうしても、そこが気になっちゃうよ、私、嫌な女だ、こんなに甘えてるのに、助けてもらってるのに……もっと、欲しがってる。
「まぁな、だが、その約束した相手は、もう居ない……たとえ俺が約束を破ったとしても、文句を言われる事は、無いだろうな」
「そう、なの? でも、だ、だったら……どう、して? 」
え、あれ、つられちゃった、これ、聞いちゃ駄目だ、だめなやつだ、なんで聞いちゃったんだろう、やばいって、これを聞いてしまったら……もう。
「決まってるだろう、俺が決めたからだ、お前を守ると、俺が決めた……お前を幸せにすると、そう、決めたからだ……だから俺は、お前の……」
「そこまでですわ! それ以上は、このわたくしが許しません! 」
ぐいいっ、とハナコさんが、ロボ君を両手で遠ざける。やったぜ、ナイスだハナコさん! なんか知らないけど、助かった気がするよ! 危なかったよ、危うく、やり直ししちゃうところだったよ! おのれ、ロボ君め、ドキドキさせやがって、そうはいくものか。
「……ですが、辛島さま、貴方が、貴方なりに、サクラさんの事を考えているのは分かりました……はぁ、本当ならば、こんなこと、言いたくはありませんけれど……いいですこと? わたくしはまだ、認めた訳ではありませんからね、そこのところを、よーっく踏まえた上で、お聞きくださいまし」
ちょこん、と、下着姿のままに正座するハナコさんは、相変わらずの超絶美少女ぶりで、その、花のような笑顔を、ロボ君に向けるのです。……あれ? もしかして、初めて? こんな笑顔、ロボ君に見せるのって、初めてじゃないかな?
「辛島さま、貴方が、まがりなりにも、サクラさんの彼氏と言うのであれば……彼女の側に居るのが、普通ですわよ? ええ、それが普通ですわ、なにも気にする事はありません……ふふ、普段は、なんとも遠慮知らずなのに、そんな細かい事を気にしていらしたなんて……ふふっ」
くすくす、と笑うのです。
「ほんとうに、おかしな方ですわね」
可憐に笑うハナコさんを見て、ロボ君は、なんとも珍しい表情を浮かべていました。なんだろ、驚いてるの? いや、ちょっと違うかな? うーん……というかさ、大丈夫? ねえ、これ、大丈夫? 立ってないよね?
ねえってば。




