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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第2章
31/98

此処は今から、戦場だもごっ

「ろ、辛島、くん、オーセン先輩、は?」


 いえね、まぁ確かに、命を狙われたのではあるけれど、なんとなく、そうなんとなくだけど私は、同情してしまったのだ。だって、そうでしょう、先輩は、ただ、ケン先生のことが好きだっただけなんだもの、それが行き過ぎてしまったのは悪いのかも知れないけど、でも。


「あれは吸血鬼じゃない、臭いが違う……理由は分からんが、なりそこないだな、まぁ、頸椎を砕いたから、ほっておけば死ぬだろうが」


「そ、そう、なの? 」


 良かった……あ、ひょっとして、全身の血を毒に入れ替えたせいなのかな? 不幸中の幸いってやつか……いや、良かったのかそれ、頸椎って、要は首の骨でしょ? 大丈夫なの? それ、ちゃんと治るんでしょうね……ロボ君や、もう少しだけ、穏便に済ませる事は出来なかったのかね?


「オーセン! 」


 くにゃり、と崩折れたままの先輩に、ケン先生が慌てて駆け寄ります。うぅん、気持ちは分かるけど、でも、まだちょっと危ないんじゃないの? 先生だって最後は狙われてたんだよ? 若干不安を覚えた私は、先生の白衣を追いかけて飛び出したのですが……あだだ、痛い、足いたい、これ、片足飛びしても、ふくらはぎに響くゥ!


「おい、余計な真似をするな、まだ終わってない」


「ぐぇ」


 ぴょんぴょこと移動する私の襟首を、ロボ君が、ぐいっと掴んで引き戻しました、まぁ、なんて暴力的なんでしょう、ドメスティックなんちゃらですわ、亭主征夷大将軍ですわ、なんかね、さっきから扱いが雑なんですけど、もう怒ったからね、家事放棄してやる、ボイコットだよ、実家に帰らせて頂きます、実家がどこかは知らないけども。


「サクラさん! もう、危険な事は止してください! 先程飛び出したのも、ケン先生から狙いを逸らす為でしょう、もっとご自身を一番に考えて……あぁ、わたくしが不甲斐ないばかりに、全て打ち落とせず……サクラさんのおみ足に傷を……割腹……これはもはや……許されざる……」


 ちょっと、やめなさいってば、その鉄筋はハラキリに向いてないからね? というか自分のを早く抜きなさいよ、ハナコさんは止血できるんでしょ? なんか見た感じ、ハリモグラかヤマアラシみたいやぞ? 全く、そんなことばっかり言ってるから、腹軽女なんて言われるんだよ……でも、ありがとうハナコさん、分かってるからね、あとで一緒に、保健室行こうね。


「お前ら、いい加減にしろよ、まだ終わってないと言っただろう、結界が消えていない、この女以外に敵が居る……そもそも、こんな素人女に、俺が見えない程の結界、張れるものかよ」


 ……ロボ君、ちょっと、なに言ってるのか分からないよ? え、だって、そうでしょ、この結界は、オーセン先輩が……それに、先端呪術を遣える人なんて、他に……誰も。


「か、辛島くん、その、手の……なに? 」


「むっ? 」


 ぽやん、とビーチボール程の大きさの、丸い、なんだコレ? 水玉? のようなものが、ロボ君の右拳に生まれていました。あれ、いや、足元にも、なにこれプール開き? 久し振りに泳ぎたい。


「サクラさん、走って! 結界の外へ! 」


 そう叫ぶハナコさんの足元にも、何か半円形の水の塊が生まれていたのです。いやこれ、私の足にも生えてきた! なんだこれ、気持ち悪い! スライムっぽい!


「面白いでしょう? それは『這い寄る水』と名付けたのですが、医療用バイオ精製水の応用でして、混ぜ物によって性質が変わるのです、いまは、超粘性と超衝撃緩和……つまりはね、対騎士用のセッティングという訳ですよ」


 ……え? え、え、ちょっと、ちょっと待って、なに言ってるの? ケン先生、なに言っちゃってんのよ、冗談ならやめてください! ……なんで、なんで。


 目が、赤いの?



「確かに、変わった技だ、それで良いのか? 満足したか? ……なら」


 すとん、と声を落としたロボ君は、前に出ようとしたのですが、足元に張り付くスライムが邪魔しているようで、その動きは、実にもっさり、とした感じなのです。


「け、ケン先生! なんで、なん、で、まさか、最初から……オーセン先輩も、まさか、先生、が? 」


「まさか、私だって、そこまで計算はできないよ、まだ、神ではないのだからね……彼女に期待したのは、この結界に君達を誘い込む事と、騎士二人の剣を封じる、もしくは、抜刀させること……一度抜きさえすれば、こうして簡単に抑える事ができるのだから」


 優しげに笑うケン先生の雰囲気は、相変わらず大人のそれであり、しかし、汚い大人のそれであり、長く伸びた犬歯の先からは、醜悪とも思える、腐臭のような悪意を撒き散らし始めていたのです。


「お! オーセン先輩は! ほんとに! 先生の事が! 好きだったのに! それを! 」


 利用したのだ、利用したというのだ、許せない、こいつは、嫌な奴だ、吸血鬼はみんなこうなのか、そんなの……そんなの、先輩が可愛そうじゃない、彼女はただ、先生の事が好きだっただけなのに、ちくしょう、悔しい、先輩が目を覚ましたら、なんて言えばいいのだろう。


「……私の妻はね、それはもう、良い女でね……惚れたなぁ……なんていうか、自由なんだ、奔放なんだよ、冴えない研究者だった、私とは違ってね」


 なんだよ、何か言うつもり? いっとくけど、そんな余裕ないんだからね! さっきからロボ君、近づいてるから、あんたなんか、すぐにやっつけちゃうんだから!


「……でも、私には、手に余る女だったんだ……彼女はね、誰とでも寝るのさ……私からの愛を信じてる、なんて言って、笑っちゃうだろ? ……だけど、そんな自由な女に惚れたんだ……辛くても、悔しくても、男の尊厳を踏みにじられて、絶望して、涙と、悪意に濡れても……好きだって気持ちは、それだけは消えなかったんだよ」


 ……それが何よ、だからって、先輩を弄んで、裏切って、いいはずない! あんた、その人とおんなじ事、してるじゃん、わかってるの? 同じ苦しみ与えてたのよ? なんで、分からなかったの!


「だからね、ある日、ふと、気が付いて、妻が冷たくなっていたとき……私は、解放されたとさえ、思ったんだよ、なんだ、こんなに簡単だったのか、ってね……だけど、違った、苦しみは、増すばかりだった! 後悔がつのるばかりだったよ! だから! 」


 ようやくに間合いを詰めたロボ君が、手にした太刀を振るったのですが、急速に膨らんだスライムは、刃をすっぽりと包み込み、ぽいん、とそれを跳ね返してしまったのです。なんだそれ、ズルい!


「ぐっ! 」


 ケンの手の平から、新たなビーチボールが生み出され、それを叩きつけられたロボ君は、私の隣まで跳ね飛ばされてしまいました。というか、なんかスライムが、膨らんでない? ちょっと、もう、腰の辺りにまで登ってきてるよ? これ、まずくない? すっぽり呑み込まれたら、溺れちゃうんじゃないの、これ。


「サクラさんの血を吸えば、力が手に入る……それは、神にも等しい……彼女を、生き返らせる程の……分かるでしょう? その為ならば、私は、なんだってする……騎士の無呼吸運動、記録はいくらだったかな? 30分? 1時間? いくらでも付き合いますよ……まぁ、先に、サクラさんが死ぬでしょうが、安心してください、その中ならば、鮮度は落ちませんから」


「さ、サクラさん! ごばっ! 」


 もこもこ、と膨らんでゆくスライムに、私もハナコさんも、呑み込まれてしまいました。ちょっと、マジでヤバいって、死んじゃう、コレ死んじゃうから! ろ、ロボ君、助け……もがもご。


 藁にも縋る気持ちで、私が彼の服を掴むと、なんとも珍しく、ロボ君は優しげな笑みを浮かべ。


「心配するな、任せておけと言ったろう? ……ただ、先に謝っておく」


 え、なに? いや、信じてるけどさ、なんだろ、なんか、嫌な予感がするよぅ。


「さて、お前のくだらない泣き言は知らんが、可愛いサクラを苛めた罰は、きっちり受けてもらうからな……覚悟をしろよ」


 緩慢な動きで、ロボ君は私の肩を掴むと、ぐいっ、と胸に引き寄せたのです。うわ……ハナコさんがすごい顔してる、見なくても分かるようになっちゃった。



「此処は今から、戦場(いくさば)だもごっ」




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