もこたん、食べていいよ
「辛島さま、わたくしは決断いたしました」
「そうか、良かったな、箸をどけろ」
絡み合う二人のメガステンレス製強化箸が、ギリギリ、と悲鳴を上げています。たった今揚げたばかり、第三陣の合成唐揚げは、大皿にてんこ盛りしてあるのですが……ロボ君とハナコさんは、竜田揚げの方が好みだったのかな? 最後の一個にご執心の様子。
「……もこたん、食べていいよ」
めぇ。
これ以上の不毛な争いは、また流血沙汰になりかねないよ、迷惑千万ゆるさないよ。私の号令にて、ちゅるん、と舌を伸ばし、合成羊のもこたんは、お皿に残る最後の竜田揚げを、その可愛らしい口内に放り込むのです。
「あぁっ! 」
悲鳴は、ハナコさんのものでした。お互いに牽制しあっていた為、もこたんを阻止する事ができなかったのでしょう、でも、そんな哀しそうな顔されると、なんだか罪悪感が生まれちゃうよ、また作ったげるから、我慢してね。
「……華村、合成羊の肝臓を食った事があるか? 仕留めてすぐなら、生食できるんだ、臭くもないし、舌触りが滑らかで、濃厚な旨味と、僅かな甘みもある……旨いぞ」
「そ、それは、以前におっしゃっていた……例の、ゴマだれですか? 」
「少し違うな、塩と、ごま油のタレだ」
「ゴマ油! 黄金色の……わずかな甘みの……」
「たべないよ! 」
おい、二人して見てんじゃないよ! もこたんが怖がってるだろ、唐揚げでも食ってろ! まったくもう、ハナコさん、何か話しの途中じゃなかったの? 本題に戻りなさい、ホント、すぐ話が逸れるんだから、まるで私だよ、ぷんぷん。
震えるもこたんの頭を撫でながら、私が、そう文句を言うと、そうでしたわ、なんて態とらしい台詞を前置きしてから、ハナコさんは、再び話し始めました。
「辛島さま、わたくしは決断しましたの……貴方が、わたくしを信用できない、というならば、それは構いません、今は、ひとまずの目的が一致しているというだけで、よしとします……ですが」
ハナコさんは、ぶすり、と箸を唐揚げに突き立て……こら、刺し箸はお行儀悪いぞ、あとでお説教だからね……傍目には、噛んでるのか噛んでないのか、分からない程の高速で、それを飲み下すのです。
「ならば、わたくしは独自に行動させて頂きます、情報収集も……貴方が話したくないというのですから、これはもう、仕方のない事でしょう? ……サクラさんについては、出逢った次の日に調査しておりましたが、しかし、こうなればその情報も当てには出来ません、なのでもう一度、徹底的に洗い直しておりますの、華村家付きの忍者衆を動員しましたので、次は間違いありませんわ」
んー、どこから突っ込もう……いや、その前に驚いとこうか、まさか翌日に身辺調査されてるとは思わなんだよ? こわいね? いい加減にしないとしばくよ? マジで……でも、内容は気になるなぁ、そうか、例の件が終わってからも調べものを続けてたのは、その為だったんだね、さすがだよ、じゃ、おせーてハナコ先生。
「あ、あの、ハナコさん、調査って、その……聞いても、良い? ……私の、お父さん、のこと」
私からの質問に、ハナコさんは少しだけ、困ったような、いや、どこか悲しげな表情を見せたあと。
「サクラさんのお父様については、まだ……おそらくは西京の華族である、ということしか分かりませんでした……どうやら、中京での戦後処理に深く関わっているご様子で、機密保持レベルが異様に高いのです……申し訳ありませんわ」
「そ、そう、なんだ……ううん、謝ることなんてない、ありがとうハナコさん」
はー、なんか、ひょっとしたらって、予想はしてたんだけどねー、やっぱお華族様だったのかー、びっくりびっくり……まぁね、そんなに衝撃的じゃないよ、別に私が華族だったって訳でもないしね、だってよくある話じゃん、お金持ちの旦那様に手を付けられたメイドさんとか、町娘とかさぁ……少なくとも、ばーちゃんは東京人で、つまりお母さんも華族なんかじゃないんだし……うぅん、私のお母さんは、中京で働いてて、いくさの前に、お父さんに見初められたってところかな? ……うぬぬ、なんかやな予感、お父さん、嫌な奴だったらどうしよう。
「……サクラさん、島を出る、というのも、一つの価値ある考え方でしてよ? 」
「へぁ? 」
あ、なんか変な声でちゃった。もう、考え事してたのに、ハナコさんが急に声かけるから。
「もしも、何らかの権力争いに巻き込まれて、サクラさんが狙われているのならば、わざわざ居場所を晒すことなどありませんわ……大丈夫です、わたくしもご一緒しますから」
「却下だ」
箸に刺した唐揚げを振り回しながら……こいつもか、後で説教やぞ……ロボ君は、きっぱりと言うのです。そういや、もう半分くらい無くなってるんだけど、唐揚げ……ほんと、よく滑らかに会話しながら食べられるよね、感心するよ、割とマジで。
「何故ですか、何か島外に出たくない理由でもありまして? ……辛島さま、貴方は、本当に、サクラさんを、守るつもりなのでしょうか……もしも、その胸中に、二心があるというのならば……」
ぴりっ、と空気が震える。あっという間に目を細め、ハナコさんは戦闘態勢なのです、相変わらずスイッチの切り替えが自由だなぁ、もう、落ち着きなよ、ロボ君が私をどうこうする訳ないでしょ……そのつもりなら、いくらでも襲うチャンスあったもんね、でも、人のハダカ見てノーリアクションは許さないよ、まだ許してないからな! あ、でも、襲えと言ってる訳じゃないからね? そこは勘違いしないでね? それとこれとは別なんだからね? まだ怖いからね?
「相変わらず、呆れたゴリラだ、華族の集まるこの学園島だからこそ、敵が大手を振って攻められないのだと、何故分からない……一歩でも、この島を出てみろ、奴らは形振り構わないぞ? 全騎士団を投入されでもしてみろ、いくら俺でも、サクラを守りきれない」
「なるほど、良く分かりましたわ……辛島さまの言う『敵』は、西京の戦力、その全てを動員できる程の、それほどに地位ある者だ、とね」
「むっ」
ありゃ、ロボ君、吝い顔……ひょっとして、ハナコさんに一杯食わされちゃったのかな? あはは、ちょっといい気味だ、なんでも内緒にしてるからそうなるんだぞ、でも、なんか怖いな、よく考えたらコレ、私の事なんだよね? ちょっと本気で怖いんですけども……お、おおぅ、なんだもこたん、急にぺろぺろして、ひょっとして、慰めてくれてるの? ありがとう、私を分かってくれてるのは、お前だけだよ、くんかくんか。
「辛島さま……もう一度だけ、お願いします……情報を共有しましょう、わたくしたちの、目指すところは同じ筈ですわ、きっと、手を取り合えます……だから」
そっと伸ばされたハナコさんの箸を、ロボ君はしかし、ガッチリとガードする。
「……正直に言ってしまえば、まだ俺も、全容を把握していない……俺が、全てを理解して、その時に、サクラを守るため……こいつを、幸せにするために、誰かの協力が必要だと、そう感じたならば……華村、俺は真っ先に、お前に声を掛ける、なにをおいてもだ……今は、それで、許してくれ」
「そうですか……うふふ、仕方ありませんわね、今は、それで妥協しましょう」
うん、なんだか、丸く収まったのかな? でも、二人とも、妥協しようね、お箸が曲がっちゃうからね? 仲良くしなさいってば、唐揚げくらいまた作ったげるからさぁ、もう、いやしんぼさん達め……せめて、半分こしよう、くらい言えばいいのに、なんで食い意地張るかなぁ……あ、私はもう食べてるからね、お腹いっぱいね、勝者の余裕だよ。
「もこたん、食べていいよ」
めぇ。
ひょいん、と伸ばされた彼女の舌が、最後の唐揚げを絡めとります、なかなかに度胸ある羊ちゃんだと言えるでしょう。
飢えた二匹の猛獣に睨まれて、たちまちに、もこたんはプルプルと震え始めるのですが、大丈夫だよ、私に任せて。
これから、説教の時間だからね!




