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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第2章
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分かつよ、その前に

 私は、そんなに意思の強い方ではありません。おかわりは二杯までの約束も、守れた試しはありませんし、余計なことを考える癖もなかなか直りません、初対面の人はついついジロジロと観察してしまうし、甘いものは別ストマックです。


 ……頑固だとは、よく言われてたんですけどね、ばーちゃんに。


「はい、経過は良好、順調……ふふ、ご飯もたくさん食べてるみたいだね」


 ふがっ、お腹見られた? いま、ちろっと見られたよ、うぅ、恥ずかしい、ハナコさんがまだ食べてなかったからって、一緒におかわりしたのはまずかったか……いや、羊丼は美味かったんですけどね、まんぞくまんぞく。


「ケン先生、もうよろしいですか? 」


 突然に、がらりと滅菌ドアを開けて現れたのは、黒髪の未亡人……っぽい印象のオーセンさんだ。なんか、神懸かり的なタイミングだなぁ、ひょっとして、保健室に誰か入る度に、こうしてんのかなぁ、いやだなぁ、あり得るなぁ。


「よろしくありませんわ、オーセン先輩……今は、サクラさんの経過報告中なのです、もう少しお待ちください、せっかちな催促は、淑女にあるまじき態度ですことよ」


 なんだと! あのハナコさんが、常識的な返答、だと? なんだろ、ゆうべの羊丼のせいだろうか、それとも、ロボ君と頭突き合戦してたから、その影響かな、でも、食卓の上で流血沙汰はやめてほしいよ、切実にね、おでこが金網デスマッチ後のプロレスラーみたいになってたからね、こわいからね。


「なに? 貴女には関係ないでしょ? なんでここに居るの、関係ないよね? それとも、なにか関係あるの? いいよ、言ってみなよ、そんな関係、一時のお遊びよ、火遊びよ、そんなのじゃ、揺るがない、私と先生は、もっとずっと……強くて、固い……かたい? うふ、あ、ケン先生、私、聞いてください、今日は怪我をしてきたんです、ちゃんとしてますから、診てください」


 ウワァ、目が怖い、これ、ほんまもんや……こんなの、ゲームの中だけだと思ってた……天然モノですわ、どうしよう、癒し空間が一気に雪山ホテルだよ、はい、帰ります、私は先に部屋に戻りますから。


「オーセン先輩、わたくしはいま、言ったはずですわ、お待ちください、と……良いですか、許すのは二度までです、三度目はありません、わたくしはね、こんな場所に、本当は一秒たりとて、サクラさんを長居させたくは無いのです……ですが、治療ならばと堪えているのです、お分りかしら? 理解できたならば、下がりなさい……それとも、昏倒して介抱されるのがお望みでしたか? それならばお話が早いかしら」


 いやん、こっちもか、やめてください怖いから。あとハナコよ、なぜお前はいつもいつも、こっちを向いて言うのかな? ちゃんと相手の目を見て言いなさいよ? お母さんいつも言ってるでしょ?


「……騎士に生まれついただけ、で格上げされた末子が、なにを偉そうに……知ってる? 国許じゃ噂になってるよ? 馬鹿な娘は嫁に出して、長男を嫡流にってさ、うちの叔父様が楽しそうに言ってたよ、みっともないよね、陰口でしか気分が晴らせないなんてね……でも、どんな豚とお見合いするんだろね? きっと、みっともない男よ、先生とは違うのよ……ケン先生、また、あとで来ますね、今日はちゃんと怪我してますから……みてくださいね? 私を」


 ぱたぱた、と走り去るオーセン先輩は、やっぱり元気そうでした。うぅん、最後の顔だけは、乙女って感じなんだけどなぁ、なんだかなぁ、でも、ハナコさんも、やっぱり華族なんだなぁ……なんかいろいろ大変そう、大丈夫? 辛くなったらちゃんと言いなよ? ロボ君にお願いして、しっちゃかめっちゃかにしてやるんだから、もちろん私も協力するからね、だから元気出して。


 なんて事を、たどたどしく伝えたところ、顔面を蕩けさせたハナコさんは、嬌声をあげながら私の腰にしがみ付いてくるのです。ちょっとハナコさんや、落ち着こうね? なんか腰の辺りが生温いからね、息で、ハァハァしてんじゃないよ。


「ごめんね、二人とも……彼女も以前は、ああでは無かったんだけどね……」


 額に手をやり、首を振ると、少しだけ疲れたような、苦味のある笑顔。しかし、やはり大人のケン先生、妙に似合ってるよ、キラリと光る左手の指輪も……ん? あれ、結婚してたんだ、気付かなかったよ……あ、ひょっとして。


「け、ケン、先生、もしかして、最近……結婚されたんですか?」


 それなら話も分かる気がするね、多分、先輩がずっと憧れてて、好きだったケン先生には、しかし学外に恋人がいたのです……告白したのか、それとも言えずに終わったのか、ある日先生の薬指に指輪を見つけ、そして恋破れたオーセン先輩は、だけど、それでも、ケン先生の事が忘れられなかったのでしょう、そして変わってしまったのでしょう。なんだか、悲しいね、私は漫画でしか知らないけど、そーゆーお話、ばーちゃんが好きだったなぁ。


「……いや、私に妻は居ないよ……あぁ、居た、というのが正解かな……昨年、死別してね」


「っ、あ、あの、ごめん、なさいっ! 」


 あぁ、やっちゃった! 私、なんて余計な事を聞いちゃったんだろ、ごめんなさいケン先生、まだ、最近の話だよね、うぅ、馬鹿馬鹿、私のダンゴムシ、無意味に丸まれ。


「いいんだよ、私が悪いんだから……私が、未練がましく指輪をはめたままな所為で……なにかと心配してくれていた彼女に、弱音を吐いてしまった所為で……オーセンさんはね、本当に、優しい子なんだ、悪いのは、私なんだ……だから、許してやってくれないかな」


「あ、は、はい、わかり、ました」


 いつのまにか姿勢を正していたハナコさんも、ぺこり、と頭を下げています。うぅん、ちゃんと空気は読めるんだよね、ハナコさんって……なんで普段から、そうしてくんないのかなぁ。




 てくてく、と帰路に着き、私とハナコさんは並んで歩きます。なんだか、こうして歩くのも久し振りな気がするね、最近はいっつもバタバタしてたから。


 そんな慌ただしい毎日、ふと気付けば、そろそろ本格的な夏が近づいていました、汗ばむくらいの陽気の中、街路樹に取り付けられたバイオ蝉の鳴き声も、少し煩いくらいだったのですが、ハナコさんが、ぱん、と手を叩くと、途端にその音量を下げてくれるのです。うぅん、便利だけど、なーんか違和感あるというか、気持ちわるいよね、慣れないよ。


「なんだか、すこし、悲しいお話でしたね……」


「う、うん、そうだね」


 しかし、向こうにも色々な事情があったとはいえ、あんな暴言を吐かれたというのに、ハナコさんはむしろ同情している様子なのです……やっぱりね、優しいっていうなら、ハナコさんこそ、そうなんだよね、こう見えて。


「別れとは、辛いものです……ですが、安心してください、サクラさん、わたくしは、そんな事ありませんから、ずっと、あなたの側にいますわ」


 うん、ありがとうハナコさん、でも、限度はあるからね。


「サクラさんに、寂しい思いなど、絶対に、させたりしません、お約束します……そう、死がふたりを分かつまで……」


 にこり、と微笑むハナコさんは、やはり花のような美しさなのです、超絶美少女なのです、もしも私が男のひとだったなら、この場で押し倒して、それはもう、ぼいんぼいんにしてやるところなのではありますが、残念ながら私は花も恥じらう乙女でありますのよ?


 なので、はっきりと言ってやるのです。


「分かつよ、その前に」


 必ずな!




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