……眠れるわけ、ないじゃない
はい、こんばんは、絶体絶命のピンチを迎えてるたわしこと、佐倉サクラです、ぴーすぴーす。
いや、全くもってね、いつものように余裕なんて無いのですがね、今回ばかりはね、ホントね、アレなんですよ……私に覆いかぶさってるロボ君の左肘は、頭のすぐ横にありまして、その大っきな手の平で私の頭を、やや半身になった左脇で私の右腕を、がっちりとホールドしているのです……いや、がっちり、って感じでもないな? なんかソフトな拘束というか、体重はかけられてないし、脚の間に差し込まれた彼の膝も、押し付けてる様子もないし……なんだろ、優しい、というよりも、なーんか慣れてるっぽいというか……それはそれで腹立つけれども……今はそれどころではないというか……ぐぬぬ、やめろ、その目をやめろ、顔に怖ろしげな傷がなかったら、もう堕ちちゃってるところだよ、このでっかい刀傷は、激流に垂らされてる一本のロープだよ、流されないよ、私、流されないからね、こうなったらハナコ流だ、その目を強制排除してやる、伊達にぴーすぴーすしてると思うなよ!
「は、はふ、ぅ、う」
へにょす、と伸ばされた、私の必殺ぴーすはしかし、ロボ君の右手にて、簡単に取り押さえられてしまいました。排除失敗です、最後の抵抗もむなしく、私は完全に無力化されてしまいました、まさに、まな板の上の……おい、まな板の上にまな板とか言うな、笑っちゃ……あぁ、ど、どうしよう、近づいてくる……ロボ君が……どうしよう。
「……怖いのか? 」
思わず、ぷい、と顔を背けた私の耳に、ロボ君の吐息がかかる、直視出来ずに目を閉じたので、こんなに接近されているという事実に、その囁きで気付かされるのだ、気付かされてしまうのだ。ぎゅう、と力が入り、私の全身が強張ってゆく、もう限界だ、クラクラしてきた……そういったことを、今まで妄想していなかった訳じゃないけれど、そこは私だって、こう見えて17歳の女子高生なのだ、そんなものは夢の中の、おとぎ話にも似た現実味のない絵空事であり、自分には縁のないイベントだと理解しており、だから、これは夢なのだ、きっと、いつのまにか寝てしまっているのだ、そうに決まってるよ、だって、こんな、だって……あ、これ、破裂する。
「……こ、こわ……いぃ……」
ついに、ぶわっ、と私の涙腺が崩壊した、そうだ、怖いのだ、その通りだよ、だってそうでしょ、いきなり過ぎて、訳わからないもん、だって、こーゆーのは、もっと、もっとこう、私が、ロボ君の事を、好きになって、そんで好きになってもらってから、それで、お互いに……あ、そっか……それで怖いんだ、わたし。
まだ……好きになって、もらってない、からだ。
それで。
「そうか、なら、やめよう」
……ふぇ?
ロボ君は、少しだけ身体を離すと、私の頭の下に腕を差し込み、そのまま横になるのです。
「俺は、お前を守ると、幸せにすると、そう約束してるからな……お前が嫌なら、無理にはしない」
……え、ん? えっ? 終わり? ホントに? ……油断させといて、パクッとかしない?
「ほ、ほん、と? に、ほん……ぐしっ」
ふ、ふがぁ……あぁー、よがっだー……ぐうぅー、もうー、本当に怖かったんだからね、許さんぞ……明日は白米だけだからね! うう、こわかった……私がヘタレだとは知ってたけど……いや、これは、そういうんじゃないよね、やっぱロボ君が悪いよ、ロボ君が!
「泣くなよ、悪かった、次はちゃんと前置きしてから、襲うようにする」
アホか! そーゆー問題じゃないんだよ! ぜったい許さんぞ! 枕は裏返さないからね、常時NOだよ! バカ! この馬鹿! ばかばかばか!
「ぐしっ……ゆる、さない、からね」
「悪かったと言ってるだろう、俺だって手探りなんだ、その辺りは考慮してくれよ」
「やだ、ゆるさ、ない」
いーえ許しません、そんな言い訳が通じるほど、乙女のデリケートな問題は簡単じゃないのです、こんなモヤモヤ気分を晴らす為には、明日の昼食を何杯おかわりすれば良いことやら、だぞ。にゅっ、とくちばしを尖らせ、不満を表明する私を、ロボ君は小さく笑って抱き締めました……うわ、抱っこされた事は何度もあるけど……これはまた、違った趣きがあるね、あったかくって、なんか、安心するよ、うん、これ好き、こっちは許す。
へにゃりん、と全身が弛緩したのを感じとったのか、ロボ君は私の長い黒髪を、整えるかのように何度か撫で付け、もう一度、軽く抱きしめてくれました。
「おやすみサクラ、また、明日な」
「う、うん、おやすみ……また、あした……ね」
うぅ、さっきまでテンパってたから気付かなかったんだけど、男の人の囁き声って、なんというか、破壊力がすごいのね……というか私、ロボ君の声って、結構好きかも、最初は怖かったんだけど、なんていうの、落差が激しいんだよね、滝行出来そうだよ、怖い時の声はすっごい低くて、正直、私まで震えちゃうんだけど、優しい時の声は、なんというか、すっごい染み込んでくるというか……でもこの滝を浴びても、煩悩は洗い流せないね、修行になんないよ、むしろ溜まっていきそう……いやいや、よせよせ、もう考えるな、もう寝てしまおう、眠って忘れて、明日からは、また普通に接しないと、そうだね、これは夢だったね、もう、私ったら、へんな夢見ちゃってさ、お年頃かよ、仕方ないやつめ。
はい、おやすみなさい。
こちこちと、電磁時計が刻むリズムも、部屋の隅で、すぴすぴと、寝息をたてるもこたんも、私の胸には、ついてこられないのです。
だって、パジャマ越しに伝わるロボ君の鼓動が、何度も何度も、私の心臓を揺さぶり続けているのですから。
その度に加速してゆく高鳴りは、目を閉じても、胸を押さえても、一向に収まる気配はなく。
ふと、身をよじる彼の動きに、その度に変わる、触れる箇所に、彼の体温に、その息遣いに、私はいちいち、心を乱されてしまうのです。
「……眠れるわけ、ないじゃない」
こんなの、無理だってば。




