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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第2章
29/98

……抜刀、いたしますわ

結局私は寝不足で

今もこうしてフラフラと

右へ左へ並木道


恋する乙女の(さが)とはいえど

伸ばして届かぬお天道様よ

照らして消してよ白昼夢



 いよっ! ベベン。


 はい、完徹少女サクラです、来週も観てくれよな。……まぁね、このテンションですわ、思考回路も短絡寸前ですわ……でも、ひとつだけ言っておくぞ、恋はしてないからな! まだ落ちてないかんね、私の頑固さなめんなよ!


 まぁ、ロボ君の方はね、全くもって普段通りでね、ちくしょう、腹立つなぁ、朝ごはん食べたら、いつものように、さっさと消えちゃうし……でも、昨日まではね、ご飯食べた後にもね、もう少し一緒におしゃべりしてくれてもいいじゃんよ、とか思ってたんですけどね、いやはや、助かりましたわ、無口な男で助かりましたわ、もう、全然ね、会話がないの、でもそれが違和感ないの、これが普通の男の人相手だとね、なんかギクシャクしちゃうんだろうけどね、今回に限っては、ロボ君がロボ君で感謝してますよ、だってね、まともに顔が見られないんだもんよ、口が開かんもん、そりゃもうね、ええ、だんまりですわ、熟年離婚を画策する専業主婦だって、もう少し会話しますわ。


「さぁーくらさーん! 」


 学園へと向かう欅の並木道、合成セミのシャワーを浴びて歩く私の耳に、跳ねるような声が飛び込んできました。うん、ハナコさんや、今日も元気だね、それは良いんだけどね、あたしゃ、今日はちょっぴり、どんよりしてんのよ、怠いのです、その、太陽の如き眩しい美少女笑顔(スマイル)をむけるのは、遠慮しておくんなまし。


「……サクラ……さん?……」


 おや? ハナコさんの様子が……これは、私の祈りが神に届いたのか、それとも、明らかに酷いクマができているであろう私の顔を見て、調子が悪いと気付いてくれたのでしょうか。うぅん、相変わらず、ハナコさんは気の利く子だねぇ、ちょっとおいでよ、ぼいんぼいんしたげるから。


「……なにが……何が、あったの、ですか? そんな、緩みきった、だらしのない、幸せそうな、お顔で……ま、さか……」


 くわっ、と目を見開き、一瞬で間合いを詰めると、彼女はまるで衛星の如き軌道にて、私の周囲を回り始めるのです、そして、いく週目か、なん昼夜か、公転を繰り返すと、キキッ、とブレーキをかけて停止し、正面から私の腰にしがみつくのでした。


「何故ですか! サクラさんの皮膚常在菌から、辛島様の匂いがします! 菌が移動しています、昨日と違いますわ! 密着しなければこうはなりません! 何が、いったい、まさか……あ、いえ、そちらの方はご無事のようですね、ひとまずは安心いたしましたわ」


「えくすかりばーっ」


 どすっ、と私の必殺技を受け、ハナコさんが嬌声をあげました。だからなんでだよ、怖いからね、言っとくけどハナコさん、今の台詞は過去最高に気持ち悪かったからね、私が寝不足でなければ、豆腐の角を叩きつけてた所だよ、ふっ、運が良かったな。


 なんかね、色々と突っ込みどころは過積載なんですがね、もうね、眠いからいいや、いちいち付き合ってあげません。……私、そんな、にやけてた? いかんいかん、今からケン先生の所にも行かないとなのに、ううん、気持ちをリセットしなければ、精神統一、念力集中。


「……ふひっ」


「サクラさん!?」


 しつこく食い下がるハナコさんをあしらうのに疲れた私は、彼女の背中によじ登り、おんぶ運搬してもらうことで、その追求を躱す事にしたのです、やったぜ、一石二鳥だね、かしこいわたし。




「うん、もう大丈夫かな……代替細胞の代謝駆逐が終わったみたいだよ、これで、サクラさんは正真正銘、元のサクラさんに戻れたよ」


「あ、ありがとう、ごさいます、ケン先生」


 飾り気の無い白い保健室、いつもの白衣姿にて、私の手首を透過診断していたケン先生は、にっこりと微笑むのです。うん、相変わらずのイケメンだけど、なんだろ、ちょっと雰囲気が変わったのかな? 少しだけ、明るくなったというか、発音がはっきりしてるというか……いいこと、あったのかな? そうなのかな、なんか、うん、嬉しいな。


「ありがとうごさいました、ケン先生、さ、サクラさん、わたくし達も帰りましょう、今日は辛島さまに、じっくりと、聞きたい事もありますし……ね、ささ、お早くに」


 んもぅ、ハナコはいっつもそれだ、もう少し落ち着こうよ、ケン先生を見習ってさ、心にゆとりを持ちなさい、壁にくっついてるガガンボか。



「……もう、よろしいですか? 」


 うわ! 驚いた、誰だ、あ、オーセン先輩か、いつもみたいにドッカンドッカン入って来ないから分かんなかったよ、なんだろ、こっちも雰囲気が違うような……あ、そっか、ごめんね、お邪魔しちゃ悪いよね、私達はもう帰りますから、あとは若いふたりでね、ごゆっくりと、趣味とかについて話し合ってくださいね、さ、行きますよガガンボさん。


 ぺこり、と頭を下げ、私とハナコさんは、保健室を後にしようと立ち上がったのですが。


「あ、いえ……今日は二人にお話が……少し、良いですか? お時間を」


 え? 私達に? なんだろ、恋の悩みは解決したんじゃないの? うぅん、どうしよっか、ハナコさん。でも、なんかオーセン先輩はバツの悪そうな顔してるし、気にならないといえば、嘘になるけどなぁ。




 結局、私達は、いつぞやの藤棚にまで移動して、強化ウォルナットのベンチに座り、彼女の謝罪を受ける事にしたのです。


 そう、お話とは謝罪でした、オーセン先輩は藤棚の下に入るや否や、私達に向かい、深々と頭を下げたのです。


「本当に、ごめんなさい……こんなの、都合のいい話だとは、自分でも思うのだけど……それでも、二人には謝っておきたくて、華村さんにも、あの時は、失礼なことを……」


「え、え、いい、です、そんな、本当に、気に、してませんから」


「ええ、わたくしも気にしておりませんわ、うふふ、二度までは許すと、自分で言ったのですし、ね」


 なんだか、あんまりにも謝られると、こっちまで居心地悪くなっちゃうよね、申し訳ない気がするよ、だから先輩、もう少し楽しいお話が聞きたいな……例えば、えへへ、惚気話、とかね。ベンチに座り込んだ私達は、四足自販機を呼び寄せ、ミルクティーを片手に女子会を始めるのです、やはり、ケン先生の事になると、先輩は途端に饒舌になるようで、その出会いから、一時の失恋、そして今、幸せであることを、それはもう、とろけるような顔で、先生の素晴らしい所を合間合間に挟み込みながら……あ、駄目だこれ、長くなるやつだ……でも、本当に嬉しそう、なんか、最初に会ったときは、未亡人なんて例えちゃったけど、失礼だったね、うん、今はすっごい、恋する乙女だよ、可愛いよ。


 なので、私には信じられなかったのです。


「えへへ、だからね、私、これからは、先生に近づく女、全部殺しちゃおうって、そう思ったの」


「へ、へえ、そうなん、です……えっ? 」


 ん? なんて? いま、なんて? 言ったの? おかしいな、聞き間違いかな、だよね、そんなこと。


 突然に、ぶわっ、と上昇気流。固くて重いベンチが、私を乗せたままに浮き上がり、バランスを崩した私は、慌ててそれにしがみつきました。


「サクラさん、そのまま、動かないでくださいまし……先輩、三度目は無いと、言いましたよ」


 なんたることか、ベンチの端を掴んで立ち上がったハナコさんは、私ごとに、それを水平に持ち上げているのです、そして、さっきまでベンチのあった場所には、数本の、なにか黒い鉄筋のようなものが、ずっぷりと突き刺さっていました。これは『血線槍(ブラッドスピアー)』だ、汗腺から固めた血液を飛ばす先端呪術…… でも、結構難しい技の筈なんだけど、なんで、オーセン先輩が。


「やっぱり、馬鹿な末子だよね……三度目が無いなら、ちゃんと殺さなきゃ……だから、殺されちゃうんだよ、もう遅いよ、毒が入っちゃった、先生を誘惑するから……会話するから……見るから……同じ空気、吸ってんじゃ無いよ! 」


 ハナコさんの掌底を受け、吹き飛ばされていた先輩が、むくり、と立ち上がる。片手で拭った鼻血を、ぴっぴっ、と振って飛ばし、唇に残ったものを、舌でぬるりと舐め取った。


 おかしい、おかしいよ、オーセン先輩は、普通の人間のはず、少しくらい先端呪術が遣えるからって、ハナコさんに殴られて、あの程度で済む訳がないよ、まさか……ひょっとして。


「先生は、渡さない、死んだ女になんて、負けるはずない……もう、私のものだ……だから、返して、取らないで……ずっと、好きだったんだから! 」


 ぎいっ、と私達を睨み付ける先輩の目には、恋の炎が燃え盛っていたのです。でも、それは、胸を焦がすような切ない熱ではなく、魂を穢す、血のようにドス黒い、歪んだ憎愛の色を見せていたのです。


「吸血鬼? ……まさか、華村家にまで、このような……」


 そっとベンチを降ろしたハナコさんは、肩に突き刺さる黒い鉄筋を引き抜きました……ああ、これ、私のせいだ、私に当たるコースだったから、ハナコさんは、盾になってくれたんだ。


「は、ハナコ、さん! 私はいいから、気にしなくていいから! だから」


 飛び込むように、庭石の後ろに身を隠し、私は叫ぶのです、格好悪いけど、今の私に出来るのは、これ以上、ハナコさんの足を引っ張らないようにする事だけだもん、今できる事をやるだけだ、逃げてないぞ、戦ってやる。


「お任せください、サクラさん、これは、汚名返上のよい機会です」


 続け様に飛来する黒い槍を、ポケットから引き抜いたハンケチで叩き落すと、ハナコさんは、こちらに向けて、にこり、と花のような笑顔を見せ。


「……抜刀、いたしますわ」


 純白レースのハンケチーフを、ふわり、と天に放り投げたのです。





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