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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第2章
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乳繰り合いなら、他所でやれ

 ハナコさんが騎士だとは聞いていました、でも、よく考えてみれば、それ以外に私が知っている事なんて、彼女はちょっとアレだとか、お肉好きの大食いだとか、ものすごく力が強いだとか、あだ名がなんか微妙だとか、その程度のことばかりなのです。


 でも、もうひとつだけ知ってるよ、ハナコさんがとっても優しくて、とっても頼りになるってこと……あ、ふたつだね。


 だのに、なんで。


「サクラさん……お逃げ、ください……私が時間を、だから、辛島さまの、ところへ……」


「だぁめ、行かせない、そんなこと言って、先生のところに走る気でしょ? 行かせない、渡さない、私は、先生のモノだから」


 私が身を隠している庭石にも、ハナコさんの身体にも、幾本もの鉄筋が突き刺さっているのです。矢継ぎ早に打ち出されるオーセン先輩の血槍を、ハナコさんは、我が身から引き抜いたそれで撃ち落としてはいるのですが、どうにもダメージを受け過ぎてしまったようで、動きにも精彩を欠いている様子。


 先程、抜刀しようとしたハナコさんだったのですが、彼女が首飾りを握っても、何故だか抜刀機は、なんの反応も示さなかったのです、そのせいで反応が遅れたものか、ハナコさんは、追撃の血槍を避け損なってしまったのです。痛みに顔をしかめ、それでも隠せぬ驚きを見せる彼女に、笑いながらオーセン先輩は告げました。


「うふふ、本当に……本家の狡辛(こすから)い悪党達と違って、単純よね……毒があるって、せっかく教えてあげたのに、聞いてなかったの? そもそも『怪獣王女』と、まともに遣り合おうなんて考える程、私は馬鹿じゃないわよ」


「くぅ、血線槍に毒などと……まさか貴女、自身の血液に……」


 けたけたと笑うオーセン先輩の、楽しげな表情には、今の話が真実であると、充分に思わせるだけの狂気が含まれていたのです。うぅん、なんて事をするんだろう、普通の毒なんて騎士には効かないから、よっぽど強い……あ、そっか、遺伝子毒だ! それで抜刀機が狂ったんだ……でも、そんなものと血液を入れ替えたら、身体の方まで変異しちゃうよ、こども、できなくなっちゃうんだよ? そんなのおかしいよ、本末転倒じゃない……なんで、先輩はそこまでして。




「ねぇ、早く死んでよ、そんなに頑張らないで、今日はこれから、先生と買い物に行くんだから、約束してるんだから」


「……勝手な言い分を! サクラさん、急いでください! 私ならば、大丈夫ですから! 走って! 」


「う、うん! ハナコさん、待ってて、すぐに、連れてくるからっ! 」


 意を決して、私は走り出す、多分、この中庭には結界が張ってあるのだ、外に出さえすれば、きっとロボ君が気付いてくれる。とはいえ、オーセン先輩が黙って看過ごすとも思えないのだけど、でも、そこはハナコさんを信じるだけだよ! 行ったる、吶喊(とっかん)だ、乙女は度胸だぞ!


 恐怖を紛らわす為に、わーっと、声をあげて走り出した私だったのだが、目を瞑ってダッシュしたのが間違いであったか、中庭から出る前に、どすん、と柔らかな壁にぶつかってしまうのだ。あ、いけない! なんて馬鹿なんだろ私、これじゃ格好の的じゃない、早く起きないと、ちくしょう、なんでこんな所に柔らかい壁が! ……ん? これって。


 期待に満ちた眼差しで、はっと顔を上げた私だったのですが、そこに現れたのは、残念ながら王子様ではありませんでした……いや、別に残念では無いけどね! というか期待もしてないけどね! でも、イケメンには違いないよ、助かった、この人が来てくれたなら、きっとオーセン先輩も止まってくれるだろう。


「オーセンさん! あなたは、いったい何をしてるんだ、もう、こんな事はやめなさい! 」


 白衣の似合う赤毛の保険医、ケン先生だ、どうやら、帰りの遅い私達が気になったのだろう、探しに来てくれたのだ。


 しかし、ドス赤い瞳の黒髪少女は、妖艶なる微笑を浮かべるばかりで、とくに焦った様子も、驚いた様子さえ窺えないのだ。想い人に凶行現場を見られてしまった事さえ、もう、気にならないのだろうか。


「あ、ケン先生、もう少し待っていてください、私、上手くやれてます、先生に教えてもらったこの先端呪術、上手く遣えてるでしょ? 」


「オーセン? 何を、言って……呪術? 」


 会話の隙をみて距離を取ろうとしたハナコさんと、再び脱出しようと試みた私に向けて、大量の血槍が襲いかかった、あの呪術は、全身の汗腺から打ち出せるので、どんな体勢からでも攻撃可能なのだ。ぐぐ、これじゃあ逃げらんない、流石に、ケン先生は狙ってないみたいで助かったよ、近くに居なかったら、ハリネズミになっちゃうところだったよ……でも、いくら吸血鬼になってるからって、血液の量が増える訳じゃない、限界は必ずあるよ、あんなに遠慮なく発射して、オーセン先輩、後の事、まるで考えて無いみたい。


「だから! 私は! 頑張ったのに! 何でもしたのに! ……なのになんで! なんで、ゆびわ、はずしてくれないの! なんで、名前間違えるの! なんで……私を……見てくれないの……」


「オーセン……私は……」


 両の拳を固く握り締め、オーセン先輩は、ぷるぷると震えている。しかし、それでも変わらずに、彼女の身体からは、血槍が生み出され続けているのだ……そうか、これは、彼女の涙だ、赤い瞳から、赤い涙。


「……黒髪だから? 」


「えっ? 」


 ぎぃっ、と、オーセン先輩が私に目を向ける。え、なに、なんですか、なんでこっちを、うう、怖いよぅ、ロボ君、早く来てよぅ、もう白米オンリーにはしないから、ちゃんと美味しいもの作るから、お願い。


「黒髪だから……ホンモノだから……私のは、染めてるから……そっか、それで、忘れられないんだ……だから、こんなやつを欲しがって……」


 え、嘘? まさか、オーセン先輩、こっちを狙って? 駄目だよ、ケン先生にも当たっちゃうじゃない! そんな事も分からなくなっちゃったの?


「サクラさん! 何を! 」


 ハナコさんや、何をと言われましてもね? これはね、思わず、うん、思わずとしか言いようが無いのですが、私はケン先生の陰から飛び出し、走り出してしまったのです。いや、ダッシュしてから、当然に後悔したのですけれどもね、でもね、こうなったら仕方ないよ! いったるぞ、今度はゴールしてやる、一本や二本くらいなら、ど根性で耐えてやる!


 ですが、やはり私の考えは甘かったのです、目一杯走ったんだけどなぁ、中庭から出るのに、あと少し……頑張ったんだけど……まぁ、そりゃね、漫画とかならね、よくあるでしょ、剣とか刺さっても平気で戦ってたりとかさ、ないない、あれ、嘘だからね、だって痛いもん、すっごい痛いもん、こんなの動ける訳ないじゃん。


「痛ッ、たぁっ……ぎっ! 」


「サクラさん! 」


 ふくらはぎに刺さった鉄筋の、その、あまりの冷たさに違和感を覚えながら、私はつんのめって転がると、じたばたと捥がくのです、いやこれ、痛いっていうか、なんていうか、怖いというのに近いかもね、大声で叫びたい気分だよ、だって、刺さってるもん、自分の足にさ、こいつ、なんかすっごい主張してくるの、俺は異物だぞって。


「う、う……い、た……うぐぅ」


 だからさ、もう、歩けないよ……ごめんね、また、抱っこしてくれる? 私、頑張ったよ、よじよじしながら、何とか、指の先っちょ、出てたでしょ?




「ああ、よく頑張ったな……あとは俺に、ぜんぶ任せておけ」


 ひょい、と私を抱えると、ロボ君はいつものように、無造作に歩き始めるのです。すると、当然にだけれども、私達に向けて、何本もの血槍が降り注いだのですが、その全ては、目の前で砕けて、チリになってしまうのでした……あう、大丈夫だとは分かってるけど、あんなのが目の前に飛んでくるなんて、怖いもんは怖いな。


「……え、なんですの? 今のは……もしかして、抜刀、しましたの? 」


 ハナコさんが、何か信じられない、といった表情を浮かべていました、あ、そっか、ハナコさん、初めて見るもんね……というか、流石にみんな驚いてるな、そりゃそうか、私も最初はビックリしたもんね。


「さて、誰かは知らんが、傍迷惑な奴め……確か、前にも言った筈だぞ」


 こら、名前覚えてないのかよ、結構頻繁に出してたはずだぞ、ご飯の時とか……覚える気、ないんだろうな、ばーちゃんの名前も忘れてたみたいだし。


 ロボ君はハナコさんの横まで進み出ると、ぽい、と私を放り投げるのです。はいはい、知ってた、やっぱ白米だよ、制裁が必要だよ、足の鉄筋も抜いてくれないしさぁ、ちょっとさぁ、まぁ、止血の為なんだろうけどさぁ、ぞんざいだよね、仮にも彼女の扱いがさぁ!


「乳繰り合いなら、他所でやれ」


 ぷん、と一閃。


 私には何も見えなかったのですが、オーセン先輩は、まるで下半身が溶けてしまったかのように、真下に崩れ落ちるのでした。






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