あんなのが、いっぱい居ますから
「へぇ、そんな事があったんですか」
「う、うん……そう、なんだけど」
……なんだこれ。
はい、昨日は久し振りの我が家にて、のんびりと一睡したサクラです。いや、のんびりとも出来なかったのですがね、そもそも、まだ引っ越したばかりで違和感の方が勝る我が家ではありますし、借りてきたにゃんこですわ、隅っこで慎ましく生きておりますわ……しかしね、まさかね、羊丼の奪い合いでね、あそこまでの乱闘騒ぎを起こすとは……あと、もこたんが羊丼食ってたのにもびっくりですよ、共食いかよ、気にしないのかよ、意外と逞しいな、この子。
「先輩、ひとの目の前で余所事を考るのって、失礼じゃないかと思うんですけど」
「ふぁっ!?ご、ごめっ」
あわわ、また思考が逃避してた、いかんいかん、今は目の前の事に集中しないと……なんだっけ? 羊丼? あ、これね、いつもの中庭カフェにて注文したんだけど、まさかね、羊丼まで揃えているとはね、なんやこのカフェ、むしろカフェかよ、偽りありすぎやろ、看板降ろすぞ。でも、昨日は私の分まで怪獣達にあげちゃったから、ちゃんと食べてなかったんだよね……意外にイケるな、また今度作ってみようかな。
「……抜き取りますよ? 」
「ふがっ! ごめっ! ……なっ、なに、を? 」
「尾てい骨」
さらりと言ってのけるのは、超絶美少女の後輩くんこと、シャーリー真ちゃんであります、相変わらずに、無表情ではあるのですが、金髪碧眼のパーフェクトフェイスには、むしろその無機質さが似合っているというか、お人形さん的な造形美さえ……いやいや、こわいな! そしてチョイスがおかしいよね? もうやだこの子、なんなのよ、何でいるのよ。ここは縄張りでしたか? ごめんなさい、食べたらすぐに立ち去りますから、森へ帰りますから。
「先輩が、また、ひとり寂しくご飯食べてるからでしょう、感謝されるなら分かりますが、そんなに怯えられると気分を害します」
「あ、う、うん……それは、あり、がと」
なんか今、心を読まれた気がするんですが、怖いから黙っておきます、まぁ、怖がってるのは確かだしね。ワハハ。
そろそろ定番と化したこの座席なのですが、今日の私は、リハビリと癒しを兼ねて、ケン先生に会いに来たところであり、昼休みという訳ではありません、なんだか、皆んなが登校してるのに一人だけお休みなんて、申し訳ない気持ちと共に、少しばかりの優越感がありますね、お昼からビールを飲む有給休暇中のサラリーマン気分です。
「それはまぁ、興味無いんで置いときますが……先輩、さっきの話、僕は全部知ってますから、変に隠さなくても良いですよ、むしろ中途半端に隠されると、イラッときますから、そういうの、やめてください」
ん? なんで? 何でシャーリーくんが知ってるの? ロボ君にでも聞いたの? いや、まさかね、いくら朴念仁で唐変木とはいえ、その辺りは、ロボ君ちゃんとしてると思うよ、勝手に話したりはしないはず、なんだけど……うぅん。
「何でと言われても、普通に観てましたし」
「なんやと」
「イラッ」
うわ、しまった、口に出しちゃっ……口に出しただと!?なにその感情表現、新しい、でも、そういう不快感、ダイレクトに伝えてくるのは、やめてくださいね、こわいです、冗談に聞こえませんから、シャーリーくんの場合。あと、なんで心を読んだ、マジか、マジエもんのエスパーさんか。
「知ってます? 先輩って、結構、いろいろ顔に出てますよ……そういうの、男受け狙ってやってるんですか? あざといし、気持ち悪いです」
「え、で、出て、る? うわ、はずかし」
まじかー、衝撃の事実です、そういや、ばーちゃんとポーカーして、勝った記憶が無い……まさか、あの、お小遣いアップを賭けた死闘の数々も、全て掌の上、だったというのか……おのれ、おのれ。
「……なんだか、先輩と話してると、調子狂うんですよね……馬鹿すぎてこっちの餌にも食い付いてこないし……なんか、普通に話してるみたい」
「え? ふ、ふつう、だよ? なにか、おかしかった? 」
いや、そんな事は無いな、よく考えたら普通じゃ無いし、おかしいとこだらけだよ、少なくとも、女子高生と女子中生の会話では無いや、うん、もっとこう、可愛らしいトークでもしようか、お洒落についてとかさぁ、そうそう、たまにはスカート履きなよ、せっかく可愛いのに、やってみようよ、ね、ぐふふ、シャーリーくんは、いつズボンを脱ぐのかな? ほぉら、お姉さんに見せてごらん。
「その、気持ち悪い視線、やめてもらえますか……なんだか華村先輩みたいですよ? 」
なん……だと……? 私が? あんな目を? ぐぬぬ、気をつけよう、なんかちょっと反省したよ、いや、ホント反省しました、ごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい。二度としませんから、今の事は内緒にしといてください、お願いします。
「はぁ、もう良いです……あ、あと変態で思い出したんですが」
こら、それは失礼やろ、誰にとは言わないけど。
「保健室には、もう顔出さない方が良いですよ? 」
「……え? 保健室に? な、なん、で? 」
がたり、と空の食器を手に、立ち上がったシャーリーくんは、その細い、そして陶器の如く滑らかな顎を、くい、と上げ、ある方向を指し示すのです。
「あんなのが、いっぱい居ますから」
そちらに目を向けた私の視線の先には、満面の笑みを浮かべ、手を振りながら、パタパタと駆け寄ってくる、ハナコさんの姿があったのでした。
……ああ、なるほ……いやいや。
どんなのだろうね?




